第11話 アキバへ行こう
気持ちの良い潮風がそよそよと流れる早朝。
秋葉原跡へは二時間ほどで着くらしい。
その後スカーレットとやらのナワバリである新宿跡へ行くことを含めても、一泊二日もあれば余裕で帰ってこれる航海だ。
だが海を舐めてはいけない。
突然の天候悪化で船が出せない等、不測の事態に備えて数日分の食料と溜めた雨水を船に積んだ。
湊とベリーは配管に結ばれたロープを解いた。
「おーし、準備はいいな。出航するぞ」
「「おーっ!」」
元気よく若者二人が声を上げる。BLUE BULLは秋葉原跡へ向けて、アジトを離れた。
「ベリー、帆は僕が動かすから、ご指導のほど、よろしく」
「うむ。頑張るのじゃ」
足と手を組んで、船べりにふんぞり返るベリー。身体に纏う一枚の布が少しまくれた太ももが眩しくて、湊は目を逸らした。
バルバロは後ろに結んだ赤茶色の髪をなびかせて、コンパスで方角を確かめ舵を切る。
湊は自分の身体で感じる風の他にも、バルバロの髪のなびき方で視覚的にも風向きが読める事に気付き、たまにベリーのアドバイスを聞きながら帆を操作する。
筋肉がついたのか、今までよりも帆を操作するウインチが軽く感じるし、疲労感も少ない。筋肉は全てを解決する、というのは本当かも知れないと湊は思った。
――そして、海を渡って数時間。
「見えてきたぞ! あれが秋葉原跡だ」
湊は双眼鏡を覗いた。
海から頭を出したビル同士がいくつもの桟橋で繋がっていて、その上には色とりどりの布を張った屋台が所狭しと並んでいる。たくさんの小舟も周囲に浮かんでいて、まさに水上マーケットと言ったところだ。
秋葉原と近い上野、御茶ノ水付近もまとめて「秋葉原跡」と呼ぶようで、少し離れたところに同じような集合体が見えた。
「すごい! 思ったより、人もいるんだね」
「ああ。東雲跡は俺達しか住んでねえが、この秋葉原跡周辺を含めて、居住区を備えた場所も多いんだ」
バルバロは、マーケットの端に長く伸びた浮き桟橋に船をつけた。そこにはまるで駐車場のようにたくさんの船が並んでいる。
係留してある船の大多数は小さな手漕ぎ舟で、他に目に入るのも小型のボートに無理やり帆を取り付けたものや、ティラノの乗っていたような錆びついた作業船ばかりだ。
BLUE BULLのような、快適に寝泊まりができるレベルの
「ふっふっーん、オルカ、思わない? うちの船が一番だって」
「思う思う! 一番輝いてる。黒い帆も海賊っぽくてかっこいいし」
「たりめーだ、こんだけの船、そうそう残ってねえからな。ほれ、オルカ」
そう言いながらバルバロが麻袋を湊に投げてよこした。
中身は缶詰や酒。と、小袋が一つ。小袋の中には、綺麗な貝殻や虹色の魚の鱗など、海の欠片達を加工したブレスレットや指輪がいくつも入っていた。まるで小さなお宝の山だ。
「これは?」
「この世界にゃ通貨は無え。基本物々交換だ。そのベリーの作ったアクセサリーなんかは結構人気なんだぜ」
「そうだよー! キラッキラで、すごいでしょ!」
湊は一つ、アクセサリー袋の中からネックレスを手に取った。鮫か何かの鋭い牙に幾何学模様が刻み込まれていて、なるほど確かに、元の世界の東京で売っていてもなんら遜色の無いような出来栄えだった。
「そのネックレス、オルカにあげるよ。私達と、お揃い」
バルバロとベリーの胸にも、同じように幾何学模様の牙のネックレス。
「大きさもちょうど良いな。俺が一番でっかくて、ベリーはちっこくて、その中間だ」
おもむろにベリーが背伸びをして、湊の首にネックレスをかけた。
「うん、かっこいいじゃん! 超似合うよ!」
「……ありがとう」
嬉しかった。それは何だか、海賊の絆のような。
胸の奥で、暖かな炎がゆらりと灯るような、そんな気がした。
「それじゃ、しゅっぱーつ!」
意気揚々と歩き出したベリーに続き、湊とバルバロもマーケットの中心へ足を進めた。
「おーベリーちゃん! うちの女房が、アクセサリー欲しがってたぞ!」
「えーホントー!? あとでお店出すから来てよー!」
「あ、バルバロこの野郎! こないだの支払いの缶詰腐ってたじゃねえか!」
「知らねえなー、今度また何か買ってやっからよ、大目に見てくれよ」
二人はそこそこ顔が広いのだろうか、通りすがる人々が良く声をかけてくる。そんな活気に満ちた桟橋の上のマーケットでは、新鮮な魚や缶詰、船のロープや錆び付いた工具などの他、廃タイヤや流木、鉄板と言った用途が限られるようなものまで売られていた。
「おいオルカ。あそこ見てみろ」
マーケットから少し離れたあたりの海面に、ギリギリ頭だけ出しているビル。筋骨隆々の男達が力一杯ロープを引き、屋上に組んだ丸太の骨組みの上に一隻の船を引き上げていた。
「もしかして、船を直すの?」
「ああ。造船所だ。さっき鉄板とか売ってたろ? ああいうもん買って、船底を補修してもらうんだ。新造船なんてのはもう存在しねえけどよ、流れ着いた船にああやって修繕を重ねて、割とまだまだ長く乗れるもんなんだぜ」
「ちゃんと成り立ってるんだ……全部、海の底に沈んだのに」
人類の逞しさ、と言っても大げさでは無い。この世界でも人々は自分の役割を見つけて支え合って、こんなに活気のある町を作り出している。
スマホも無いし、コンビニだって電車だって自動販売機だって無い。そんな場所でも、こんな風に笑って生きていけるのだ。
湊が感慨深くマーケットの空気を堪能していると、突如、木箱をリズミカルに叩く音に合わせて、ガランガランと甲高い金属音と同時に、男の声が響いた。
「――Ah、この声聞こえてたら目ぇ向けな! 我こそはと思う奴は手ぇ上げな! お宝争奪戦、おっぱじめるYO!」
木を組んだステージの上、ボロボロのキャップを被った細身の男がベルを片手に声を張り上げている。
「おーっ、イベント屋のトリッカーじゃん! 今日もやってるねえ!」
ベリーは飴につられる子供のように、そのトリッカーとやらの方へ駆け出した。
「バルバロ、イベント屋って?」
「あいつは祭り好きのパリピでな。ああやってちょくちょくお宝を海に沈めて、参加者集めて宝探し大会を開いてる。おいトリッカー! お宝は何だ!」
トリッカーはよくぞ聞いてくれましたとばかりに満足げに、ビシッとバルバロに指をさして言った。
「バルバロじゃねえか久々だな! 今回の目玉はなあ……かつて栄華を誇った秋葉原跡に実在した、海底に眠る武器屋、そこで見つけた金属製の武具だZE! まだまだ錆びてねえ一級品DA!」
トリッカーが大きな声でそう告げた途端、周囲から歓声が上がり、参加者がどんどん増えて行った。
湊は元の世界で真司から聞いたことがあった――秋葉原には、武器屋が実在すると。
そこにはもちろんレプリカだろうが日本刀や甲冑のほか、斧や大槍、ハルバードまでが売られていたらしい。
「おいオルカ、武具だってよ。丁度いいから行ってこい。参加費は貸し一つな」
「え、ありが……えっ、ええっ!?」
「頑張ってね! オルカ!」
躊躇する湊の背中をバルバロとベリーの二人がグイグイと押し出して、参加者の輪の中に放り込んだ。
「さーあ参加者はこれで揃ったな! ちなみに残念賞は、なんか朝来る時に拾ったKAME! 今夜のつまみくらいにはなるZE! さあ問答無用、妨害ありの潜水レース、死んでも恨みっこなしだ!」
「ちょ、ちょっと待って、自信無いよ!」
「カカッ、てめえの装備だ! てめえで取って来な!」
「オルカー! 私亀欲しい! KAME!」
「じゃあ行くZEー! よーい、スタート! カモーンララパルーザ! YEAH!」
トリッカーのよく分からない声を号砲とし、参加者が一斉に海へと飛び込む。雪崩のようなその流れに巻き込まれた湊は頭から海に落ちた。
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