第2話 化生の世廻りとはなんですか?
──この道は、明るい未来への道。
地味な守護石を宿し、洞窟のような場所で暮らしていた私は、カーティスさまとともに外の世界で穏やかに暮らすのです──
────そう思い森を駆けていたのは、私だけのようでした。
「……ステラ様……、そのキノコは食べられません」
「ステラ様、そちらは北ではありません」
「ステラ様。それはまだ焼けていません」
「ステラ様……黒焦げですね」
「…………うっ…………」
祖国・セント・ジュエルの国境を抜けてしばし。自分で作った食事を前に、私は自信を無くしていました。
カーティスさまに連れられ外の世界に飛び出したのはいいのですが……お料理お掃除お洗濯、私は何一つ満足にできない、役立たずでした。
我ながら愕然としてしまうのですが、カーティスさまが特に責めずに食べてくださるのも、罪悪感の原因でした。
ほんのり皮が張りつめた魚を焚火のそばへ刺しなおす私に、黒焦げのパンをかじったカーティスさまの視線が降り注ぎます。
く、黒焦げ過ぎですね……、すみません。
どうしましょう、呆れられています……!
視線が痛いです、チクチクと刺さります。自分でも思えません。
こ、こんな時はどうしたらいいのでしょう?
彼に少しでも恩返しをしたいのに、お料理すらまともに作れないなんて……!
自分の世間知らずを恥じながら、私は眉を下げて彼に述べました。
「カーティスさま……その……申し訳ありません……」
「……いいえ。王族というものは世間知らずですから。多少は覚悟していました」
「……そこまで世間知らずでしょうか……?」
「…………」
自信喪失で聞いた言葉に返り来たのは、『言葉にならない』を込めた視線。
……わ、私、追い打ちをかけてしまいました……! セント・ジュエルの自室で過ごすこと十数年、今まで笑いものになることはあっても、こんな目で見られたのは初めてです……!
頬を固めて縮こまる私を前に、カーティスさまは静かに首を振ると、ぷすぷすと音を立て始めたお魚をくるりと回しておっしゃいました。
「……まあ、生活力の無さにおいては想定内ですが、まさか辞書代わりにされるとは思ってもみませんでしたね」
「……辞書、代わり……ですか?」
「……まるで
「……あぁ……ごめんなさい……」
呆れをあらわにする彼に、私は思わず顔を押さえました。
確かにその通りです。国境を抜けてからの私は、見るものすべてに胸が高鳴り、それを抑えきれず、彼に問いかけ続けて居たのです。
それがまさか、カーティスさまの負担になっていたなんて……。この申し訳なさは伝えなければなりません。呆れた様子の彼は怖いけれど、私は彼の
「私、知らなかったのです……! 一つ山を越えただけで、こんなにも『見たことのないもの』で溢れているなんて夢のようで……! 全てが新しくて! ほら、ご覧になってください!」
言って私は肩を開き腕を伸ばし、紹介するように立ち上がると、
「この『くすんだ灰色の果実』も、『かさかさとした草』も。城にはないものばかりで、ああ……なんて素晴らしいのでしょう! 私が見ていた
「……嫌味にしか聞こえませんね」
「……い、嫌味……? ど、どうしてですか? なぜですか? 私は、そんなつもりはなかったのですが、不敬だったでしょうか……!?」
「……このありさまを見てそうおっしゃるのは、ステラ様ぐらいなものですよ」
背中に冷たいものを感じながら述べる私に、カーティスさまは静かな口調でおっしゃいました。その瞳には憂いと虚しさが宿っており、事態の深刻さが伺えました。
彼は続けます。
「かつてこの地は、色鮮やかに緑が茂り、草花が咲き誇っていたといいます。生気を吸われ・ここで朽ち果てていくしか道の残されていない
……そんな……そうだったなんて……
……痛みを宿した彼の言葉に、私の心は沈んでいきました。
ああ、知らなかった。なんて恥ずかしいのでしょう。何の疑いもなく、『こういう植物だ』と思い込んで、とんだ恥さらしです……
頭の中で姉さまたちの『恥さらし!』が蘇り、今すぐ隠れたい気持ちを抑える私の隣で、カーティスさまは灰色の草木に手を伸ばし「……可哀そうに。せめてこの大地に生れ落ちなければ……このようなこともなかっただろうに」とこぼされました。
──その横顔は、痛みと優しさを宿していて──私も、同じように呟いたのです。
「……どうしてこのような姿になってしまったのでしょう……」
「…………それも知らないのですか?」
「……ええと、……そうですね、教えてくださいませんか?」
「──『
「──化粧の、よめぐり?」
聞きなれない言葉に、反射するように繰り返していました。
『けしょうのよめぐり』……、なんでしょう? すぐに頭に浮かぶのはお化粧です。女性や貴族の身だしなみが、草木を枯らす──とは、どういうことなのでしょう……?
そんな『言葉にしていない疑問』に返ってきたのは、彼の呆れを含んだ声でした。
「《
「……? 害がなければいいのではありませんか……?」
「そう思いますか? 大地が死に絶えれば、作物はどうなります。家畜も育たない・野菜も獲れない。人々は飢え苦しみ、そして
呟く眼差しに
「あの、その『よめぐり』は抑えられないのですか?」
「──抑える方法はありますが。『実行されていない』のが現状のようですよ」
「……現状のよう?」
「……ええ。もとより《
最後は尻つぼみ。黙ってしまった彼を、私はじっと見つめていました。
どうされたのでしょう? なんとなく歯切れが悪いように感じます。
言葉を待つ私の前で、彼は憂いを乗せた溜息を
「────
「回を追うごと?」
「その大地に喰らう生気がないのなら、狩りの範囲を広げるのは当然のことです。食べ物がなければ他へ行くでしょう? そうして延焼していった結果が
「……小動物にも…………」
「『死者の扉が開く場所』も増えてきています。予断ならない状況です。……いいですか? 貴女が今目を輝かせている光景は、《奪われた大地》ですよ。のんきに浮かれないでください」
「…………そう……でしたか……」
はっきりと言われ、私は背中を丸めていました。
手のひらの中、先ほど拾ったまあるい石を、慰めるように撫でました。
死神がいること・それらが生気を喰らうこと。
飢餓で民が飢え苦しんでいること。……私は何も知らなかった。
『世間知らず』と姉さまたちに嗤われていましたが、本当にその通りです。知らないとは愚かで……恐ろしいことだと、実感していました。
私は、救いを求めるように手の中で石をひと撫でし、胸元で握りました。首から下げたネックレスの先の
それに呼応したように、手のひらの中でほんのりと艶を放つ丸い石に、僅かな安息を感じつつ、──”ひとつ”。
「……ごめんなさい、私、何も知らなくて……」
「いいえ。貴女は
理解を平静で包みながら、カーティスさまは、香ばしく焼けた魚を一本引き抜き、真っ黒のパンをかみ砕き、澄ました口調でおっしゃるのです。
「さあ、お食べください、目的地はすぐそこです」
「……あの、本当に……そこでお別れなのですか?」
「ええ。貴女をマガロ修道院まで連れていきます。僕とは、そこまでです」
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