第30話 RUM
「ということで真司。僕は真司の家で勉強合宿してるってことで、よろしく」
着替えを詰めたリュックサックを背負い、スマホを耳に当て喋りながら湊は歩く。
「おいおーい、内緒の外泊って……女の子だろ? なあ、そうなんだろ! 優奈か!?」
やたら楽しそうに、誰の家に泊まるのかをつついてくる真司。
「ち、ちち違うよ。そういうんじゃ、優奈の家でも無い」
「あっはーとうとうお前も卒業かー! ひと夏のアレかーいいなー! もしかして夕霧先輩ん家じゃねーだろうな? なーんてなアッヒャッヒャ」
「え、いや……その、きょ、きょうもあついね」
「おい待てお前話がある今から校舎裏に来い!」
真司は湊の話を聞かずに一人で盛り上がっている。なんだかそのテンションの高さは秋葉原跡のイベント屋、トリッカーに通じるものがあるなと呆れながらに思った。
「あ、真司。近いうちに集まるかも知れないから、連絡するね」
「おう、了解だ! 今度詳しく聞かせてもらうぞ。またな」
電話を切った湊は、空高く昇った真夏の太陽の下、駅へと歩く。
向かう先はもちろん彩子のマンション。バルバロとの合流は早い方が良いと考え、二日連続ではあるが、今日も作戦会議や情報収集の為に彩子の家に泊まる事になったのだ。
湊は一旦着替えやスマホの充電器などを回収する為に家に帰り、ついでに彩子の分も昼ごはんを買って帰ると約束していた。
ファーストフード店に立ち寄って、テイクアウトでハンバーガーを買った後、お金と引き換えに簡単に手に入った食料を見て、湊は呟く。
「百年後とは大きな違いだな」
改めて思う文明の利便性。時間通りに運行しているモノレールや、頼めば料理が出てくる飲食店。どれもこれも当たり前のように存在しているが、百年後の生活を経た今だと、まるで初めて利用したかのような感動を覚える。
この蒸し暑い気候と、真っ青な空だけは百年後と同じ。そこがまた、今と未来の人々の暮らしの違いだけを、くっきりと浮かび上がらせるようで。
湊はオートロックマンションの玄関で、七○六号室のインターホンを鳴らす。
「おかえりー。玄関は空いてるからね」
彩子の声の後、自動ドアが開く。湊はエレベーターに乗り、七階角部屋の彩子の家の玄関を開けた。
「お昼ご飯ありがとね。暑かったでしょ」
部屋着のTシャツとショートパンツ姿で出迎えてくれる彩子。普段外出する時は割りとバッチリ決まった服装を好むようだが、家にいる時のゆるいギャップが、湊の男心をくすぐる。
「ん、何よ。じっと見て」
「いや何も」
そう誤魔化して湊は靴を脱いだ。
二人でハンバーガーを食べながら、今日も引き続きバルバロについての情報を探す。
操船が上手かったから、もしかしたらそれが仕事だったのではと思いついては船乗りや漁師、ダイビングのインストラクターをSNSで探しまくってみたり、髪の毛がうねってなんか気取ってたから美容師じゃないかと彩子が言えば、二人で美容室のホームページを漁ってみたり。
とは言え、本名も年齢も分からない人間を探すのは、例えば砂漠に埋もれた宝石を見つけるくらい途方も無い事で、特に成果は上げられずに陽が暮れた。
彩子は今日も、料理を作ってくれた。
「さ、できた! 今日はあえてのシーフードよ。あっちじゃ魚も貝も焼いてばっかりだったでしょ? だから今回は――」
ミトンをした彩子は鉄製の鍋をテーブルへ運んで、鍋敷きの上に置いた。そこには、黄金に輝くサフランライスの上に、ムール貝やエビなどの色とりどりの海の幸。
「パエリアよ! たんとおあがりなさい!」
「いただきます! うま――ッ!」
湊は絶叫した。海の香りが米にこれでもかと言うほど染み込んでおり、ムール貝やエビの旨味と絡み合う。刻まれたパプリカの食感が、アクセントとなって口の中を刺激する。
昨日のカレーと同じく湊はばくばくとかなりの量を平らげ、その様子を彩子はにんまりと、満足そうな顔で眺めていた。
「ごちそうさまでしたっ!」
「お粗末様でしたっ」
全てを食べ尽くした湊は、一休みした後シンクに立って、洗い物に取り掛かる。
「サイコ先輩、どうしてこんなに料理が上手なの?」
「そりゃあ練習したのよ。あんたいっつも美味しそうに食べてくれるから、こっちもやる気出ちゃって」
彩子の言った「いっつも」という言葉が、引っかかった。
「もしかして、一周目と、二周目も?」
「……ええ、そうよ」
湊の記憶には無い、彩子が独り繰り返した時間。その時も彩子は自分に料理を作ってくれていたのかと思うと、嬉しいような、申し訳ないような、切ない気持ちが湧いた。
「じゃ、お風呂入ってくるわね。覗かないでよ?」
「覗かないってば」
洗い物を済ませた湊はソファへ腰掛けスマホを手にとった。
情報収集ではなく息抜きの一環で、お気に入りのバンド、グラウンド・ブルー・アラウンドのサイトを開く。
そのサイトにはメンバーのSNSが同期されており、特にボーカルの“Morgan”のSNSなんかは、フォロワー数も多く結構な賑わいを見せている。
「そう言えば、ボーカルの人の名前はラムの銘柄から取ったって、どこかで見たな」
ラムと言えば。
湊の頭に、潮風を浴びながら酒瓶を呷るバルバロの姿が浮かぶ。胸の内から少し切なさが染み出て、早く会いたいな、と呟いた。
湊はなんとなくMorganのSNSを流し見る。新曲のMVや、ライブの告知。その他の雑談やつぶやき。
――その中で、ある一つの投稿が目に止まった。投稿日は、一週間ほど前。
『久々に会った弟が、変な夢見たらしい。水没した東京で海賊になったんだと。面白そう』
全身の血がピタリと流れを止めたかのように、湊の身体はフリーズした。
水没した東京。海賊。それらのワードを見て、スルーなんてできやしない。
呼吸を忘れてスマホを凝視し、指に力を込めて、SNSの画面をひたすらにスクロールする。
そして、半年くらい前の投稿ではあるが、一枚の画像を見て湊の目には涙が滲んだ。
『弟とRUM飲んだ』
その余りに簡潔な文章の下、肩を組む二人の男。
赤茶色のうねった髪に、彫りの深い顔。ラムの酒瓶がこれほど似合う端正な男を、湊は他に知らない。
湊は即座に立ち上がり、バスルームの扉を開け放った。
「みっ、見つけたよ! サイコ先輩!」
「ぎゃーーーーっっっ!!」
身体を洗っていた彩子が咄嗟に身体を隠し、湊の腹に蹴りを入れた。
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