第6話 悪い意味での顔馴染み

「――俺達は、海賊だ」


 バルバロは、不思議なことなど何も無いかのようにさらりと言った。あまりにも平然とそんなことを言うので、もしかするとこの人は笑いを取りに来ているのかも知れない、と湊は妙な疑念を抱く。


 湊はベリーに助けを求めるような、問い正すような目線を向けた。


「? 海賊だよ?」

「え、ほんとなんですか? 冗談ですよね?」


 バルバロはカカッと白い歯を見せて笑う。


「なーにが冗談だよ。他に何に見える」


 当たり前の様に一笑に付す様を見て、本当なのかも、と思い直した。


 海が好きな湊は、正直海賊に心惹かれるものがあった。現代、というか元の百年前の世界にいた南米辺りを根城にする武装集団では無く、大海原を帆船で征く、遥か昔のロマンに満ちた海賊の方だ。


 情報収集の為と言う大義名分を掲げながら、本心、半分くらいは興味本位で、普段何をしてどう暮らしているのか聞いてみると、やたら親切にバルバロは答えてくれた。


「俺達は喰うために奪ったり戦ったりするから、いつの頃からか海賊って呼ばれるようになったんだ。この辺は海賊同士でナワバリが決まっててな。俺は東雲跡を根城にしてる。他にも、例えば池袋跡はアホなクソ海賊のナワバリ。んで、遠いけどビルの頭がいくつか集まってるとこ見えるか? あそこは新宿跡。いけ好かねえ女海賊のナワバリだ」


 知っている東京の地名全てに「跡」がつく。海底に沈んだ都市の跡。

 そこでベリーがため息交じりに口を挟んだ。


「ねえバルバロー。そんな常識、流石にミナトだって知ってるでしょ」

「まあまあ。新入りには一から丁寧に教えねえと、パワハラになっちまうだろ」

「ぱわはらー? 何それ」


 ベリーが手をひらりと返してやれやれ、と言った表情を見せる。まだまだ聞きたいことだらけの湊は、引き続き質問を投げかける。


「東京タワーは、誰かのナワバリ?」

「いや、あそこは何もねえ。だが、狩場だ。狩る側にも、狩られる側にもなりうる」


 バルバロはギラリ、と好戦的な瞳で続ける。


「建物自体にゃ何もねえけど、魚や漂流物は豊富だからよ。近くの別の海賊共も――」


 言葉の途中、海の向こうに目を細めるバルバロ。その視線の先には、小さな黒い点が一つ。

 目を凝らすと、その点は少しずつ、段々と大きくなる。


「そうら、早速おいでなすったぜ」

「あれは……船?」


 バルバロは大きく取舵を切って左方向へ曲がり、船首をその黒い点へと向けた。

 ほらよ、とバルバロが投げた双眼鏡を湊は受け取って、鮮明に向かいの船の形を捉える。錆が目立つ、ボロボロの作業船だ。


 船体の縁にはぐるりと全体を覆うように劣化したタイヤがぶら下げられ、取ってつけたような、と言うより間違いなく取ってつけた長い鉄の棒をマストにして、ツギハギの布の帆を張っている。

 甲板では、作業着のようなベストを纏ったバンダナの男が、船首に片足をかけてこちらを睨んでいる。

 その男も鍛えられた筋肉を纏っていて、バルバロよりも体が大きく、強そうに見えた。


 バルバロのヨットとの距離が詰まり、肉眼で確認できる間合いになるや否や、その男は叫んだ。


「おいこらバルバロ! てめえ今日こそ生きて帰さねえぞ! 命が惜しかったら、物資を渡して逃げるんだな!」

「ハッ、池袋跡から遥々ご苦労なこった! 返り討ちだよ、ティラノ」


 二人は悪い意味での顔馴染みの様だ。しかし、犬歯を剥き出しにしてこちらを睨むティラノという男とは裏腹に、バルバロはニヤリと口の片端を釣り上げて、楽しそうな顔をしている。


 船と船同士がぶつかるかどうかの直前で、ティラノは叫んだ。


「面舵一杯ぃ!」


 ぐん、と湊達から見て左手に逸れる作業船。こちらを向いた側面には、手下と思しき鉄パイプを手にした二人の屈強な男が、攻撃の準備を整えて立っていた。もしも街で彼らに凄まれたら、逃げることだけを考えてしまうような威圧感。


 湊は危機を感じた猫のように無意識に身構えた。

 しかしバルバロは、そのまま真っ直ぐに舵を切らずに突き進む。


「ば、バルバロさん!? 何で向かって行くんですか!」


 直後、作業船の横っ腹にバルバロの船が衝突した。前につんのめるように大きくバランスを崩す湊。四つん這いの状態になり、顔を上げる。

 目に映った光景に湊は驚いた。バルバロがいつの間にか相手の船の上でオールを肩に担いでおり、その足元に手下の二人が、仲良く気絶して倒れていた。


「おいおいティラノ、相手に船の横っ腹晒しちゃダメだろうよ。突っ込まれたらこのざまだ。今回の作戦も、イマイチだな」

「うっ、うるせえ! ここからが本番だ!」


 ニヤニヤとほくそ笑むバルバロに向かって、ティラノはじゃらりと鎖を手に取った。先端には、錆びた小型の錨が繋がっている。


「おっらあ!」


 ティラノはブンブンと頭上で錨を振り回して、一直線に放つ。

 鎖の金属音を纏って砲弾のように飛んでくる錨を、バルバロは上半身の小さな捻りだけで躱し、そのまま軽いステップを踏み、オールを振りかぶってティラノに飛びかかる。


「甘えんだよバルバロ! そのオール搦め捕ってやんよ!」


 手に持った鎖を絡みつかせようと構えるティラノ。そこにオールが振り下ろされる――。

 と思いきや、バルバロの飛び蹴りが綺麗に顔面に決まった。白目を剥いて仰向けに倒れるティラノの脇に、バルバロはすたんと身軽に着地した。


「お前、自分が何するか解説する癖直せよ……って、聞こえてねえか」

「……すごい」


 危なげなく相手を下したバルバロ。その戦う姿に湊は釘付けになった。ここまで身軽に華麗な身のこなしで、敵を圧倒する人間を初めて見た。

 湊の心の奥深くから、何か熱いものが少しだけ顔を出して、気づけば両の拳を握っていた。

 それは今まで感じたことの無い闘争心に他ならなかった。湊だって、男なのだ。


 ふと、ベリーの姿が見当たらない事に気づいた。周囲を探すと、ティラノの作業船の船室キャビンの中から大きな袋を担いで出てきた。


「よっこらせっと。上々だよバルバロ! やっぱ池袋跡は色々あるのね。缶詰がこんなにたくさん!」

「おー、ご馳走だな。でも今日は魔鱶な。保存効かねえし」

「えーっ、ヤダヤダ缶詰にしようよー! ほら、肉の缶詰もあるよ。やきとり!」

「ダメだ。ご馳走はここ一番で食うもんだ。今日は魔鱶。決定事項だ」


 ブーブーと頬を膨らませるベリーを放置して、バルバロは再び舵を握り船を走らせる。

 途中、思い出したように舵から手を離して、ティラノ一派の作業船へ向けて合掌した。


「せめて、安らかに眠れ。雑魚よ」

「ねえねえバルバロー。死んでないし、聞こえてないってば」


 徹底してティラノをからかうバルバロだった。

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