第4話 税でなんとかなるものですか?
「もう~っ、ルルでいいわよぉっ♡ ねね、それで、スーラはどこから来たの?」
マガロ修道院の《寮》というお部屋に案内されてすぐでした。
少々手狭な室内にどぎまぎしているわたしに、ルームメイト? となる『ルル』という女性は、とても賑やかに話しかけてくれました。けれども私は少々の罪悪感につつまれていました。
原因は、名前です。
これほど友好的に迎えてくださっているのに、私は彼女に偽の名前を名乗っているのです……
「……東です。きっと、ルルさまのお耳に入ったことのないような田舎です」
にこやかな問いかけに、申し訳なく、ぽそりと答えました。
ごめんなさい、ルル様。
これでもわたしはセント・ジュエルの王族だった身。へイネスの様子から察するに、いまだ追われていると考えた方が自然だ────と、カーティスさまもおっしゃっておりましたし、私もそのように思えて仕方ありません。
ルルさまにも、他のみなさまにも申し訳ありませんが、偽るしかないのです……
「…………はあ…………」
「どうしたの~? ため息なんてついちゃって~!
ここが不安? だぁいじょうぶよ! 女の子しかいないから♡ っていうか田舎の出だとはおもわなかった~!」
「……そうですか?」
「うんっ! 身なりがいいから、ルル、どこかのお嬢様かとおもったの~!」
上手に笑えているか不安なわたしに、ルルさまの太陽のような笑顔が降り注ぎます。……ああ、可愛らしい人です。ベッドに腰かけながら、幼い子供の用に足を動かす仕草だとか。『今お考えになっている』のがよくわかる仕草だとか。
私にはない可愛らしさを見せてくださる彼女に、私の心がわずかに綻んだ時、ルルさまは肩をすくめクスクスとほほ笑むと、口元を隠されおっしゃいました。
「じゃあ、その服は見栄っ張り衣装なのね! 『そとゆき』ってやつなのかなっ? やだぁ、スーラってばおもしろーい♡」
…………うん?
「ねえスーラ? 東ってここより大地は豊かなんでしょ? 田舎ってそうなんでしょ?」
「……え、ええ、私の育った場所は、まだ」
「いいなぁ~! 流行後れは嫌だけどぉ、それは羨ましいな~! 『ふわふわの草の絨毯の上に、ころーん♫って転がってお昼寝してぇ、かっこいい男の人が現れてぇ~! きゃあ! 『だめ! ルルのために争わないで!』って王子様と騎士様がルルを取り合って、やぁっ。こまっちゃ~う!』」
……ええと……、あの…………?
「──っていうのがルルの運命なの! スーラの家に行けば叶うかな? 今度泊りに行ってもいいっ?」
「へっ? えっ、えーと」
ぐっと距離を詰めておっしゃる彼女に、私は素っ頓狂な声を上げていました。
ど、どうしましょう、ルルさまの勢いについて行けません。このような場合、みなさまどのようにお話するのでしょうかっ? 詰め寄られ、ただどぎまぎする私の瞳を覗き込みながら、ルルさまは私の手を握りしめるとおっしゃるのです。
「まあスーラじゃそういうの無かったかもしれないけど、ルルが行けばあるかもしれないじゃな~い♡ きっとあると思うんだよね、だってルルは可愛いんだもの♡ ねえ、いいでしょぉ? ルルとスーラの仲じゃない♡ あたしたち友達でしょ! おねがぁ~い♡ 親友のお願いは聞くものだゾ♡」
「そ、そうなの、ですか……?」
「そーよっ♡ それが『親友』ってものなのよ♡」
「…………そ、そうですか……」
彼女に微笑まれ、私はただただ戸惑い、避けるように視線を反らしました。
『親友』と言われたら、きっと喜ぶものなのでしょうが、私には……そう感じられませんでした。
それよりも何もよりも、痛いのです。
先ほどから感じる『棘』のようなものが。
『友好という名の花束に混ざる針』『言葉の端々に感じる悪意』……いいえ、悪意ではないのかもしれませんが、私には……、私は、この感覚に憶えがありました。
──セント・ジュエルの王城で、姉さまや兄さまにお会いするときによく感じていた『痛みを伴う
私は、話を逸らすことにしました。
「────ルルさま、私がこんなことを言うのも、はばかられるのですが……このあたりの大地の疲弊は……目にあまるものがありますね……」
「そうよ! ったく、スタイン家が仕事すればこんなことになってないのに! ほんっといい迷惑!」
「……『スタイン家』?」
「ええ~! スーラってばそれも知らないの? うっけっる~! 田舎ってホントに田舎なんだね! そんな常識も知らないなんて、ルル、びーっくり!」
突然現れたおうちのお名前にオウム返しで聞き返す私に、ルルさまは、手も目も開いて驚かれました。そしてそのまま、不満を前面に出したようなお顔でおっしゃるのです。
「なんかぁ、さぼってんのよ
「……ええと、事情が呑み込めないのですが、
「さあ。知らなーい! でも、そのために金集めてンでしょ? スレイン国なんて重税で大変って聞いたし! 野菜も育たないのに税ばっか集めて、本人たちは城の中でふんぞり返って”うっはうは”! 不公平だよね~。神様なんていやしないのよ!」
「……えぇと……あの……」
「やーだもう♡ スーラってば引いちゃヤだ♡ シスター見習いルル、なぁんにも言ってない♡ 言ってないヨね?♡」
オーガのようなお顔をされたと思いきや、瞬く間に可愛らしい女性の顔つきへと変化したルルさまに、私はただ合わせて頷きました。
……これは……もしかしたら……とてつもなく『良くないご縁』を引いてしまったのかもしれません……
どうしましょう、押し込めていた『カーティスさまについて行きたい』気持ちが沸いて出てきてしまいます……!
この先、ルルさまと過ごす日々を想像して、困惑と、そこはかとない危機を感じたわたしは、ポケットの中に手を忍ばせました。こつんと当たる石の感覚に安堵しながら、掌の中で撫でました。
この石は、ここに来る途中、道端に転がっていた石。お守りにしていたのです。
ポケットの中、体温が移った石にほんのりとした温かさを感じて、少しばかり安心した時。ルルさまのお声が部屋に響きました。
「スタイン家なんて悪なんだから! あいつらがいなくなれば、きっと世廻りもなくなって野菜もいっぱい食べられるようになるわ!」
「……そうなのですね、『スタイン家』……ですか……」
彼女の話を聞いて、私は呟き考えました。
セント・ジュエルでは、そのお名前は聞いたことがありません。国が離れすぎているからでしょうか? それとも、我が国が閉鎖的だったからでしょうか? 世廻りと関係があることはわかりましたが、その先は推測の域を出ません。
……ああ、わからないことだらけです。
どうしてこんなにも、わたしは世間知らずなのでしょうか。
ものを知らない自分に呆れてしまいますが、次の瞬間、私は、密やかに自分を諫めました。
────『わからない・わからない』と繰り返し戸惑っていても何も始まりませんよ、ステラ。この頭は何のためについているのです。『ヒトは、順応できる』生き物です。
考えるのです。考えるのです。
言い聞かせるように呟いて、石を握る掌にぐっと力を込めました。ごつごつとした感触が、不思議と思考を整えていきます。
──カーティスさまは『
世廻りのためと偽り税を集め、私腹を肥やしているのならば……、スレイン国の民の暮らしに……、暮らしを……民の幸せを……
──”民の幸せ”?
…………私は
そこまで考え、自己嫌悪。
私はセントジュエルの姫でありましたが、国政に関わってなどいませんでした。国の税のこともわからないまま。民の暮らしなど想像もつきません。
そんな私が、他国の事情に懸念を抱いて、厚顔無恥もいいところ────
「ねぇねぇ♡ スーラ♡ そんなことより、ルル、聞きたいことがあるんだけど……」
「へっ? あ、はい!」
突然声をかけられて、慌てて顔を上げると、そこにあったのはルルさまの好奇の瞳。妙に煌めいた眼差しに戸惑い、瞳を泳がせる私に、ルルさまはゆっくりほほ笑むと、両手を後ろで組んでおっしゃるのです。
「スーラと一緒に来た男の人、カーティス様? あの人イケメンじゃない?」
「……え、あの……そ、ですね、綺麗なお顔の殿方です……」
「スーラの婚約者なの?」
「へあっ!?」
そっ、そそそ、そんな、そんなこと……!
「いえいえいえ、そ、そそそそんな……! そんな滅相もありません! 彼は、カーティス様と私が、恋仲なんて……!」
「あれぇ? じゃあ、スーラはぁ、花嫁修業に来たんじゃないんだあ?」
「そ、そんな、まさか……! 彼は、私をここまで送り届けてくれただけで……!」
私は慌てて否定していました。
と、突然何を言い出すのかと思えば……! ルルさまは心臓に悪いです……! おかげさまで、頬も背中も熱くてたまりません。ああ、私の顔は今どうなっているのでしょう……!? 慌てて頬に手を当てますが、やはり熱を帯びているように感じます……!
…………あああ、そ、そんな、私と彼が恋仲だなんて…………!
──と、慌てふためいておりましたが、けれども次の瞬間、私は『都合のいい妄想』に襲われていました。
もし彼が、私と一緒にいてくれたら。
もし彼が心変わりして、一緒に行こうと言ってくれたら。
……それほど、望んでいることはないでしょう。
──彼に手を引いてもらったあの日から……それを夢見ていなかったわけではありませんから…………
…………はあ…………!
思い馳せると同時に、胸に苦しみを感じて、私が息を落とした時。
向かい合ったベッドの上、考えていた様子のルルさまの声が部屋に響きました。
「ふう──ん? じゃあ、お荷物のスーラ置いてやることあるってことなのかな?」
「……それは…………。…………」
悪気はないとは思うのですが、やはり、ルルさまの言葉には棘があります……。この『心地よく答えたくなくなる言葉選び』。
どうしてそのような言葉を選ぶのか存じませんが、この先、この方と生活を共にしなければならないと思うと、心がしぼんで行きます。
暗雲立ち込める胸の奥とは別に、もうひとつ。
ルルさまの言葉を聞いて沸いた疑問は、私の頭の中をゆっくりとめぐり始めていました。
『そういえばカーティスさまはどうしてセント・ジュエルの山奥にいらっしゃったのでしょう?』『あんな山奥で何をしていらっしゃったのでしょう?』
……セント・ジュエルは東の小国。本当に田舎で、王国の周りには何もないあんな場所で……カーティスさまはいったい何を────……
「じゃあ! スーラとカーティス様は結ばれてないのね?」
「……ええ、…………そう、ですね……」
「ふぅ〰〰〰〰────ん……♡」
思考を遮るように声をかけられて、ぎこちなく呟きながらも疑念の渦を引きずる私は、気が付いていませんでした。
ルルさまが、含みのある笑顔をしていらっしゃったことに。
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