第15話 女海賊スカーレット
並走して海を征く二隻の船。
遠くに見える新宿跡のビル群を目指し、快晴の中、帆に風を孕ませて進む。
「おい、ティラノ!」
バルバロが、ティラノの作業船に向けて麻袋を投げた。
両手でそれをキャッチしたティラノが袋をひっくり返すと、中身は缶詰。
「お、いただくぜ」
そう言って缶詰を手に取ったティラノだったが、表情がみるみる曇る。
「……どうやって開けんだよ、これ」
手に取る缶詰は全て、缶切り無しでは開けられないようなプルタブの無いものばかり。
そして、ティラノの船には缶切りは無い。昔、バルバロが戦って奪ったからだ。
「カカッ! 気合いで食いな!」
「てめえ……」
怒りにプルプルと震えるティラノ。
そこへ、湊が身軽にBLUE BULLからティラノの船へ飛び移る。
「ちょっと貸してよ、ティラノ」
缶詰を手に取った湊は、ティラノの作業船の鉄で出来た甲板に、缶詰を擦りつけ始めた。
「あん? 何してんだ」
「もう少し見てて」
しばらくそのままガリガリと擦り続けてから、缶詰の側面をギュッ、と押すと、蓋が開いた。
「おお!? すげえなお前!」
「おいおいオルカー。ティラノに甘えな。真っ当に育たねえぞ」
「俺はてめえのガキか!」
いつだったか、彩子に聞いた方法だった。缶切りも無い状態で缶詰を開けるには、硬いものに擦り続けてこうやって開けるのだと。
原理としては、缶詰を摩擦で少しずつ削り、蓋を支えている面の強度を落とすのだ。
「しかしてめえも色んな事知ってんだな。バルバロの野郎と言いどこで得た知識なのか知らねえが、物知りは貴重な人材だ。オルカ、うちに来いよ」
「おいうちのクルーを勧誘すんなボケ」
「誰がボケだ!」
「あー、もう出てる! アクセサリーのお店バシっと出そうと思ったのにー!」
やんややんやと言い合う声にようやく目を覚ましたベリーが、船尾に立って遠い秋葉原跡へ叫ぶ。
「おはようベリー。今新宿跡に向かってるよ」
「えーそんなー! 新作のアクセサリーいっぱいあったんだけど!」
途端に賑やかになる船上。
行き先を知らなかったティラノが言う。
「新宿跡? どこに行くのかと思ったらスカーレットの根城じゃねえか。あぁ、一応オルカの顔見せか」
「顔見せ? ねえティラノ。それって海賊の礼儀か何か?」
「んーそう言うわけじゃねえけど、スカーレットんとこは一番でけえ海賊団で、嵐とか来たら協力したりもするからな。まあしといて損はねえんじゃねえの?」
「ま、俺としちゃあうちに喧嘩売って来たら、このオルカがお前らをボコボコにしちまいますよ、って宣告しに行くつもりだけどな」
バルバロはあからさまな冗談を言いながら、キュポン、とラムの栓を抜いて、気持ち良さそうに風を浴びながら口に含んだ。
新宿跡のビル群が徐々に大きく見えてくる。
それと共に、湊を除く全員の緊張感がなぜか増して来た。
何かが起きるのだろうかと考えていたら、バルバロが言った。
「いたぞ、
バルバロの目線の先に、大きな一隻の赤い船が鎮座していた。
BLUE BULLやティラノの船のような小型船舶では無く、その十倍をゆうに超える船体。
台形を逆さまにした形の一枚の巨大な帆を張っていて、甲板上には和風な装飾が施された、屋敷のような大きな
その外観は、江戸時代の大名が乗っていたという“御座船”そのものだ。
「そろそろ間合いに入る。ベリー、船室に入ってろ。オルカ、そろそろ来るから、頑張れよ」
「はーい」
「え? 来るって何――」
そう問いかけた矢先、湊の足元に何かが突き刺さった。
――木を削った弓矢だ。
「来たぞ!」
バルバロは舵から手を離してオールを構えた。すると上空から、また数十本もの矢が降り注いで来た。
「おらよっ」
バルバロはオールを風車のように回転させて、雨のように降り注ぐ矢全てを叩き落とした。
隣の作業船では、ティラノが同じように錨の繋がった鎖を大きく振り回し、手下達は木の板を持って攻撃を防いでいる。
湊の眼前にも矢が迫る。手に入れた自身の武器、ガントレットで次から次へと迫り来る矢をはたき落とす。
必死に応戦しながら船は進み、紅妖との距離が近くなると、やがて矢の嵐が止んだ。
「相変わらず過激なご挨拶だなぁ! スカーレット!」
バルバロが叫んだ先には、真紅のスカーフとミニスカートを風になびかせて、弓を構えて船上に立つ女の姿があった。
太陽を背にして、逆光で顔は見えない。潮風に暴れるゆるいカールのかかった毛先を抑えて、その女は言った。
「バルバロ! ティラノ! ボンクラが二人揃って何の用かしら? あたし達のナワバリに勝手に入って、タダで済むと思うんじゃ無いわよ!」
そう言って、細い指先をびしっとこちらへ向ける。
「馬鹿野郎、海は誰のものでもねえ。どこを行こうが自由だ!」
「いやいやいや! 東雲跡にあたしが入ったら怒るじゃん! あんた、怒るじゃん!」
手をブンブンと顔の前で左右に振りながら、スカーレットはバルバロにツッコミを入れた。なんだか古い知り合いのように口喧嘩を始める二人。挨拶こそ容赦なかったものの、ティラノと同じようにバルバロと心から敵対している訳では無い様子だった。
「さっさと要件を言いなさいよ。また矢の雨降らすわよ」
「おう、新入りの顔見せだよ。オルカ、あいつがスカーレットだ。中指立ててやれ」
「いや、中指はちょっと……」
とりあえず、よく分からないが初めましてと挨拶しようと、湊が船首に立ったその時。
逆光でスカーレットの顔を隠していた太陽が、一瞬雲の中に消えた。
「「――あ」」
スカーレットの顔。
湊を見て、両の瞳に涙を溜めて、ふるふると震えるその顔。
無意識に両手を広げる湊。その身振りに呼応するように、スカーレットは船を飛び降りて、まっすぐ湊へ落ちて行く。
「サイコ先輩ッ!!」
叫ぶと同時に湊は彩子の身体をきつく抱きとめて、二人してBLUE BULLの甲板の上に倒れ込んだ。
「サイコ先輩! よかった、無事だったんだ!」
「湊っ! なんで……なんで、あんたがここに」
思いがけない再会に、周囲を忘れて倒れ込んだまま抱擁を続ける二人。湊の身体の上で、彩子が顔をあげて微笑む。ポタリと一粒の涙が、湊の頬に落ちた。
「あんたも、こっちに来てたんだね。無事で良かった」
「独りかと思ってた。まさか本当に、サイコ先輩もいるなんて」
この海の世界に、いてくれるといいなと思っていた。ただそれは願望でしかないと、自覚している自分もいた。
だけど今、目の前には彩子がいる。頬に落ちた涙も、湊の体にかかる彩子の重みも、全て現実だ。
「お前ら、知り合いか? ていうか、そういう関係だったんか?」
「すすすスカーレット、なななんて大胆な女だ……破廉恥だ!こいつぁ破廉恥だ!」
バルバロは目を見開いて驚き、ティラノはカタカタと顔を真っ赤にして震えている。
「あーっ、ちょっとスカーレット! オルカに何すんのよ!」
船室から出て来たベリーがその場に乱入し、湊から彩子を引き剥がした。
「オルカって……湊のこと?」
ベリーにぽかぽかと殴られながら、キョトンとした顔で湊を見る彩子。
「うん。バルバロが名前付けてくれた」
「ぴったしじゃなーい! かっこいいよ! うんうん、あんたも海賊になったのね」
ぱしん、と湊の肩を叩く。
離れ離れになって、時間にすればたったの数日、いや、百年。
懐かしくて、嬉しくて、湊はさっきまで笑っていたのに、腕で顔を隠して泣いた。
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