第16話 紅妖の宴

 紅妖ホンヤオという名の、スカーレットが船長を務める船。

 湊と再会した彩子は今夜は宴だと張り切って自分の船員達に告げ、湊達は船内キャビンに招かれた。


 紅妖の船内には、ステージと座席が並ぶ宴会場のような広間があり、そこに各船の一同が集った。男女入り混じった紅妖の乗組員達はざっと五十人以上はいて、和服のような真っ赤な布を揃って纏っている。


 湊はなんだか肩身が狭いなと萎縮していると、ステージ上の松明が灯った。

 スカーレットもとい彩子が、カツカツと靴音を鳴らしてステージに上がる。


 一同の視線が彩子に集まる。静まり返った広間。そこへ集まった海賊たちへ、告げた。


「えー、野郎共! よく集まってくれたわ! 今夜は、あたしの大切な大切な大っ切な弟分、オルカとの再会を祝してぇ〜〜っ……………………宴を、開催しっまーす!」


 やたら長い溜めの後の宴の宣言に、うおおー! と紅妖の船員達の野太い声が上がる。

 屈強な男達と、男勝りな女達。こんな大人数を従える彩子をすごいな、と湊は思う。そして彩子ならばそれも難なく可能だろうと、ステージへ尊敬の眼差しを向けた。


「おいおいスカーレット! オルカは俺の弟分だ! お前のじゃねえ!」

「ちょっ、バルバロー、いいから降りてよー、恥ずかしいよー!」


 バルバロはしがみつくベリーを引きずったまま、ずかずかとステージに上がってスカーレットに詰め寄ると、場内からはブーイングが巻き起こった。

 湊とティラノも加わりバルバロを力ずくで引きずり下ろすと、彩子はこほん、と咳払いを一つして、続けた。


「それじゃあ、湊……いえ、オルカ。こっちへ来て」


 彩子が湊をステージに促す。湊は急な振りに戸惑い左右をしきりに見渡して、ぺこぺこと会釈をしながら壇上に上がった。


「さあオルカ。皆に挨拶よ!」


 何も考えていなかった湊は頭が真っ白になり、とりあえず手を後ろに組んで叫んだ。


「おっ、おっ、オルカ、ですっ! よろしくでth!」


 何の内容も無く、盛大に噛んだ湊の挨拶。それを包み込むように場に拍手と笑いが湧く。


「いいことみんな! こいつはあたしの右腕だった男よ! 今はそこのボンクラ、バルバロの元で海賊やってるわ」

「誰がボンクラだ!」


 再び壇上に乱入しようとするバルバロを、ベリーとティラノが抑える。バルバロは眉間に皺を寄せながらも笑っており、この場を盛り上げようとあえて騒いでいるようにも見えた。


「あーあー野蛮な男ー。あたしこわーい☆」


 彩子はバルバロを半目で挑発するように見やると、どっ、と笑いが起きた。


「……でもね、野郎共。仁義を欠いては海賊の名が廃る。我が紅妖は、あたしの弟分を引き入れたバルバロ一派と、友好の同盟を結ぶわ!」

「おい聞いてねーぞスカーレット! 勝手に決めんな!」


 バルバロの野次を無視して、うおおー、と場内のボルテージが上がった。


「賛成ー! 私バルバロと飲んで見たかったのよねー!」

「まーナワバリに来たら追い払うくらいで、本気で敵対してる訳じゃ無かったしな」

「面白え、バルバロの強さの秘密が探れるかもな!」

「べ、べ、べ、ベリーちゃんとお近づきに……アァァァァァ!!」


 屈強な紅妖の船員達は、口々に盛り上がっている。


「えっ、えっ、俺らはっ?」


 キョロキョロと辺りを見渡すティラノを見て、彩子が「おまけにティラノも」と付け加えると、再び笑いが起きた。

 なんだかんだ、どの海賊もいがみ合いながらも憎み合っている訳では無いようで、彩子の決めた同盟に反対する人間はいなかった。

 ――ただ一人を除いて。


「納得できません!」


 宴会場の奥から、一人の長身の男が声を上げた。


「あら、どうしてかしら? 雷神」


 雷神と呼ばれたその男は長い黒髪を揺らし、がっしりとした広い肩で風を切りながらステージへ向かって歩み寄る。


「スカーレット船長の右腕は、この私。その、見るからに弱そうなオルカと言う男を見染める理由が分かりません」


 そう言って、きつく湊を睨む。


「雷神。先代にも話はついてる。納得して頂戴」

「ならば、オルカ。私と戦え。スカーレット船長の評価に値する男だと証明したまえ」

「えっ、ちょっと、なんでそうなんの!」


 突拍子も無い雷神の提案に驚く彩子。だが湊は意外にも、雷神の真っ直ぐなプライドを受け止めた。


「分かった。受けて立つよ」

「えええっ!? 湊、どうしちゃったの!」


 彩子の知っている湊であれば、こんな一対一の喧嘩などするはずも無かった。

 予想外の返答が信じられず、まじまじと彩子が見つめた湊は、以前より少し腕っ節が太く、逞しくなっているように見えた。



 太陽が完全に顔を隠した漆黒の海。そこに浮かぶ紅妖の甲板にはいくつもの松明の炎が揺らめいて、戦いの見世物に沸き立つ海賊達は足を踏み鳴らし高揚を煽る。


「おい、どっちに賭けるよ」

「流石に雷神の勝ちだろう。あいつは強え」

「雷神ー! 見せてくれ稲妻突きー!」


 ギャラリーに囲まれた雷神は、二メートル程はある長い棍を手に、湊へ告げる。


「さあ、オルカ。構えろ」


 湊は無言のまま、両手にガントレットを嵌めて拳を構えた。


「ちょっとちょっと、やめてよ二人とも。無意味よこんなの」

「おいスカーレット、二人ともやる気満々だぜ。女冥利に尽きるだろ」


 バルバロは湊と雷神の間に立って一枚のコインを取り出した。


「このコインが落ちたら、始めだ。男同志、思う存分やりあえよ」


 対峙する湊と雷神の無言の了承の後、バルバロはコインをピン、と親指で跳ね上げた。


――湊は決して好戦的な性格をしていない。避けられる争いは避けて生きて来た。


 だが、直近で目にしたバルバロの華麗な身のこなしや、この間経験したティラノとの戦いでなんだか血が熱を持ち、身体中を駆け巡るような昂りを感じた。

 この場においても怖い気持ちは不思議と無くて、湊は本能に従い雷神の宣戦布告に応じ、今、迎え撃つ。


 甲板に軽い金属音が響いた。

 ボッ、と空気を弾けさせて、雷神の棍が湊の喉笛に向かって真っ直ぐ放たれた。湊は掌で迫り来る突きを逸らし、間合いを詰める。

 雷神は今度は棍の反対側を高く掲げて、真っ直ぐに振り下ろす。湊は頭上で交差した両腕のガントレットでそれを防ぐと、ぐるっと回って裏拳を放った。

 それを紙一重で上体を逸らして躱した雷神は、面食らったように後ろに飛び退いて距離を取った。


「思ったよりやるな、オルカ。素早い」

「ありがとう。雷神もね」


 あくまで対等に言葉を返す湊。再び棍とガントレットが激しくぶつかり合う。


 彩子はますます、自分の知っている湊とは大きく違っている事を実感する。こんなに相手に堂々と立ち向かう事の出来る少年では無かった。それが可愛かったし、面倒を見てやらなければと思っていた。

 なのにどうだ。戦闘能力では紅妖の中でも上位に入る雷神と、あの湊が。引っ込み思案で人見知りだったあの周防湊が、渡り合っている。


「そんなに、強かったんだ」


 彩子は一人、ポツリと呟いた。

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