第17話 オルカVS雷神

 最初は拮抗していた戦況が、徐々に傾き始めた。

 スピードを微塵も落とさずに棍を振り回す雷神と比べて、湊の動きがだんだんと鈍くなっている。


「どうしたオルカ! いくら反射神経が良くても、筋力が追いついていないようだな!」


 湊はぜえぜえと息を切らし、返事をする余裕など無かった。

 雷神の嵐のような棍捌きを、両腕のガントレットで受け止めることで精一杯だ。急所への打撃はなんとか避けているが、それも時間の問題だった。


 一瞬、凪のように雷神の乱打が止んだ。

(チャンスだ、ここで押し返す!)

 攻勢に転じようとした湊だったが、本能がそれを制した。


 雷神は静かに息を吐き、腰を落とす。それは、必殺の気配。

 

「――ふんッ」


 一際強い踏み込みと同時に、稲妻の如き鋭い突き。


「――ッ!!」


 紙一重。本当に紙一重で、棍の先端とみぞおちの間にガントレットを滑り込ませた。

 だが、かろうじて防いだその一撃の強烈な威力によって、湊の体は宙に浮き上がり、そのまま海の上へと吹き飛ばされた。


「湊っ!」


 彩子が叫びながら目で追った湊は、暗い夜の海に激しい飛沫を立てて落ちた。

 観衆の海賊達から、おおーっ、と歓声が湧く。


「さすが雷神! つええ! こりゃあ場外だ!」

「名前の通り、雷みてえな突きだ!」


 紅妖ホンヤオの甲板上に溢れかえる喝采。

 残心の構えで、この戦いの幕を下ろそうとする雷神。


「オルカはまだ負けてないもん!!!」


 ベリーが叫んだ。

 あまりの声量に、一瞬喝采が止んだ。

 雷神がベリーへと向き直り、棍を肩にかけて言った。


「ふん、小娘。よく見ろ決着は着いた」


「まだだよ! オルカが負けるわけないよ! あんたみたいな、想いが重い男になんてー!」


「お、重い……だと! 失礼な! 私はスカーレット船長の右腕として! その評価に値するかどうかを確かめる為に!」


 狼狽えながらベリーに叫び返す雷神。そこに、二人の男が口を挟む。


「おいおい雷神君。油断するにはまだ早いぜ。なあ、ティラノ?」

「そうともよ。てめえ、オルカを見くびってると痛え目見るぞ」


 地べたに座ったバルバロとティラノが、仲良くラムの酒瓶を傾けながら言った。

 それを横目に彩子は思う。こいつら絶対深夜のコンビニ前で酒盛りするタイプね。あーやだやだ、と。


「……? 何を言っている。今この手で海に叩き落とした。私の勝ちだ」


 雷神が船べりに手をかけて湊の落水した海面を見下ろす。


「ほら、何も動きは無いだろう。死なれても後味が悪いし誰か助けに――」


 湊を引き上げる指示を紅妖の部下に出そうと、振り返ろうとしたその瞬間。

 黒い影が、海から矢のような速度で飛び上がってきた。


「!?」


 咄嗟に上を向く。

 海に落ちたはずの湊が、空中で拳を振りかぶっていた。


「――バカなっ!」

「くらええええええええええっ!」


 加速と重力と体重を上乗せした一撃が、身を乗り出していた雷神の頭頂部に鉄槌の如く振り下ろされた。

 手をかけていた船べりを支点に、雷神の身体はテコのように跳ね上がり、今度は逆に雷神が弧を描いて海に落ちた。


 大きな着水音。湊は片手で船ベリにぶら下がって、はぁはぁと息を切らしている。


「えっ、海から、飛び上がったの? 今」


 彩子は驚きを隠せず目を真ん丸にする。


「おうよ。うちのオルカをなめんなよー?」

「すげーな、紅妖の高さまで飛べるんかあいつ。俺もやってみようかな」

「お前じゃ無理だボケナス」

「おお? やんのかバルバロてめえ」


 毎度の如く喧嘩を始めた二人の脇で、湊はズルズルと船によじ登った。


「オルカー! よかった! 怪我はない?」


 ベリーは湊に抱きついて心配そうに顔を見上げる。大丈夫だよ、とベリーの頭に手の平を置いた瞬間、観衆の喝采が、わっと湊を包んだ。


「すげえぜ! 雷神を倒すなんて、うちでもトップクラスに入るぞお前!」

「スカーレット船長の右腕だっただけあるな、オルカ!」


 ばしばしと背中を叩かれて祝福される湊は、小刻みに会釈をしている。


「……いつの間に、そんなにたくましくなっちゃったのよ」


 遠巻きに湊を見つめてそう呟く彩子は、どこか嬉しそうに微笑んだ。




 海から引き上げられた雷神は気を失っていたが、すぐに目を覚ました。


「む。私は……あ」


 自分が敗北した事を思い出し、湊の姿を捉えると、駆け寄って来て頭を下げた。


「無礼を働いた。すまない、オルカ。船長の評価に誤りは無かった」

「いや、いいよ雷神。船の上では僕は負けてた。もっと鍛えるよ」


 そう言って手と手を交わす二人。一際喝采が増して、場を包む。


「やだー、熱血ー。男くさーい。むさーい」


 細い指先で口元を隠して茶化す彩子。

 雷神は突如跪き、冷や汗を流して問いかけた。


「スカーレット船長! あの、私は、重い……のでしょうか」


 ベリーから言われた事を気にしているらしく、そわそわとしながら彩子の言葉を待つ。


「んー、いやーどっちかって言うと、重い、と言うか暑苦しい、かな? あははっ」


 雷神の脳内にごーん、という音が響き渡る。


「でも、おかげで湊が強くなったとこ見れたよ、ありが……ってあれ?」


 湊との戦いより遥かに大きなダメージを喰らった雷神は、大の字に倒れ込んでしまった。涙目で。

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