第14話 オルカVSティラノ
「おーら、朝だぞ二人とも。仲良く星でも見てたのか?」
湊は重たいまぶたを開ける。隣のベリーはまだ夢の中だ。
「んー、うまーい、もう一杯……ふ、ふぉぉ……」
エナジードリンクの方のブルーブルの夢を見ているようで、よほど気に入ったらしい。
「こいつ寝起き悪いからなあ。ほっといて船出しちまうか。ロープ外してくれるか?」
「うん、分かった」
湊はまだ少し微睡んだ頭で、桟橋と船とを繋ぐロープを外した。
今日も気持ちがいい朝だ、と空を見上げて、一つ言付けを託されていた事に気づいた。
身軽に隣の作業船に飛び移り、船室のドアをノックする。
「こっち、出るよ」
すると、少しの間をおいてからガチャリとドアが開いた。
「ふああ、よーーーやく出航か。逃がさねえぜ、バルバロ」
「げ、おいおいオルカ。そんなバンダナ起こさねえでいいよ」
「なんか昨日頼まれちゃって」
「オルカ、つったな。サンキューな」
寝ぼけ眼でティラノは湊の頭をぽん、と叩いて声を上げた。
「おっし、出るぞ野郎共!」
「んが、ティラノさん、まだ早いっすよ……」
「ZZZ」
その脇でBLUE BULLは離岸し、湊も軽快に跳ねて作業船から甲板へと戻った。
「んじゃな、ティラノ〜」
「ま、待て! 待ってよ! すぐ行くって! あーもう!」
バルバロはなんだかんだティラノと遊びたいのか、全速力でちぎることはせずゆっくりと船を進めた。
やがて何とかティラノの作業船が追いついた所で、仕切り直しだ。秋葉原跡へは泳いで戻ろうと思えば戻れる距離ではあるが、もう中立地帯では無くなった。
「おーし、勝負だ! バルバロ!」
その言葉にバルバロは顎に手を当てふむ、と一瞬何かを考えて、湊に言った。
「なあオルカ。俺一人で十分お釣りが来るけどよ、もしも、もしもな。俺がピンチになったら助けてくれ」
「?」
そう言ってバルバロはオールを片手に船首へ歩いて行き、ティラノの船に飛び移った。
湊はバルバロの戦いっぷりをその目に焼き付けようと、最前列で眺める事にした。
今日は一対一で戦うようなので、ティラノの手下達も頬杖をついてゆるーく見物している。
バルバロは、無言でティラノに飛びかかった。
「来いや! 今日こそそのオール、絡め取ってやんよ!」
懲りもせずに解説した上で鎖を構えるティラノ。バルバロの勝利は決まったな、と思っていた湊は、次の展開に目を丸くした。
意図が見え見えのティラノの鎖にバルバロはオールを打ち込み、瞬間、ティラノが素早く鎖を交差する。そして二人はそのまま鍔迫り合いのような体勢で拮抗した。
ふいに、ティラノが声を上げた。
「えっ、なにそれ? どうすりゃいいんだよ。……え、ええと、バ、バルバロ! ここ、このまま隙だらけのてめえを蹴り飛ばしてやる!」
「うわー、しまったー」
ティラノがまたもや丁寧に解説をした後、身を翻して後ろ回し蹴りを放つと、それを喰らったバルバロはBLUE BULLまで吹っ飛んできて、倒れた。
「オルカ……俺はもうだめだ……あとは頼むぞ……」
そう言ってがくっ、と力が抜けたように、バルバロは目を閉じた。
「ふ、ふふふ、ふはははは! はーっはっはっはっは! 残るはお前だ、オルカ」
やたらと戦隊モノの悪役のような高笑いをしながらティラノはこちらに飛び移り、鎖に繋いだ錨をブンブンと振り回しながらにじり寄る。
「か、構えろオルカ……お前が、あいつを倒すんだ」
目を閉じて気を失ったはずのバルバロが再び目を開き、そう言ってまた床に伏せた。
「え、わ、分かった!」
なんだかよく分からないがやるしか無いと思い、湊はガントレットを両腕に嵌めた。
「おらぁっ!」
ビュン、と空を裂いてティラノの錨が飛んで来る。目で追えない速度では無くて、湊は横に飛んで躱す。
「油断するなよ、背中ぁ!」
ティラノは伸びきった鎖を引っ張り、引き戻す。跳ね返った錨の打撃が、湊の背中に綺麗に入った。
「うぁっ!」
重い衝撃に膝を付く湊。
以前バルバロがいとも簡単に下していたティラノだったが、湊にとっては十分に強かった。
湊の瞳に、闘争本能の炎が小さく灯る。
一方、クリーンヒットを決めたティラノは勝ち誇るものかと思ったが、なぜか若干おろおろと挙動不審な動きをしている。
「て、てめえ、もう降参か!? あと背中大丈夫か!?」
「くっ、まだだっ!」
ティラノがもう一度、鎖を振り回して錨を放つとそれをかいくぐり、疾走してリーチを詰める。
「うおおお!」
雄叫びを伴った湊のガントレットの一撃を、ティラノはびんと固く張った鎖で防ぐ。
「おっ、錨を引き戻す隙がねえ、やるな!」
湊は立て続けに左右の拳を繰り出す。身のこなしと鎖で乱打を捌くティラノは、その中の一発の右を躱した瞬間、湊の伸びきった腕に鎖を巻きつけ、投げ飛ばした。
「うわぁっ!」
湊は宙を舞って海に落ちた。派手な着水音の後、倒れていたバルバルがまたむくりと起き上がった。
「おいおいティラノ、手加減してやれよ。初心者相手に調子のんなハゲ」
「や、あいつ意外と……てハゲてねえよ!」
ティラノとバルバロが言い合っていると背後で、ざばっ、と音がした。
振り返ると、海に落ちたはずの湊が、空中で拳を振りかぶっていた。
海面から、飛び上がったのだ。
「くらええええ!」
「なっ、てめえ!」
海中から飛び上がるほどの加速と、宙に浮いた全身の重さを乗せた湊の一撃。咄嗟に両腕でガードしたティラノは、不意打ちということもあってその勢いに抗えず、たたらを踏んで尻餅を着いた。
「まだまだここからだ!」
船上へ着地した湊はガントレットを構え、ティラノへ真っ直ぐな視線を向ける。その顔はバルバロのように、どこか少し楽しそうだった。
「おーしそこまで。オルカ。まあ及第点だな」
バルバロは合図するように手を叩き、勝負を止めた。戦いにのめり込んでいた湊は状況を理解できず、目をぱちぱちと瞬かせる。
「ったく、いきなり面倒な事頼みやがって。ガラじゃねえんだよ」
やれやれ、と起き上がるティラノ。
「バルバロ、どういうこと?」
「なーに、チュートリアルってとこだ。お前、喧嘩とかしそうにねえし実戦初めてだろ? このバカに一芝居打ってもらったんだ」
「誰がバカだ!」
ティラノは先ほどのバルバロとの鍔迫り合いの最中、唐突にこのチュートリアルとやらを耳打ちされ、なし崩し的に引き受けたのだった。
一気に和んだ空気の中、憎まれ口を叩きつつも自分の訓練を引き受けてくれたティラノ。湊は、例えるなら、口は悪いが実は優しい不良の上級生みたいな空気を感じた。
「オルカ、まあまあやるじゃねえの。俺からも、合格を言い渡してやる」
「ありがとう。ティラノも強いんだね」
「ったりめえだガキ」
バルバロはその光景を眺めながら、一人呟く。
「つうか、海中からジャンプなんて普通できるか……?」
先ほど湊が見せた一撃を思い出す。人間離れ、と言っても過言では無い。本当にシャチのようだと考えていると、ティラノがその思考を遮った。
「おいバルバロ。てめえの三文芝居に付き合ってやったんだ。飯でも食わせろ」
「ん、あぁ、仕方ねえ缶詰やるよ。あ、オルカ。船首に合わせて風受けてくれ」
そう言いながら、舵を切って船の方向を変える。
「ティラノ、いい風きてるから走りながらだ。着いてきな」
「なんだよ勝手な野郎だな。仕方ねえ」
ティラノは自分の船に戻り、テレビでも見るようにだらけきって戦いを観戦していた二人の仲間に指示を出して、ツギハギの帆を張った。
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