わたしだけのピアノ・スター(13)

 ついに、文化祭の日がやってきた。




 ステージ発表は昼からスタートする。

 体育館にはたくさんの人が集まっていて、裏側へ私たちが集まっても、狭い待機場所としてステージの出演者でごった返していた。


「出演番号六番、『辛口少女』!」


 スタッフ札を首にぶら下げた女子が外で叫ぶ。


「もうすぐ出番なので舞台袖に入ってくださーい!」


 私たちの出演番号は七番。

 実は、さくらちゃんが加わっているもうひとつのバンドと、私たちのバンドは出演順が前後していて。


「じゃあ行ってくるわね」


 真っ赤なエレキギターを持ち、さくらちゃんは私と雪葉くんのもとを離れた。

 すごいや、さくらちゃん。アコースティックギターだけじゃなく、エレキのほうまでお父さんに買ってもらってたんだね。

 私と雪葉くんは二人きりになってしまう。

 雪葉くんは待機場所に来てからずっと下を向いて、あっちへふらふら、こっちへふらふら、落ち着かない様子だ。


 うう……。なんだか、私も緊張してきちゃったあ……。

 本番が刻一刻と迫っているこのタイミングで、誰よりも本番慣れしていそうで、いつも頼もしいさくらちゃんが抜けてしまったのはかなり痛い。


「出演番号七番!」


 さっきとは違うスタッフの男子が、


「『スノーフェアリーズ』のみなさん! 舞台袖に入ってくださーい!」

「はっはいぃっ!」


 そう叫んだから私も大きな声で返事する。

 雪葉くんは自分の手をしきりにさすりながら、


「……やっぱ、その名前恥ずかしいよ……」


 と小声でなげく。




 私たち三人は『スノーフェアリーズ』。

 もちろん名付け親は私。だって、雪葉くんがリーダーだからね。




 私と雪葉くんが舞台袖へ入ったのと同じタイミングで、さくらちゃんは他のメンバーたちと一緒にステージへ飛び出していった。

 さくらちゃんのもうひとつのバンド……その名も『辛口少女』。


 なんでその名前にしたんだろうね? 他のメンバーはみんな男子で、女の子はさくらちゃんしかいなかったのに。

 でも『辛口少女』はエレキギター二本にベース、ドラム、そしてキーボードの五人組という、いかにもロックバンドって感じのフルメンバーで、体育館は彼らが登場しただけでわっと盛り上がる。


 て、いうかさ。

 エレキベース弾いてるの……あの時の、サッカー部の先輩じゃん!

 くぅうう、先輩も小学生の時と変わらずピカッピカにかがやいちゃって。

 まあ私はとっくに雪葉くんひと筋ですけど。昔のバツゲームとか、記憶のはるかかなたって感じですけど。


 そんな、かつてのあこがれだった先輩がいるバンドで、さくらちゃんも一生けんめいにピックで弦をはじいている。

 曲もバンドらしく、文化祭にぴったりなハードロックばっかりだ。他のメンバーも、みんな楽器上手だし息ぴったりで、超カッコいいなあ。


(やばい……私たち、このバンドのすぐ次で演奏するの⁉︎)


 雪葉くんも舞台袖からステージをのぞくようにして、


「……お客さん、いっぱいいる」


 すごくこわばっている声を出した。


 ああ、そっか。そうだよ。

 お互いものすごく緊張して、ドキドキしているけど。

 私たち、ようやく、みんなの前で。



   ♪   ♪   ♪



「……夢がかなっちゃうねっ」

「夢?」


 不思議そうに振り返ってくる雪葉くんへ、私はにへらと笑いかける。


「言ったじゃん。今年は絶対、みんなが見てるステージにいっしょに出たいねって!」

「いっしょにって……そんなこと言ってた?」


 雪葉くんは、まるで自分はただ私のわがままに付き合わされてるだけみたいな顔をして。


「ステージに出たいは、暁さんの夢だろ?」


 まあ、そりゃあこのステージまで強引に連れ出したのは私かもだけど。


「ううん。違うよ雪葉くん」

「違う?」

「ひとりで出たって意味ないもん。雪葉くんとおんなじステージだから、うれしいんだよっ」




 えへへ。ノリで言ってしまった。

 なんかこれぞ『告白』みたいだったね。

 せっかく秋になりつつあって、外はちょっとずつ涼しくなってきたのに、実は最初からそれ目当てでしたーなんて言っちゃったら、私のほうが恥ずかし過ぎてのぼせちゃう。

 だって、私、今のあこがれも『最推し』も、サッカー部の先輩でもさくらちゃんでもない。




 雪葉くんは私の言葉にぼうっとして、


「……同じステージ……」


 なにかを思い出そうとしているみたいに天井を向く。

 あれ? 意外とリアクションうすめ?

 前に体育館の裏で『告白』した時なんて、私がなにも言っていないうちからドギマギしてたくせに。


「……そうか、『夢』か」


 雪葉くんのほうこそ、今まさに夢の中にいるかのようなうわごとを呟く。


「そういえば僕も、暁さんと似たような『夢』があったっけ……」






「えっ?」


 私がなにかを聞き返す前に。

 突然ステージがわあっと最高潮の盛り上がりを見せ、私たちも視線をステージへ向けた。どうも最後の曲が終わったみたいだ。


「みんなー! ありがとー!」


 ボーカルの男子がそう叫んで手を振りつつ、バンドメンバーたちがぞろぞろと舞台袖へ引き返してくる。

 最後に舞台袖へ戻ってきたのはさくらちゃんだ。


「か……カッコよかったよっ、さくらちゃん!」

「わかなさん、如月くん。……お待たせ」


 さくらちゃんは少し疲れたのか、いつもよりほほが赤くて息もいっぱい吸い込んでいる。

 真っ赤なエレキギターだけじゃない、茶色いアコースティックギターも肩に提げながら、


「じゃ、行きましょう」


 スマートにそれだけ言い残し、ひとりだけさっさとステージへ出て行こうとする。


「わわっ、ちょ、ちょっと待って!」


 私と雪葉くんも、彼女を追いかけるように慌ててステージへ飛び出した。

 も〜……さくらちゃんったら。

 初結成初ライブのバンドらしく、本番の前に舞台袖で円陣組んだり掛け声やったり、なんか、いろいろやってみたかったのにい……。





 けど、不思議だね。なんでだろう。

 二人の顔を見ていたら、私、緊張しなくなってきたかも。

 だってだって、ホントに『夢』がかなっちゃうんだ。


 緊張よりドキドキよりも、わくわくが、他のどんな思いよりも勝っちゃうんだよ!

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