わたしだけのピアノ・スター(11)

「弥生さんがギター初心者なのは僕らもわかってたことだし。……ええと、だからさ」

「なに?」

「ぶっちゃけ変だよ」


 な、なにを急に言い出すんだろう雪葉くん?

 ものすごくたいへんなことを言い出しそうで、私はずっとハラハラしていた。




「弥生さんって、わりと完ペキ主義なほうだろ? どうしてギター始めたばっかりなのに、もういきなりバンド組んで、ステージ出たいって思ったの?」


 ああー……なるほどね。

 そういう疑問なら、私もちょっぴり共感しなくもないよ、雪葉くん。


「ピアノが上手いのは僕も、学校のみんなも知ってるわけだし」

「そ、そうだね!」


 私も便乗してみる。


「せっかくみんなの前で弾くんだもん。できるだけ楽器が上手くなってからステージに出たいって気持ちはすごくわかるなあー……だって、失敗したくないじゃん」


 さくらちゃんは私たちを交互に、じぃっと食い入るように見つめてきた。


「……おかしなことを言うわね」


 心底わけがわからないみたいに。


「わかなさん。あなたこそ、オンチでも人前で歌いたいからステージに出るんじゃないの?」


 おい!

 オンチってはっきり言っちゃったよ、この子!


「そっ、それもそうかもだけどぉ!」


 泣きそうになりながら私が叫ぶと、きょとんとしたままさくらちゃんは言った。


「もしステージが上手くいかなくても、失敗しても、また次のステージでバンカイすればいいでしょう? ……いえもちろん、成功できるように今はがんばるけれど」


 自分の今の気持ちが、私や、もしかしたら雪葉くんも今考えていることが全部当たり前で、理屈をいくら並べたって自分たちにはどうしようもない感情だってことを。

 さくらちゃんは私たちに教えてくれるんだ。






「『音楽』って、みんな、自分がステージで目立ってかがやくか、誰かにステージで聞かせて、感動させるためにやるんじゃない。……そのステージから逃げてしまったら、『音楽』をやる意味なんてないと思うけど?」











   ♪   ♪   ♪



 ごくん、と。

 雪葉くんがのどを鳴らしたような気がした。

 私もさくらちゃんの言葉に、心の奥底のほうでじんと響くようななにかを感じていた。


(そう……だね)


 自分へ何度も言い聞かせるように、ひとりで何度もうなずく私。


(うん。さくらちゃんの言う通りだ!)


 実力不足をわかっていながらも、そんなに居心地悪くなさそうにしているさくらちゃんが言った。


「もう決まってる二曲はこのまま練習していくとして……結局どうするの? 本当に二曲しか演奏しないつもり?」

「そ、それなんだけど!」


 私はもう一度覚悟を決める。

 やっぱり、私が言ってあげなきゃダメだ!




「……あのさ、雪葉くん」


 できる限り慎重に。


「雪葉くんって、ええと、たとえば……自分で曲を作ったりしたこと、ないかなっ?」


 ピアノ椅子に座って背中を向けたまんまだった、雪葉くんの肩がびくりと震える。


「せっかくのステージだもん! みんなが知ってる曲、私たちが好きな曲もいいけど、もし雪葉くんにやりたい曲……オリジナル曲とかあるんだったら」

「ないよ、そんなの!」


 叫ぶ声も苦しそうだ。

 さくらちゃんは目をまんまるにして、


「え……そう?」


 なんと彼女まで証言を始めた。


「あるでしょう、一曲や二曲くらい? 如月くん、教室にいたころはよく自分で楽譜書いて、発表会でよく弾いてたじゃない」

「そ、そうだよね! きっとそうだろうと思った!」


 へえ、そうだったんだ。初耳。

 でもこれはチャンスだと、私はあきらめずに説得を続ける。


「いろんな曲をすぐに弾けちゃう雪葉くんなら、もしかしてって」

「も、もう作ってないって!」


 雪葉くんの中では、焦りやいらだちが増していく一方だろう。

 ホント、ウソばっかり。私もちゃんと知ってるんだよ……って、すぐに動画の話を持ち出せたなら本当はよかったんだけど。


「ほら、前に雪葉くん、ステージ発表にバラード系向いてないって言ってたけどさ。ラストの曲くらいは別にバラードやったっていいと思うんだよね」


 グランドピアノへ近づき、うつむいている雪葉くんの顔をのぞき込んでみる。


「ギターとかトランペットとか、さくらちゃんが入ってくれたおかげで楽しい音も曲もいっぱい増えたし。ピアノをがっつり聞かせる曲がほしくない? っていうか、私も雪葉くんのピアノ、もっとちゃんと聞いてみたいよ」


 バンドでは今のところ、伴奏ばかり引き受けている雪葉くん。

 本当は、ピアノバンドの主役になるような音楽を聞いてみたい。

 彼のピアノを、学校のみんなにちゃんと聞いてもらいたくて、それで私はバンドを……。




 けど、雪葉くんはまだ怖がっていた。

 くちびるをわななかせて、ぶんぶんと頭を振って。


「な、なんでだよ。バンドのメインは歌とギターだろ」

「もー……自分だけサブみたいな言い方……」

「サブだよピアノなんて! ていうか、僕が二人のサブでじゅうぶんなんだ」


 私も首を一生けんめいに振る。

 思わず、さくらちゃんも見ている前で彼の両手を取ってしまった。


「だいじょうぶ!」


 私は願いを精一杯に込める。


「まだ文化祭まで一ヶ月もあるんだよ? 次の本番はきっと上手くいくって!」




 

 その言葉に雪葉くんはもっとつらそうな顔をした。




「……そうよ」


 さくらちゃんも後ろで、すっと彼の背中を押すような言葉をかけてくれる。


「一回しくじったくらいでなにをいつまでもウジウジしているの? あの伴奏は、あたしもオーディションに参加してたって、如月くんも知ってるでしょう?」

「……う、うう」

「いつまでもそんな調子でいられるほうが、あたしとしても正直メーワクなんだけど」


 そうだよね。

 あの日……小学校六年生だった。あの日。

 さくらちゃんも体育館のどこかできっと見ていたはずだ。

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