第11話 代償






 世界のことわりは、彼の口から淡々と。静かに語られていきました。





「──ヘイネスが言っていたことは本当です。あの男はよく調べましたね。どこの筋からかはわからないけど、おおむねその通りです。スタインのせいで世廻りがあると言っても過言ではありません」


「────『礎の少女』。あれが、すべての呪いの始まりです」


「あれを読んだ時。『外の世界ではこんな美談になっているのだ』と、虫唾が走りました」


「《礎の少女》──、本名ドリス・スタイン。スタイン家の『第一王位継承者』。化生の世廻りを作り出した、張本人だ」


 

 人目を避けた橋の下。新月の闇に光る星々が、悠久の時を奏でるような静かな夜。

静かに言葉を待つ私に、彼は──寂しさを宿した横顔で語るのです。



「当時、王というものが存在していないころ。村で亡霊騒ぎがありました。村人は霊媒師などに依頼し霊を沈めるべきだと進言したのですが、当時の実質的権力者・スタイン家の当主・ボルゼゴフは『退治するべきだ。そして、退治した家の者が村の長になるべきだ』と、周囲を煽ったのです」


「そこに名乗り出たのが『ボルゼゴフの娘・ドリス』でした。『私なら退治ではなく会話できる。霊を納めてみせる』と森の奥深くに出しゃばり、────そして」

「……殺されてしまったのですか?」

「いいえ。ドリスは見事封じて・・・・・くれました・・・・・。自らを石に変え・墓蓋はかぶたを塞ぐという方法でね。しかし、それがいけなかったんです」

「……?」


「奴らは『人の魂の味を覚えてしまった』……この意味が分かりますか?」

「……!」



 そこで、やっと理解しました。

 ──あれは英雄譚など・・・・・ではなかった・・・・・・。 

 わたしの理解を繋ぎ合わせるように、彼はその先を紡ぎます。



「──現存しているどの書物を紐解いてみても、『世廻りの前の時代に』『悪霊が人の魂を求め・喰らうなどの記載はありませんでした』。が、ドリスの行いから変わってしまった」


「ドリスが善意の皮をかぶって求めた『承認欲求・・・・自己犠牲・・・・』の代償は、あまりにも大きかった。 

 やつらは『ドリスの魂』を糧に冥府で一気に数を増やし、そして定期的に、『上質で新鮮なヒトの魂』を求めるようになったんです。……ドリスの余計なおせっかいと自己満足が、先何百年も人を苦しめるようになったんだ」



 ────ひとたび味を覚えれば、再びそれを求めだす。

 それは、至極当たり前のこと。 


 流れくる事実を、ただ理解するのに必死な私が、聞かされた『頭の中をめぐる歴史』から逃げるように顔を向けると、そこには────辛辣に潰されそうな彼がありました。




「────……悪霊が……『封印の楔』をこじ開け、二度目の人柱を求めるころには、……スタイン家は、見事王として君臨していました。英傑『ドリス・スタイン』の名を振りかざし、富をほしいままにしていた。

 ドリスの墓──いいえ、《世廻りの蓋》を敷地内に設け、神聖なものとして奉り、参拝者には金をとってました。が、ある日そこから悪霊が溢れだしたんですよ。そしてスタインの者に言い渡した。『新鮮な魂を用意しろ』と」



 ────待ってください。



「……以来、スタイン家の人々は、ドリスのかけらをくさびにし、人柱と共に刺し続け安寧を守ってきた。その楔の資格があるものが、『正当なる・・・・王位継承者・・・・・』────ただの人柱だ」



 ……待ってください。



「──一度封印が成功すれば、あとは簡単でした。『人柱が魂を込め刺した楔は、その魂が食われ尽くすまで威力を発揮し続ける』・『食われ尽くしたら蓋が空く』──『ならば、その一度さえ乗り切り続ければいい』。『スタインは永遠に王として君臨し続けて居られる』と」


「……そこに気づいたスタイン家は、多く子供をもうけながら、血と富を切らさないようにしてきた。表向き・・・は『英傑の血』と『富』の座を確立していったんですよ。……人柱が逃げ出してしまうまでは、ね」



「…………まさか……その……もしかして」

「────ええ」



「僕がその『正当なる王位継承者』として育てられた、由緒正しい人柱・・・・・・・です」






 こんなことが、あるのでしょうか。






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