第5話 礎の少女





 マガロ修道院というところは、神に仕える修道女たちが研鑽を重ねる場所です。希望者はもちろん、私のような一時入居者も、その付き添いも、みな等しく『神のみそぎ』を受けなければなりません。


 入居者本人と付き添い申請後、直ちに引き離され、入居者は生活棟へ・付き添いは別棟へと通されます。


 最低でも三日三晩・外界から離れ・自らの瘴気を祓い清め資格を得てから、大修道師さまにお会いするのだとか。


 修道院での初日を終え、午前の勤めを果たしたあと。

 私は書庫を訪れていました。



 



 ──……すごい……見たことのない本ばかりです……


 修道院の書庫を訪れた私は、その『圧巻』に言葉を失っておりました。王城にも書庫はありましたが、見たことのない本ばかり。国が違えばこうも違うものだと、目を丸めながら、私はスタイン家の書籍を探していました。



 『知らないことばかり』ではありますが『知らない知らない』ではお話になりません。有名なお話のようですし、どこかに一冊ぐらい書籍があるかもしれないと考えたのです。



 ──けれど、私は困っていました。スタインの本を探しているのに、目につくのは別の題名のものばかり……!


 『魔導士ミリアの秘密ごと』・『エルヴィスの災難』・『華麗なるスネーク・酒を買う』……どれもこれも気になる本ばかりです。けれどその中でも、ひと際目を引いた一冊に、私は手を伸ばしていました。題名は──……




「……『礎の少女』……?」


 本の厚さの割にはしっかりとした拵えの背表紙と、その題名に引き寄せられるように。私は物語の中へ入り込んでいきました。










 『いしずえのしょうじょ』




 昔々 あるところに 悪霊に困っている国がありました。



 悪霊は人里に降りてきては悪さをし、村長は大変困っていました。

「だれか 悪霊をどうにかできる者はおらんのか」



 そこに少女が手を上げました。 

「おとうさま わたしが悪霊をとじこめてみせましょう」



 少女は村長の娘でした。

 村長は激しく反対しましたが、少女は言いました。



「村のためです 行かせてください」

 少女の決意が固いので 村長は娘を行かせることにしました。




 暗いくらい森の中。

 かさかさ、がさがさ音がします。


「おばけさん おばけさん どこにいますか?」 

 おばけの返事はありません。


 

 深い深い森の中。

 ぎーぎー・ごうごう音がします。


「おばけさん おばけさん いたら返事して?」

 おばけの返事はありません。


 

 高い高い枯れ木の下。

 がたがたごろごろ音がします。


「おばけさん おばけさん ここにいる?」

「だれだあ~!!」

「きゃああああ!」



 枯葉にかこまれた石から ぬるりと出てきた おばけに

 少女はびっくりして飛び上がってしまいました。


 どてーん! と 尻もちをついたあと 見上げたおばけの体は朽ちていました。

 そんなおばけに 少女は ぎゅっと驚きましたが すぐに起き上がると おばけに向かって言いました。



「おばけさん ここで何をしているの?」

「おれさまは ここにいるだけだ! ここが家だからだあ!」


「お友だちは 居ないの?」

「しつれいな奴だな! ほっといてくれ!」


「村の人が怖がってるの。この木や草が枯れたのはあなたのせい?」

「おれさまは 腹が減っているのだあ~!」



 なんということでしょう。

 おばけは 草を食べて 生活していたのです。


 いたずらをするのも きっと 『お腹がすいていたからだ』と思った少女は もっていたりんごを ひとつ あげました。



「これ食べて? おいしいわよ」


 おばけは りんごを 食べました。



「もっと食べたいぞ!」

「わかった じゃあ もってくるね」



「おばけさん りんごをどうぞおいしいよ」

「おばけさん パンをもってきたの」

「おばけさん 干した肉をもってきたよ」



 次の日も次の日も 少女はおばけに食事をあげ続けました。

 少女はおばけと毎日お話をしました。

 食べ物もたくさんあげました。


 おばけは満足したのか 森からでなくなり 悪戯することもなくなりました。



 そして《森の奥でひとり寂しい かわいそうなおばけと遊ぶこと》が 少女の楽しみになってきたころ。おばけは少女にいいました。



「いつもさみしい よるはさみしい いっしょにいてほしい」

「……いっしょに ねてほしいの?」

 

 とても寂しそうなおばけに 少女はこくんと頷きました。


「いいよ いっしょにねてあげる」





 夜が来ました。

 月明かりがしっとりと場を照らす中 おばけは おばけのおうちの中から言いました。

「おやすみ、ありがとう」


 とても嬉しそうな声でした。

 少女は嬉しくなり ゆっくりとおばけの家の蓋をしめると そこに俯せて言いました。


「おやすみなさい おばけさん」






 朝が来て 夜が来て また朝が来ました。

 何回も 何回も 夜が来て 朝が来ました。


 季節がひとつ まわったころ。


 すっかり平和になった村のほうから ある日 一人の青年がおばけのおうちお墓を訪れると



 そこには 草木で埋もれた墓のまえ 少女の石像が蓋を塞ぐように横たわっていました。



「おや、これは立派な石像だ」

「封印の石像かな」



 青年はそれを町の人に伝えると 街の人は大喜び。



 「あの子のおかげだったのか」

 「あの子が悪戯おばけを止めてくれたのか!」


 街の人は 少女の行動をたたえ『いしずえのしょうじょ』と語り継ぐようになりました。



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