第7話 なんとでも仰ってください




 ────きゃああああああああああ!



 耳をつんざくような悲鳴は、お昼を回った修道院に響き渡りました。「……え、何事!?」「別棟のほうよ!」。お皿を洗う私たちの後ろで、他の修道女たちが駆けていきます。

 「スーラも行きましょ!」。隣のテナさんに引かれ、皿洗いもほどほどに廊下を駆けた私のもとに信じられない言葉が飛び込んできました。




────「ルルが付き添いの男カーティスに襲われたって!!」







「…………違う! その女の言うことはでたらめだ!」

「お黙りなさい! 神の遣いに欲情する獣めが!」

「……ひどい、ひどい……ルル、騙された……!」


「騙された!? 寝ぼけたことを言うな!

 もとはと言えばアンタがバカげたことを言うからだろう! 僕は何もしてない!」

「ならどうしてルルが別棟にいるのですか!」

「そいつが勝手に入ってきたんだよ!」

「修道女であるルルが規則を破るわけがないでしょう!」



 ────事態は、修羅場という言葉がふさわしい状態でした。


 カーティスさまに用意された部屋の中。

 泣きじゃくる着衣の乱れたルルさまに、何人もの修道女に押さえつけられているカーティスさま。それを取り巻く野次馬わたしたち。



 ────これは……どういうことですか……!?

 ……カーティスさまが、”乱暴”……? ルルさまに……? 私には指一本触れることのなかった彼が、どうして……?



 突然の出来事に呆然とする私を置き去りにして、ルルさんが首を振るのです。



「ふえええん! ルルは通りかかっただけなのにぃ、いきなり、手ひっぱられて、『大人しくしないとどうなるかわかってるよな?』って、ルル、怖くって怖くって……!」

「ふざけるな! 扉の前で喚いたのはそっちだろう!」


「外道め! 神の子に罪を擦り付けるつもりか!」

「だから……! 仕掛けてきたのはその女だと言ってるんだ!」

「怖い! こわいこわいぃ! こんなのと一緒に来たスーラって子も怖い! 絶対ルルたちを食い物にしようとしてるに決まってるのお!」


「────はあ!?」

「…………えっ!?」

 ざわっ……!



 同時でした。

 彼と、私の驚愕の声が重なったのと、周りの視線が降り注いだのは。戸惑いと好色、そして嫌悪を孕んだ視線は、私たちを交互に、好きなことを言い始めるのです。


 『修道院荒らしってこと……!?』

 『男を使って私たちを辱める気だったの……!?』

 『汚らわしい……!』



 ────違う。違う。

 ──…………入ってくる雑音が煩い。

 …………悲しい。むなしい。


 周囲の『好き勝手』が、私の気力を削いでいきます。どうしようもない虚無感に襲われる体の隅で、思考だけは、妙にクリアにそれを囁き始くのです。



 ここで、私に何か力があれば。

 一太刀で黙らせるような何かがあれば。

 カーティスさまを救える力があれば…………



 内なる自分に引きずられるように。身体の奥で煮えたぎるような怒りが込みあげ、ぐっと拳に力を入れた時。彼の言葉が飛び込んできました。



「──違う! 聞いてくれ・・・・・! 彼女は無関係だ! 彼女は両親も身内も失った! 生活するためにここに来た! 信じてくれ!」

「お前のような外道の言うことを誰が信じるか!」


「『外道……!?』 僕たちはいままで修道院の規則に従ってきたはずだ! それを見たうえでそんな言葉を投げるのか!」

「煩い! 火を見るよりも明らかだ!」

「ふぇえん! そうよ! ルルの洋服、破れてるのに!」



 彼の訴えに修道女は耳を傾けようともしません。

 ルルさまが悲劇的感情を露わに訴えます。

 しかしそれに対し、カーティスさまの言葉は素早く返っていきました。



「おまえが破ったんだろう……! ルル! おまえ、今までどれだけのルームメイトを追い出してきた!」

「ひどぉい! ルルを悪者にしようとしてるう! ルル、怖かったのに! 可哀そうなのにぃ!」

「女を泣かすとは!! まだ愚弄を重ねるつもりか……!」


「────だから……! 僕はやっていない! 何もしてない! 泣くな! ふざけるな!!」



 目の前で繰り広げられる、混沌というにふさわしい状況に、私はすっかりと飲み込まれていました。


 ────男女の行為は、私にはわかりません。

 状況から察するに、ルルさまの言葉は有利に働くでしょう。

 けれど、押さえつけられながらも『信じてくれ』と訴える彼の眼が、そして『内なる私』がに『動け』と訴えて────……



「くすんくすん、でも酷いよね、カーティスはぁ、スーラのこと庇ってるのに、スーラは何も言わないの。こんなに立派なナイトさまが庇ってくれてるのに! 『自分さえよければいいんだ』、そうだよねスーラ? スーラ、そういうところあるもんね? ルル、知ってるよ?」

「は、はいっ?」

「はあ……っ!?」


 芽生えた闘志は、とんでもない暴論に打ち砕かれ、声にならずに散り失せました。



 な、なにを言っているのでしょう?? 何を言われましたか?


 ────え、なに……??


 ルルさまのおっしゃることがわからず素っ頓狂な声を上げる私と、怒りをあらわにするカーティスさまの視線を集めながら、彼女はまだ述べるのです。



「ほらぁ、カーティスがかわいそう。カーティス頑張ってきてるのに! スーラってばホント酷いよ? そういうの無いと思う。反省しなね??」

「──え……なに……? …………へ?」



 は、反省? だめ、言っていることがわからない……



「……私、何かしましたか? ……どうして、そんなことおっしゃるのですか? 駄目です、わかりません。思い当たる節が全然……!」

「うっわ! 泣くのお!? マジだる! 無理なんだけど! うっわああ~!」

「貴様いい加減に……!」

「やだあああ! こわぁぁあい! ほら見て酷いの! 触んないで!」


「────…………」



 ────もう、辞めてください。

 目の前の惨劇に、私はひとつ、感情を落とし込みました。

 彼女をそうさせる理由についてはわかりかねますが、悲しみも蔑みも、今は無用。



 ──今とるべき・・・・・行動はどれですか・・・・・・・・

 ──いうべき言葉はなんですか。



 戦うのです、ステラ。

 呆けている場合ではありません!



「…………待ってください。」



 ────ひとつ。声を張りながら。

 私は大きく踏み出しました。

 足元の大理石の床がこつんと音を立て、そのが厳かな静寂をもたらす中、私は、述べます。



 

「──確かに、そうですね。泣いているだけの女など、鬱陶しいと思われても仕方ありません。世間知らずなのも自覚があります。けれどこれだけは申し上げます」



 こつん、ともう一度。

 重厚感のある石床から、凛とした静穏せいおんが広がり、それは私を勇気づけてくれました。



「カーティスさまは、そのようなことをする人ではありません。ここにいらっしゃる誰が何と言おうと、『彼は無実』だと胸を張って言えます」


 

 ──不思議。建物すべてが味方してくれているみたい。

 彼を庇うようにそこに立った時には、もう、恐怖などかき消えていました。



「彼は、私が倒れているのを助けてくださいました。私の身を案じてここまで連れてきてくださいました。その間、とても紳士に」

「──きゃははは! そぉんなの! あんたの魅力がないだけでしょ!?」

「──なんとでも仰ってください」



 騒ぎ立てる彼女に一言。

 私は決めたのです。



「彼女の意見は支離滅裂で、筋が通っておりません。信用に欠けます」


 『……たしかに……』

 『ルルの言ってること、滅茶苦茶かも……?』

 『なんだろ……冷静になって考えたらさ……ルルって今まで』

「────ちょっと!! あんたたちナニ血迷ってんのよバカなの!?」

「────いったい、何の騒ぎですか」



 雑踏たちが密やかに疑問を持ち始めた、その時。

 場を貫く、凛としたおばあさまの声が場を諫めました。


 明らかなる権力者の登場を察して、私と彼が顔を上げた瞬間────



「──神官長さまぁ! こいつらが、ルルを……!」

「…………!!?」



 ルルさんの声。

 そして、老いた神官長さまは目を見張り──……!



「おまえは……!!? そいつは駄目だ・・・・・・・! 二人まとめて追い出すんだよ!! 出ていけ! 出ていけ! 罰当たり目が!!!」




 私たちを見た瞬間。殺気猛々しくおっしゃったのです。

 



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