わたしだけのピアノ・スター(12)
小学校の卒業式。
全校生徒がそろった前での、大事な大事なステージ。
雪葉くんは校内オーディションを勝ち抜き、卒業生みんなで最後に歌う曲のピアノ伴奏を務めることが決まっていた。
ピアノを習っている子に言わせれば、そんなに難しい楽譜じゃなかったらしい。
けど。
雪葉くんはあの本番で、とても大きなミスをした。
指揮者の子とタイミングが合わなくなって、歌と指揮、ピアノ伴奏がばらんばらんになってしまって。
あとちょっとで、合唱が止まってしまうところだったんだ。
だからって別に、誰ひとりとして雪葉くんを責めてなんかいない。
けれど雪葉くんは自分ひとりで、あの本番の大失敗を背負いこんでしまった。
自分ひとりが失敗するコンクールとかじゃなかったのが、余計にまずかったんだろう。
あれっきり一度たりとも、雪葉くんは伴奏のオーディションに参加しようとしなかったし、人前でピアノを弾くことすらなくなってしまう。
昔も今も、雪葉くんはずっとピアノを弾いているのに。
ピアノが、音楽が、ずっとずっと大好きなはずなのに。
「私、言ったじゃん! 雪葉くんのピアノが大好きだって!」
両手を握る力が強くなっていく。
「雪葉くんの本気のピアノも、雪葉くんが作った曲も、私、どっちも聞きたいよ。クラスや、学校のみんなにも、もう一回雪葉くんのピアノを聞かせてあげたいんだ!」
「なんで……僕なんだよ」
声をしぼり出すみたいに雪葉くんがうめいた。
「他にいくらだっているだろ? ピアノ上手い子も、自分で曲作れる子も、いくらだって。弥生さんはともかく……なんで暁さんまで、そんな……」
それは。
それはまだ、言えない。
雪葉くんにだけは、最後までナイショにしておきたくって。
「あきらめないで!」
私がはじめて、雪葉くんのピアノを聞いた時。
ひとりで勝手に、雪葉くんにそう言われたような気になっていた言葉を口に出す。
「ステージが怖いのも、本番がドキドキするのも、私、すっごくすっごくわかるから! でもね雪葉くん。今回はひとりでステージに立つんじゃないんだよ。私とさくらちゃんが付いてるんだから……!」
「……暁さん」
「付いてるっていうか、今回こそ、あなたがしっかり演奏であたしたちを引っ張ってもらわないと」
さくらちゃんがつまんなさそうに言った。
「あたしはビギナーで、わかなさんはオンチ。もうほとんど、如月くんがリーダーみたいなものじゃない」
「……弥生さん」
「もし失敗したって、どうせあたしたちの立場じゃ文句言いようがないんだから。オリジナル曲だっけ? あるんならさっさと楽譜よこしなさい。ただでさえ私たち、下手なのに、練習する日がもっと少なくなっちゃうじゃない」
うーん。すごくそっけなくて冷たい言い方だったけれど。
さくらちゃんは彼女なりに、雪葉くんへ気を利かせていたんだろうと私は信じたい。
雪葉くんはしばらく黙り込んでいたけれど、
「……本っ当……」
深いため息をついて、しょうがなさそうにボヤいた。
「二人とも物好きだなあ……」
うん。
そうだよ雪葉くん。
だってさくらちゃんは、ずっと前から雪葉くんがライバルだと思ってて。
私は、ずっと前から『永遠の十二月』を推していて。
雪葉くんが誰よりも、最高のピアニストだって思ってるんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます