ヒミツの音

 これは、今よりもうんと昔の話。




「大きくなったらアイドルか、歌手になりたいです!」


 小学校に入って、初めての授業参観。

 クラスメイト全員の前で紙を広げ、先生もお母さんも見ている中、そう声高らかに宣言した私。


 どこからだろう。

 プッ、と吹き出した男子のひとりが小声で呟いたのを、私は聞いてしまった。


「わかながアイドル? 歌手? ププッ……超『オンチ』じゃん」




 もちろん、雪葉くんではない。

 あの子も当時ピアノを習っていて、きっとあのころ、クラスの中では雪葉くんにも負けないくらい上手かったんだと思う。


 そして、あの子が言った『オンチ』とは、なにも歌に限った話じゃなかっただろう。

 運動も昔っからてんでダメな小学生だったのだ。走ればいつもドベ、準備運動だけでもすぐにバテちゃう。


 そもそも私は、体が周りの子よりもうんと弱かったらしい。

 保育園に通っている間も、何度か病院へ連れていかれたり、一度だけ入院までしたことがあるくらいに。

 体は学年が上がっていくうちにどんどん丈夫になっていって、中学生にもなれば、いつのまにやら病院なんか行かなくてもへっちゃらになっていた。




 でも、歌と運動の『オンチ』はこれっぽっちも直らなかった。

 マラソンも短距離走も、あいかわらずドベだ。

 歌も、合唱コンクールでさくらちゃんにめくじら立てられるくらいには、他の子よりも下手くそだったんだと思う。


 わざわざクラスメイトに言われるまでもない。私だって、中学生にもなればうすうす気付いてはいたんだ。

 だって……ホントに全部、ダメだったんだから。




 小学生の間もいっぱいいっぱい、チャレンジしてみたんだよ。

 近所の発表会、きょうごうと言われている町の合唱団、勝てば全国大会へ進める歌のコンテスト、ミュージカルの子役のオーディション……そして。

 中学生になって初めて受けた、アイドルグループの二次審査。




 書類の審査が通ったから、私もつい浮かれてしまった。

 けど、グループ面接といっしょに審査されたのは歌とダンス。……同じグループだった子たち、みんな、ものすんごく上手だったなあ。

 アイドルとしてカワイイとかカワイくないとか、もうそれどころじゃないって感じ。


 私だけが違う世界で生きていた。


 そしてあっけなく落ちた。さすがにあきらめが付いたよね。

 特に歌はボロボロで、アイドルだけじゃなくアーティストも絶望って感じで。


 残念ながら、私には『才能』ってやつがとことんなかったみたいだ。

 あの時の男子が言った通り、私は昔も今も『オンチ』のままだ。




(がんばったんだけどなあ)


 最後に見た、落選とワープロソフトで打たれた紙きれ。

 しばらくそれを見下ろしていた私が、思い浮かべていたのは、いつもスマホごしでピアノを弾いている彼の、画面からは見えない顔。


『永遠の十二月』。


 彼のピアノを聞いていると。不思議な力がどんどんわいてくるようで、私もまだがんばれるって気持ちになれて。

 もうわかってるんだよ。私がものすんごく『オンチ』で、『才能』なんかないって。


 なのに……どうしてかな。

 彼がピアノを弾き続けている限り……いつの日か人前では弾かなくなってしまった彼だけれど、それでも。




 僕だけは──私だけは、きみの『味方』だよ、って。

 まだ『夢』だけはあきらめないで、って。

 あきらめちゃダメだ、って。




 きみのピアノの音で、何度だって思っちゃうんだよ。

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