第13話 あの日の言葉
気付けばもう夕方だった。傾いた太陽がマーケット全体をオレンジ色に染める。
湊とバルバロがBLUE BULLへ戻ると、ベリーが船首にしゃがみこんで、桟橋にいるバンダナをした男と雑談に花を咲かせてケラケラと笑っている。
その男が誰だか、二人はすぐに分かった。
「バルバロ、あの人」
「げ、ティラノ」
「やっと戻ったかバルバロ! てめえ、今日こそ生きて返さねえぞ!」
「バルバロ、オルカ、おかえりー!」
BLUE BULLの隣にはティラノの作業船が停まっている。どうやらたまたま見つけて、バルバロに喧嘩を売りに来たらしい。
「おいベリー、このバンダナクソ野郎に何かされなかったか?」
「てめえ今何つった!?」
「うん、おしゃべりしてた! それよかそっちは大丈夫? クロウラーは?」
「ああ、帰ったよ。あ、オルカ。そこのバンダナ邪魔だからどかしといてくれ」
「そんな物みたいに……」
「ムキィィィ! てめえ今からタイマンだ!」
顔を真っ赤にして怒るティラノだったが、この秋葉原跡は中立であり戦闘禁止の街なので、バルバロから口で軽くあしらわれ続けた。
完全に日も落ちて、今夜は秋葉原跡に停泊し明朝、新宿跡へ出航する事にした。湊達が夕食にしようと準備をしていたら、ティラノが懲りずに隣に停めた作業船から叫ぶ。
「バルバロ! 明日てめえの船に着いてって、ここから離れたらタイマンだからな!」
「あーもう分かったよ。さっさと飯食って寝ろよハゲ」
「ハ・ゲ・て・ね・え・よ!」
バンダナを外し、般若のような形相で長い髪をブンブンと振り乱すティラノがおかしくて、全員がどっと笑ってからお開きになり、各々の海賊船に戻った。
食材はマーケットでは手に入れておらず、湊を襲った魔鱶も持ち帰ってはいない。なので、今日の夕食も缶詰だ。
「ねえ二人とも。魔鱶って何なの? ベリーは襲われないって言ってたけど、あのスキンヘッドのおじさんも特に怖がってなかった」
先ほどの宝探しの時のことだ。湊が魔鱶と出くわしたが、近くにいたスキンヘッドの男は気にする様子もなく、さっさと泳ぎ去ってしまったのだ。
「なんかいつの日からか海で見るようになったんだよねー、魔鱶。オルカとバルバロは美味しそうなんじゃない?」
「カカッ、奴らイケメン好きなんだろ。 だからティラノも襲われねえだろうな絶対」
バルバロもベリーも、魔鱶についてはちょっと危ない食材の一種、くらいにしか思っていない様子だ。
そんな危険もきっと、バルバロにとっては「生きるとはそういうこと」の一言で片付くのだろう。
「しかしよーオルカ。まさかそんな中世じみた武具とは思わなかったけど、いいもん手に入ったな」
バルバロはラムの酒瓶を傾けながら、船室の隅に置いたガントレットを見て言った。
「かっこいいよね! 固そう! 強そう!」
湊の命を守ったガントレット。くすんだ外見をしているものの、鈍く光を放っていてまだまだ使えそうだし、なんだか両腕に馴染んだ。
「ぶっ叩きゃあ武器になるし、守りもできる。それでいけよオルカ」
「うん、何だかしっくり来る。戦う時は、これで頑張るよ」
両の拳から前腕までを覆う、綺麗な曲線を描く輪郭。
何というか、例えばギタリストであればギターだったり、キャンプ好きの人であればテントだったり。
そう言った自分の個性を象徴するモノを見つけたようで、湊はなんだか嬉しかった。
湊はクロウラーの事も二人に詳しく聞いてみたかった。しかし何だか因縁と言うか、過去に何かがあったように見て取れて、軽々しく触れて良いものか分からなかった。
また機会を見て聞こうと思って、この日は胸の内に留めた。
夜が更けて、バルバロは船内の大きな寝室に大の字でいびきをかいて眠っている。ベリーも「今夜はここ!」と言って、狭い通路の脇にある簡素なベッドに、巣穴に戻る小動物のように入って行った。
湊はなんとなく、この海の世界の夜風に当たろうと甲板に出て寝転がった。穏やかな揺れと、波が船体に当たって弾ける音が心地良い。
視界全体に、漆黒の闇に燦然と輝く月と星が広がっている。
「眠れないの? オルカ」
寝転がったまま顔を上へ向けると、逆さまのベリーがいた。そのままベリーは湊の方へ歩み寄り、足元に湊の頭が来たところで、ずさっと一歩後ろへ下がり、身体を覆う布の裾を両手で抑えた。
「えっち」
「いやいや違うって!」
そして湊の脇に同じように寝転がった。
「ねえ、オルカは、どこから来たの?」
「……遠い、所だよ」
「へえ。どんな所?」
「便利で、何でもあって、友達がいて……。でも、こんなに綺麗な星空は、見られない所」
「そうなんだ。それはそれは、もったい無いね」
「うん。もったい無い」
「そこに、帰りたいって思う?」
一瞬、湊は言葉に詰まった。ここでの暮らしは、ずっとスマホの画面越しに憧れ続けた海に生きる人生そのもの。大切な仲間も出来た。そう思うと同時に、彩子と、優奈と、真司の顔が脳裏によぎる。
「わたしは、オルカと、それにバルバロとずっと一緒にいたいな」
真っ直ぐな温かい言葉。じわっと胸の奥にこそばゆいようで、暖かい感情が広がる。
隣で星を見上げるベリーの横顔を見て、また目線を空に戻して湊は言った。
「うん……そうだね」
二人との暮らし。それは温もりと、驚きと、高揚と。自分の居場所はここだと実感できる位輝いているものだった。
湊は改めて思う。どこにいるかも分からないけれど、荒波部の三人をいずれ必ず見つけ出して、バルバロとベリーも一緒に皆で暮らして行けたらな、と。
しばらく二人無言で星空を眺めていたら、ベリーが言った。
「ねえ、こんなお話知ってる? オルカ」
「なに?」
「――人ってね、死ぬと、海に帰るんだって」
湊は耳を疑った。
その話には、覚えがある。
「海の生き物に生まれ変わって、この広い海を漂うの」
無言で話の続きを待つ湊。
知っている、聞いたことのある、その続きを。
「それから何度も海で生まれ変わりを繰り返して、やがてまた人間に生まれ変わって、いつかはまた海に帰って。そうやって繰り返すんだって」
湊は思わず身体を起こす。
「その話、どこで」
「ん? 言い伝えだよ。遠いとおーい昔からの」
「……僕も知ってる」
「そうなんだ。割と有名なお話なのかもね」
「海に愛された人は、シャチとかイルカになれる?」
「あ、そうそう。海の神様の戦士として認められたら、そう言うかっこいい海の魂が与えられるんだって」
再び湊は横になった。星空を眺める訳では無く、頭の中に渦巻く糸を紐解く。
なぜベリーは、あの日の優奈と似たような事を言うのか。人は海に帰るだなんてそんな話、優奈とベリー以外の人からは聞いたことも無かった。
「ベリー、もっと詳しく聞かせて」
湊が問いかけた先のベリーは、むにゃむにゃと寝言を言いながら、お腹をぽりぽりとかいて完全に夢の世界に旅立っていた。
湊はなんだか馬鹿らしくなって、笑いながら視線を星空へ戻した。ベリーは優奈を知るはずは無いし、考えてみれば人から人に伝わるからこそ言い伝えと言うのだから、本当に有名な話で、百年後まで語り継がれているものなのかもしれない。
そう考えて、安堵に似たため息をついた湊だった。
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