わたしだけのピアノ・スター(10)
〈バンド名どーする?〉
初めていっしょに練習し、一週間くらいがたつ。
私がグループチャットで呼びかけると、さくらちゃんからはすぐに返事が来る。
〈二人で決めて〉
あいかわらず他人任せだなあ、さくらちゃんは……。
まあ、バンドかけもちしてて忙しいのはわかるんだけどさ。あと、こっちは自分のバンドじゃないって、エンリョもしてくれてるのかもしれないし。
やがて雪葉くんからも返事が来た。
〈暁さんが決めて〉
こっ……こらあ雪葉くん!
雪葉くんはいっしょに考えてくれなきゃダメでしょ? 自分のバンドだよ? ていうか、私的にはぶっちゃけ、ほとんど雪葉くんのバンドみたいものなんですけど!
私は部屋でぷくうとほほをふくらませ、干したばかりのふかふかの布団へ、やや乱暴にスマホを投げつけた。
結局、あの日決まったのは『妄想スケッチ』『春に一番近い街』の二曲だけ。
まずはそれぞれで練習を進めようという話になったけれど、
「あと一曲くらいはプログラムに必要よね」
あの日、さくらちゃんが
「ステージの持ち時間は、一グループにつき十五分。二曲ともフルで演奏したって、せいぜい十分くらい……まさか、MCだけで残り五分を乗りきるつもりじゃないでしょうね?」
だーかーら。
そっけなさ過ぎでしょ。そんな冷たいこと言わず、さくらちゃんだってなにか、アイディアのひとつふたつ出してくれればいいのに……。
(そんなに私ばっかりが楽しみなのかなあ? 二人とも、あの日はめっちゃ楽しそうに楽器弾いてたけどなあ)
自分で投げたスマホを拾い上げ、さみしい気持ちで動画をあさる。
目に留まったのは、いつのまにか私の最推し『永遠の十二月』が新しく投稿していた動画。
──中学生がオリジナル曲作ってピアノで弾いてみた──
(えっ。オリジナル曲⁉︎)
布団へダイブしかかっていた体をがばりと起こす。
あの日もたっぷり拝ませてもらった、いつもの部屋でグランドピアノと向かい合った彼は、鍵盤へ静かに両手を置いた。
動画の説明
『ヒミツ・ノート』
ああ……。
なんだか、とてもなつかしい音がする。
初めて彼の動画を見て、すごく久しぶりに彼のピアノを聞いた、あの瞬間を私は思い出していた。
(『名前のない星』みたい)
私はしばらく石みたいにじっとして、布団の上でスマホ画面に夢中となって。
(そっか。……これなら……)
最後まで演奏を聞き終えた私は、部屋でひとり、ひっそりと決意を固める。
けど、どうしよう。
問題は彼へ、どうやって上手く伝えるかだ。
♪ ♪ ♪
お盆が明けたころ、三人はもう一度集まった。
今度はさくらちゃんのお家に招かれて、彼女のお母さんがすごくニコニコしながらジュースとお菓子を用意してくれる。
私はありがたくお菓子をいただきながら、
「……なにあれ?」
グランドピアノの上に置かれた、見覚えのないブツに首をかしげた。
ボタンがいっぱい付いた、分厚くて重そうな金属の箱。ラジカセか、ちっちゃなロボットみたいで。
「これ、『リズムマシーン』っていうの」
さくらちゃんは箱を持ち上げ、電源スイッチを入れた。
「このバンド、ドラムいないでしょう? 本当はあたしのほうのバンドからヘルプに呼べればよかったんだけど……」
ボタンを片手でぽちりぽちりと押していく。
すると箱から、ドンドン、ガシャンと、すごくにぎやかなドラムの音が聞こえてきた。
「すっご!」
私も試しに押させてもらった。
うわあ! 違うボタンを叩けばシンバルの明るい音も出てくるじゃん。え、これってもしかして……。
「このボタン押しただけで、ドラムのパートが作れちゃうんだ⁉︎」
「そういうことよ。でもリアルタイムで叩くよりは、パソコンやシンセサイザーとつないで、あらかじめ録音したほうがより確実でしょうけれど」
ウソ……夢みたい。
ボーカル、ギター、ピアノのスリーピース・バンドだったつもりが、とうとうドラムまでそろってしまった!
「へえ……」
雪葉くんも箱を物珍しそうにながめている。
「弥生さん、いろいろ便利なもの持ってるね?」
「パパの趣味よ。ギター始める時もいろいろ買ってもらったから」
「いいなあ〜。お父さんもお母さんも、夢を応援してくれてるんだね」
何気なく呟いた私のうらやむ声に、さくらちゃんは不思議そうな顔をして見てくる。
「は? ……だからパパの趣味だって」
それはそれとして。
私たちががんばらなきゃいけないのは、ドラムじゃなくて自分のパートだ。
さっそく三人で練習に取り掛かる。さくらちゃんが持ってきてくれた『リズムマシーン』は、ひとまず同じテンポで合わせるためのメトロノームとして使った。
さすが雪葉くん。
私は……まあオンチはなかなか直ってくれないけれど。
いつも『永遠の十二月』の動画を見ながらいっしょに歌って練習しているし、そのピアニストが今は目の前でピアノ弾いてくれているから、なんだかほっとする。
そう考えると、どうしても、つい最近まで二曲とも知らなかったさくらちゃんは……。
がんばって練習してくれていたのは、ギターを弾く姿を近くで見ていればすぐにわかった。
ただ、正直言えば、やっぱりビギナーって感じの演奏だ。
持ち前の高い音楽力で、コードをリズム通りに鳴らせてくれているだけでももうけものか。
「……ごめんなさい」
かなり三人での練習が進んだあたりで、
「まだ三人で合わせるには、あたしの練習が足りていないわね」
さくらちゃんはギターを抱えたままうつむいて、申しわけなさそうに謝ってくる。
「そ、そんなことないって!」
私は慌てて手を振った。
「私こそ、歌うだけのくせに下手っぴで……それに、さくらちゃんがめっちゃ練習してくれてるの、わかるよ!」
「それで弾けるようになっていなかったら意味ないでしょう?」
ええ……さすがさくらちゃん。
私や他の誰かだけじゃなく、自分にも超キビしいんだなあ。
「本番までにはなんとかするから。もうちょっとだけ待っててちょうだい」
雪葉くんは別に、さくらちゃんへ怒ったり責めたりしない。
ただ、ピアノ椅子に座ったままどこか納得していないみたいな表情を浮かべていることに、さくらちゃんも途中で気が付いていて、
「なによ如月くん? 言いたいことがあるならはっきり言えば」
「いや……」
面白くなさそうにつつかれると、ようやく雪葉くんは口を開いた。
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