第3話 本当に駄目ですか?
マガロ修道院までは、ただひたすらに平坦でしたが、退屈はしませんでした。新しい景色は、私の世界を確実に広げてくれているようで、歩くだけで心が躍りました。
……まあ、疲れがないと言えば……嘘になりますけれども……
欲を言えば、もう少しお話をしたかったです。私を助けてくださったカーティス様は、口数の多い殿方ではございませんが、修道院に近づくにつれて、口にする言葉はどんどん業務的になっていきました。
その業務的な話口調が……、私の歩みを徐々に鈍くしていきました。
『万が一を考えて、偽名を考えておいてください』
『事情は話しますから、うまく僕に合わせてください』
『心配せずとも、修道院は神に仕える女性は拒みません。貴女が生きる為の力をつけるのにも適切でしょう』
「……うう、違うのです……」
「──なんですか? ステラ様。何か言いましたか?」
彼に言われたことを思い出しながら呟く私に、カーティス様が振り向きました。彼の白銀の瞳が私の目と会った時、私は伺うように問いかけます。
「……本当に、修道院に身を寄せなければなりませんか?」
「だから……大丈夫だと言っているでしょう。不安に思うのはわかりますが、ヒトには『適応力』というものがあります」
「違うのです、私が言いたいのはそこではありません……!」
違う観点から述べる彼に、私は首を振りました。
どうして察してくださらないのでしょう?
私は、目覚めたあの日からずっと、あなたをかけがえのない人だと思っているのに。私が足手まといなのは重々承知しておりますが、けれどもカーティスさまとのご縁がなくなるのは寂しいです……!
そんな思いを込めてはみたものの、彼の視線は冷ややかでした。
「…………では、なんですか? 身寄りのない女性一人、この大地でどう生き延びますか?」
う……、言い方が冷たいです……っ
彼の眼差しとそのお顔に、私は思わず視線を反らしていました。
彼と過ごしてわずかな期間ではありますが、私には気づいたことがあります。『カーティス様は、とってもお顔が正直な人』だということです。
武骨で物静かで、氷のような心をお持ちかと思いきやそうではなく、本当は心がとても豊かな殿方です。枯れ果てた植物に胸を痛め、食料の小動物にとどめを刺すときは切なさを閉じ込めたような顔をされます。
笑ったお顔は見たことはありませんが、けれども、
──とても、素直な方。……ですから────
今、心の底から呆れられているのがわかるのです……! きっと『わからないヒトですね、僕も暇ではないのですが』『順応力というものがあるでしょう』『いいからとっとと歩いてください』などという不満が渦を巻いているに違いありませんっ……!
それは申し訳が立たないのですが、それはわかっているのですが……
中で渦巻く葛藤に、落ち着いてと言い聞かせて。
私は、ほんの少しだけ、伺うように彼を見つめました。
自分の思いを、眼差しに託して。
「……あなたに、ついて……行くのは……?」
「…………」
「……だめ、ですか……?」
「…………」
「…………」
『…………』
彼の、やや困ったようなお顔と、わたしの思いを込めた眼差しが、干上がった平原を駆け抜ける風と共に絡み合い────
「
「…………」
「上目づかいで見つめても駄目です」
「…………」
「しょぼくれたても駄目」
「…………」
「駄目なものは駄目です。僕にそんな攻撃が効くと思わないでください」
けんもほろろにそう言うと、カーティス様はこちらに背を向け歩き出してしまいました。手ごわい人です……
けれど不思議です。わたしは『攻撃』をしたつもりはありませんでしたが……攻撃だと言われてしまいました。
……殿方というものは難しいです。いいえ、『人間関係そのもの』が、とても難しい難題なのです。
──さあ、諫めなさい。
──お城での暮らしとは違うのですよ、ステラ。
世間知らずなのは自覚があるのです、ならば学んでいかなくてはなりません……!
私は大地を踏みしめました。足元では生気のない草々が乾いた音を立てましたが、私の胸の中は新たな決意で沸き立っていました。
「ステラ様。偽名を考えておいてくださいね」
「…………」
「…………」
……決意を砕くように言われましたが、私は「はい」とだけは口にしませんでした。
あなたの気持ちも、私の立場もわかっています。『足手まといのお荷物』『お荷物なのだから欲を張るな』と、城でも教えられてきましたもの。
けれど、そんな教えに逆らってでも、私は……
あなたとの縁を大切にしたいのです。
そしてそれは『離れてしまえば二度と叶わぬことだ』と、私はわかっていました。
☆
マガロ修道院というところは、城の礼拝堂を簡素にしたようなところでした。カーティスさまがシスターに事情を説明するや否や、彼は別棟へ、私は『寮』と言う名前の部屋に案内されました。
扉を開けた瞬間、待っていたのは修道服に身を包んだ、同い年ぐらいの女性でした。彼女は私に駆け寄ると、両手を掴んで笑ってくれたのです。
「あたし、ルル! あなたのルームメイトよ! よろしくね!」
この出会いが、私の未来に大きな変化をもたらすことを、私はまだ知りもしませんでした。
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