第22話 スカーレットVSクロウラー

「よかったー! やっぱスカーレットならイケると思ったんだよねー! 成功成功!」


 いつの間にか白鯨の頭の上に乗ったベリーが、得意げな顔でパチンと指を鳴らした。


「ベリー、あんた大丈夫なの!?」

「えー何が? 超元気だよ!」


 びくんびくんと雷に打たれたように震えていたベリーが本当に心配だった湊と彩子は、本当に何でもなさそうな様子を見て胸を撫で下ろした。

 ただ今までと変わらないわけではなく、ベリーの瞳は蒼く深く、輝きを放っている。


「さ、スカーレット! 白鯨の名において、海の戦士の力を付与したよ! これなら、きっとクロウラーにも負けない。いやー賭けだったけどよかったー」

「確かに……わけわかんないけど、今のあたしならこの弓で何でも貫けそうな気分ね。ところで、ベリー」


 彩子がふいに真面目なトーンに変わる。


「賭けだったって、失敗してたらあたしはどうなってたのかしら?」

「え、んーとね」


 ベリーが屈託のない笑顔で続ける。


「くだけてしんでた」

「あんたねぇ!!」

「サイコ先輩! 後ろ!」


 一瞬で背後に回り込んだクロウラーが、戦斧を水平に薙ぐ。

 だが、その斬撃は空を切る。

 高く跳躍した彩子は頭を下に逆さまの体勢で、クロウラーへ大弓の矢を一閃。

 まばゆい火花が散って加速する矢をクロウラーは戦斧で防ぐが、勢いは殺せず吹き飛ばされて、そのまま自分の屋形船へ着地した。


「スカーレット。貴様も、海の共鳴の適応者か」

「…………そうよ!」

「いやサイコ先輩、よく分かってないでしょ」


 湊は見逃さなかった。彩子が一瞬「共鳴なにそれ美味しいの?」みたいな顔をしたことを。


「まったく、相手にすると厄介だな。鯨達の共鳴に耐えられる魂などそうはいない」

「全っ然よく分かんないけど、舐めないでよね。伊達に海賊やってないのよ」 


 人智を超えた力を手にした女達が、海の上で睨み合う。

 そしてまた、目にも止まらない速度で斬撃と狙撃の応酬が始まった。



 湊は狙いは自分だという事を考えて、彩子の邪魔にならないよう素早く海に飛び込んで、離れた場所で揺れているティラノの作業船へと向かった。

 海から甲板上に上がるとバルバロとティラノがいて、二人でラムの栓を開けたところだった。


「おうオルカ。あれだなこれは。スカーレットに託すしかねえ」


 バルバロはそう言って、湊を隣に座らせた。

 もう、自分達が介入できるレベルの戦いでは無かったのだ。



 戦いは未だ均衡を保っている。

 斬りつけては躱し、矢を放てば防ぎ、一進一退の攻防が続く。

 そしてクロウラーの戦斧を彩子が再び華麗に宙を舞って躱したところで、二人は一度間合いをとった。


「どうしたスカーレット。当たらなければ意味がないぞ」

「それはお互い様よ。いつまで防ぎ切れるかしら? ねえ……」


 言葉の途中、彩子は嗤う。

 すっ、と息を吸って、共鳴前に一度クロウラーに喰らわせた毒を、もう一度吐いた。


「クソババア」


 ――静寂。

 クロウラーは俯いて何も言葉を発さない。やがて遠目から見てもわかるくらいにプルプルと震えだした。

 顔を上げたと思ったら、整った美しい顔面にいくつも血管を浮き上がらせ、それはもう鬼が泣いて全裸で逃げ出すような顔をしていた。


「貴様ァァァァァァァ! 殺す! 全身切り刻んで魔鱶の餌にしてやる!」


 クロウラーは屋形船の甲板で、細い両腕で巨大な戦斧を高くに掲げた。みしぃ、と筋肉を振り絞り、限界の膂力を込めて振り下ろす。

 巨大な斬撃が唸りをあげ、海面を裂き、紅妖の船上にいる彩子に迫る。


「ちょ、キレすぎ!」


 彩子は瞬時に閃光の矢を速射し相殺を狙う。

 だが、怒りの込められたあまりの威力にそれは敵わず、飛ぶ斬撃の勢いをわずかに削るのが精一杯だった。


 彩子は弓を番えるのをやめ、迫り来る斬撃を大弓そのもので受け止めた。

 甲高い金属音のような音と、激しい火花が散る。彩子は何とか、斬撃を上方へ跳ね上げた。


「サイコ先輩! 危ない!」


 逸れた斬撃が、ざん、と音を立て紅妖のマストポールを切断した。

 大きな鉄塊と化して、甲板へと落下する。


「むうん!」


 戦いの邪魔にならないよう下がっていたクリムゾンが、落下した巨大なマストポールの鉄塊を、その筋肉で以って受け止めた。


「おじーちゃん!」

「紅妖は簡単には壊させん。マストも付け直せば問題ない。スカーレット、気にせず戦え! 我ら紅妖海賊団に手を出した事を、後悔させてやれ!」


 彩子はその言葉に強く頷き、三本の弓を番えて射る。そしてすぐにまた三本、三本と弾幕のように連射した。

 共鳴により力を増した彩子のその矢は、今までとは別次元の速度でクロウラーを襲う。

 クロウラーは巨大な戦斧に身を隠し、弓矢の嵐を凌ぐことに全力だった。


 未だ決着はつかない。

 二人とも無傷だが、言い換えれば一撃入ればどちらかが倒れる。そんな戦いだった。


 矢の嵐を凌ぎ切ったクロウラーが、一つため息を零して言った。


「お前とこのまま戦い続けるのも骨が折れるな」

「じゃ、諦めて帰ったら? 今土下座して謝れば許してあげなくも無いわよ」

「笑わせるな」


 びゅっ、と姿を消したクロウラーは、目にも留まらぬ速さで、紅妖の船上で戦いを見ていた雷神の目の前へ。


「!? フッ!!」


 反射的に雷神は棍を構えて腰を落とし、鋭い吐息と共にクロウラーへ突きを放つ。


「だめよ雷神っ! 殺されちゃう! 下がって!」


 クロウラーは巨大な戦斧をナイフでも操るように振り、雷神の棍をなます切りにしてしまった。


「ばっ、バカなっ!」

「死ぬ前に役に立て」


 クロウラーが雷神の首根っこを掴み、そのまま持ち上げて彩子に向けて掲げた。


「あんたっ……雷神を放しなさいよ!」

「放すわけがないだろう。さあ、こいつを殺られたくなければ、オルカを渡せ」

「どうして湊を欲しがるの」

「答える義理は無い。差し出さなければお前の手下を殺す」


 人質。湊達もそれを黙って見ていられなかったが、下手に動けば雷神が殺される。

 いかにも海賊らしいカードを切ったクロウラーに抗う術は無いかと考えるが、今のクロウラーのスピードについて行けるのは彩子だけ。


「スカーレット船長、申し訳ありません! 私のことは気にせず、矢を!」


 彩子は考える。もし雷神にだけ当たらないよう狙いすました矢を放ったとしても、スピードについてこれるのはクロウラーも同様。反応されて雷神を盾にされたら、終わりだ。


「クロウラー! 僕がおとなしくついて行くから、雷神を――」

「ダメよ湊。動かないで」


 彩子の額から冷や汗が流れる。頭の中で、脳細胞をフルスロットルで回転させるが打開策が浮かばない。

 どうしようもない、ひとまず従うしか無いのか、と諦めかけた時。


「フッフーン! まだこっちには、切り札があるんだよー」


 どこからか、能天気なベリーの声が響いた。

 次の瞬間、いつの間に潜っていたのか、白鯨が作業船の背後に現れた。


「まさかっ、ベリー貴様っ!?」


 白鯨が、今度は湊を呑み込んだ。

 そして白鯨の頭の上で、これ以上ないくらいのドヤ顔をしたベリーが、高らかに叫んだ。



『――海魂解放リベラシオン!』

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