第8話 的外れのお人好し
『…………』
放り出されて草の上。
私とカーティスさまは、ただただそこに立ち尽くしておりました。
一連の出来事・感情が渦のようにめぐり、言葉が出ません。
くやしさ・悲しさ・虚しさ・不甲斐なさ──すべてを味わいましたが、それらがすべて霞むような『大修道師さま』の剣幕が、脳裏にこびりついていました。
まるで悪魔を見たような気迫でした。
今にも刺しかかりそうな殺意と怒りを感じました。
覚えのない感情を前にした私の焦りと混乱は、自然と口から突いて出ていました。
「……え……? セントジュエルの手配がこんなところまで……? わたし、亡命しましたし、悪魔と呼ばれても仕方ありませんけれど、でも、でも……!」
「…………っ!」
──慌てふためく私の耳に飛び込んできたのは、堪えた何かを吐き出すような息遣い。やけに大きく響いた彼の音に、私は引き寄せられるように目を向け──息を、飲みました。
────『辛辣』。
……それは、そうですよね。ここまで頑張ってくださったのに、有無を言わせず
この仕打ち。けれど、悔しさよりも罪悪感が勝る私の前で、彼は
「……負けてたまるか……! 負けて、たまるか……!」
……カーティス様……?
どこか一点を見詰めながら、憤りを煮詰めたような口調で呟く彼に、私は声をかけずにはいられませんでした。
「……あ、あの……? カーティス様……」
「……天も地も神もありはしない。こんな、────に……、冗談じゃない!」
……虚空に叫ぶ彼。瞬間・私の中で困惑と驚きが渦を巻きますが、それらを押さえて飛び出したのは、彼への想いでした。
「カーティスさま、私が云えたことではありませんが、あなたが悪いわけではありません! ルルさまの意図はわかりませんが、私はあなたを信じています! あの神官長さまの対応もあなたのせいではないです! きっと私の情報が回って、『王国に背くものなど入れられない』と判断したのです!」
そう、あなたが悪いわけではないのです!
「お尋ね者になることも覚悟の上で飛び出しましたし、私は平気ですから! カーティス様が悪いわけではないです、その、お気を確かに!」
──必死でした。傷ついた様子の彼に必死で訴えていました。
あなたは『無関係の私の身寄りを何とかしようと』ここまで連れてきてくださった。私のせいでこんなことにまで発展し、結果『自分は無力だ』と感じてしまったのであれば………『それは違います』と伝えたかった。
けれども、──いえ、おかげで、でしょうか。
力なく枯れた大地を見つめていた彼の視線が、零れた溜息と相反して僅かに上がったとき。ぽそりと呟かれたのです。
「──……『的外れのお人好し』」
「……はい?」
「……──いいえ。独り言です。気にしないでください。……あなたのせいでは、ありませんから」
「いえ、きっとわたしの」
「そういうの、辞めませんか」
──堰を切ったような勢いのある声は、固く閉ざされたマガロ修道院の前、やけに強く場を制しました。強めの語気に困惑する私の前で、カーティス様はまっすぐこちらを見据えて口を開くと、しっかりとした口調でおっしゃるのです。
「何でもかんでも背負い込む・自分のせいだと受け止める……いや、『悪者になる』のは貴女の悪い癖です。淑やかと言えば聞こえはいいが、それはいつか貴女を苦しめる原因になりますよ。人は、善人ばかりではないんですから。……それと」
迷いをはらんだ視線が一瞬、私から離れ、そして再び真剣な色で貫くのです。
「……そんなに自分を傷つけるな。反省と犠牲は別物です」
言葉がありませんでした。
────”反省と、犠牲は別”……”自分を傷つけるな”……
その言葉に重く心が震える中、カーティス様はわたしの目をまっすぐに貫くと、
「────仮に、ここで僕が『貴女のせいだ』と言葉を浴びせて、なんになりますか。貴女は十分傷ついてきた。そこに追い打ちをかけるようなこと、僕にはできません」
と、ひとつ。
「……今回のことは、僕のミスです。警戒を怠らず、毅然と対応するべきでした」
おっしゃる声色の中には、しっかりとした内省と毅然が含まれていて──
「そして貴女は姫君です。もう少し毅然となさってください。天然でも世間知らずでも、それは貴女の個性ですが、あまりにも謝られると許しも怒りに変わるし舐められる。『なら直せ』と言葉を投げたくなる。自ら隙を作って、どうしますか」
────私の中に、深く、深く響いて行きました。
……こんなにも人を想ってくれていたのに。……私は……
黙り、目を伏せる私のそれを誤解したのでしょう。彼の気まずそうな声は、戸惑いと共に私に届きました。
「…………失礼しました、言い過ぎましたね。それより、貴女、あの場で何かしましたか? 興奮していた修道女たちが、突然、我に返ったように闘気をおさめ」
「──……もっと、早く」
「?」
「もっと早く。毅然とした態度で、あなたを庇えていたら……あんなことには、ならなかったのだと思います……」
何をしているのでしょう。何をしていたのでしょう。
不甲斐なさと情けなさでいっぱいの中から、言葉が溢れ出していきます。
「わたし、カーティス様がそんなことをする人じゃないとわかっていたのに、なのに、すぐに言葉が出なかった!」
「──…………いいですよ、気にしていません。そんなものです」
述べる私に、カーティス様は、まるで表情を見られるのを拒むように呟かれましたが、私は見逃しませんでした。
微細に変わりゆく表情の中に、しっかりと現れた『虚しさ』。『傷心』……、そう、『諦めの色』。『負けるものか』と闘志を燃やしながらも、最終的にはすべてを手放し消えてしまうような──そんな顔。
それを目の当たりにして、──私は静かに、
────もう、迷わない。
胸を張り、目を見開いて。
軽やかな気持ちを心掛け、足を寄せるのは彼のほう。
地図を前に眉間を寄せる彼の隣から、地図を覗き込んで様子を伺います。
「マガロ修道院が駄目となると……、最寄で希望があるのはフェルダの街……か。……『フェルダ』……!」
「フェルダ……ここですね? この街が次の目的地なのですか?」
「ええ。貴女を預ける場所を探します」
「……わたし、預けられてしまうのですか? お供させてはもらえませんか?」
「バカ言わないでください」
ほんのり眉を下げ、お願いするように言った言葉に、戻ってきたのは固い声でしたが、嫌そうではなかったのです。
「────ステラ様、いいですか? フェルダではフードを用意します。絶対にそれを外さないでくださいね」
「ふふ、お揃いですか? 嬉しいです……!」
「──人格が変わりましたか? ルルとかいう女になにか入れ知恵でもされましたか?」
「いいえ、少しおどけているだけです」
「──はあ……、なんで今の今でそう居られるんですか……」
《明るい女性》を意識して笑う私に、彼は呆れ交じりに肩を落として歩きはじめました。
────良かった。
……少しは前向きになられたでしょうか? 気が晴れたでしょうか?
私に対する呆れでも何でもいいのです。
悲壮に、虚無に囚われてしまわなければ。
私は『的外れ』で構いません。
マガロ修道院で嫌疑をかけられた際、叫ぶ彼の『救いを求めるような瞳』を目の当たりにしていながらも、私はすぐに答えられなかった。カーティス様が『そんなことをするはずがない』と頭ではわかっていながらも、論争に呑まれてしまった。
それは、私が弱いからなのです。
私の弱さが招いた、彼の傷です。
私の手を引き、道を切り開いてくれた彼を信じきれないなど、王族として、宿り石を持つものとして、あってはならないこと。
「……私は、端くれでも王族でありたい」
枯れた大地を踏みしめながら、刻み付けるように言いました。『二度とあんな顔はさせない』という思いを胸に、私は、もう一度呟きました。
「──私、強くなる。あなたの支えになれるぐらい」
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