第18話 彩子は知っていた
傷心の雷神を観衆がからかいながら励ました後、宴が再開され、船内は一層の盛り上がりを見せた。
バルバロは酒の飲み比べ大会で優勝し、ベリーは用意された食べ物をどんどんと喰らい尽くし、ティラノは
雷神との戦いで紅妖の海賊達から賞賛の雨を浴びまくった湊は、少し夜風に当たろうと甲板へ出た。
真っ暗な海の向こうを見つめていると、湊を追いかけて来た彩子が隣に立って、船縁に寄りかかって言った。
「湊。どう、こっちの暮らしは」
その質問に答えるよりも、湊は彩子に聞きたい事が山ほどあった。
「サイコ先輩。もしかして、自分はこの世界に……百年後に来るって、知ってたの?」
あの東京タワーでの彩子の不可解な行動。それに、エナジードリンクをありったけ買うよう指示していたのも、当面の食料を考慮しての事ではないか、と思ったのだ。
「……そうね。知ってた。私がまた来ることは。だけど湊。あんたも来るなんて、思わなかったよ」
「優奈と、真司は」
「あの二人はいないわ」
「じ、じゃあどこに!?」
蒼く輝く月が彩子を照らす。その顔は憂いを帯びていて、まるで湊がいつも聞いていたバンド、グラウンド・ブルー・アラウンドのアルペジオのようだった。
「明日、一緒に東京タワー跡へ行くわよ。言葉で聞くより、見た方がいい」
「……分かった」
栗毛色の髪を夜風になびかせながら、いつになく真剣な表情でそう伝える彩子。
その言葉に、湊は頷くしか無かった。
▼
宴も終わり、皆が寝静まった深夜。
彩子は停泊している紅妖から一人で小舟を漕ぎ、すぐ近くに頭を出すビル跡へ向かった。内部は居住区になっていて、廊下や部屋では新宿跡の住民達が寝息を立てている。
紅妖の海賊達は基本的には船に寝泊りをする。今この場で眠る人々は、物資や食料を持ち帰る彩子率いる紅妖海賊団をサポートする為に、近辺で魚を獲ったり、居住区の掃除をしたり船の整備をしたり等の役割を担って生活している。
居住区の最上階まで上がった彩子は、大きな両開きの鉄扉の前で、ノックの音を三度響かせた。
「失礼します、先代船長、クリムゾン様」
「入れ、スカーレット」
はっ、と短く返答をし、鈍く軋む扉を開け、足を踏み入れた。
月明かりに照らされた部屋の中には、人の倍くらいはあろうかという筋骨隆々の巨大な体躯をした老人が、ソファにどしりと腰を掛けている。
胸あたりまで伸びた白い髭とは対照的に、一切毛の無い丸い頭が光を眩く反射していた。
輝く頭皮に吹き出しそうになる心を押し殺して、背筋を正した彩子はその老人、クリムゾンに告げる。
「また、あちらへ戻ります。物資をお持ちしますので、許可を」
「うむ。好きにするが良い。しかし儂は老いぼれ。許可も何もいらんのだがな」
「いえ、先代あってこその紅妖。あたしは例え船長の座を受け継ごうとも、あなたの部下にございます」
「ふはは、スカーレット、見上げた忠誠心よ」
「勿体無きお言葉」
彩子はその場に跪き、頭を垂れた。
「で、いつまでやるんじゃ、これ。もういい?」
「ねーねー今のちょっと大海賊ぽくて格好良く無い? おじーちゃんっ」
「ぶはは、老体をからかうな、スカーレット」
先程までの重苦しい緊張感を一瞬で吹き飛ばし、二人は笑う。
「しかし難儀な運命よ。何か、進展はあったか?」
彩子はどさっとクリムゾンの隣に腰掛けて、深くソファに寄りかかる。
「んーん、全っ然。でもね、あっちであたしの後輩だった子が、バルバロの船にいたの。あたしと同じように、この時代に来たのよ。びっくりしちゃった」
「ほう、あの生意気なクソガキの船にか。さぞ楽しかろう」
憎まれ口を叩くクリムゾン。その言葉とは裏腹に、自慢の髭を撫でながらニカッと口角を上げて、裏表の無い笑みを浮かべる。
「今回、そいつと一緒に行ってくるから」
「気をつけてな。歯車の狂ったお主らの人生について、何か分かることを祈っておる」
「うん、ありがと」
そう、人生の歯車がどこかで狂って、変に噛み合ってしまった。気付けば百年後の世界に放り出されて、海賊として生きると言うにわかには信じられない状況。
何がどうしてこうなったのか、はっきりさせないと、気持ちが悪い。
彩子の瞳は、得体の知れない相手に立ち向かう強い光を宿していた。
クリムゾンは、例えば何か大きな夢に挑戦する自分の孫を無言で後押しするような、慈愛に満ちた表情でスカーレットを見つめた。
「ところで、先ほどの宴はどうじゃった。楽しかったか?」
「もちろん、馬鹿騒ぎよ! あ、そうそう、意味分かんないんだけど、さっき話したあたしの後輩が、雷神と決闘したのよ。ほんっと男って謎よね」
「雷神は中々やりよるからな。戦いは一方的じゃったろう」
「んーん、それがね、あたしの後輩が勝っちゃったの。雷神によ? すごくない?」
クリムゾンは瞼の垂れた目を見開いた。
「ほう! あれに勝てる人間は少ない。やりよるな。名は何という」
「湊……ううん、オルカよ。おじーちゃん」
「ふむ。オルカ。どういう意味かは分からぬが、強者の響きだ。覚えておこう」
「ていうかおじーちゃんもたまには宴に顔出せばいいのに」
「いやー、儂シャイじゃから。皆の楽しげな声を肴に酒が飲めれば充分じゃ」
「シャイって。そのゴリマッチョな身体で、草生えるわ」
「草? なんじゃ?」
疑問符を浮かべながらクリムゾンはゆっくりと立ち上がり、部屋の隅に立て掛けてあった釣竿を手に取った。この時代に似つかわしく無いカーボン製の釣竿と、小魚をリアルに模したルアー。
「スカーレット。土産、楽しみにしとるぞ。また違うルアーが良い」
「合点承知よ、おじーちゃん。さ、夜釣り対決と行きますか!」
「ふはは、望むところよ」
仲睦まじい祖父と孫のように、二人は仲良く部屋を出て、夜の海に小舟を出した。
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