わたしだけのピアノ・スター(9)
(あれ……でも、ギターじゃないんだ?)
そんな私の心を読むみたいに、雪葉くんは次の候補を出してくる。
「弥生さんには、『キリトリセン』でギターお願いできたらいいかなって」
うわっ。
出ました『キリトリセン』! 私も大大、大っっっ好きです!
「『キリトリセン』?」
やっぱり曲を知らなそうなさくらちゃんへ、雪葉くんは別の動画を見せてみる。
さっきと同じように一番のサビまで聞かせると、さくらちゃんは顔を上げ、
「……ねえ如月くん」
真顔で、ほんのちょっぴり冷ややかな声で言った。
「あなたの選曲、少し……いえ、かなりジャンルが偏ってないかしら?」
「えっ。……そう?」
「さっきの曲はまだそこまで気にならなかったけれど、こっちはいくらなんでも特定のジャンルを好む層にしかウケないというか、マニア向けというか、その……『オタク』過ぎない?」
ぐえぇ。
やめてください、弥生さくらさま。そのお言葉は私にもぶっささります!
「すすっすす好きで悪いか⁉︎」
雪葉くんも心当たりはあったんだろう、耳まで真っ赤にさせて叫ぶ。
「好きなんだからしょうがないだろ⁉︎ ほっほほ、ほらあ、暁さんだって……!」
私は一生けんめい首を縦へ振って雪葉くんに賛成した。
うんうんわかるわかる、私も大好きだよ『キリトリセン』。私、ちゃんとわかってるからね、雪葉くん!
「……はあ」
肩を落とし、さくらちゃんは立ちかけていたのをもう一度しっかり座り直した。
「好みを否定するつもりはないわ。ただ、どうせまだ練習していないのなら、この曲はあたしは賛成できない」
「べ、別にいいよ」
雪葉くんは早口になった。
「僕だって絶対これがいいとは考えてなかったし」
うーん。これは私の出番かな?
これ以上雪葉くんに気まずい思いさせたくないからね。
「じゃー、こっちならどう?」
私は自分のスマホで、実はあらかじめ考えてあった候補曲を出してみる。
「これならギターの音もいっぱい出てくるし、聞いてて心地良さそうだし、二曲目とかにぴったりなんじゃないかなって!」
私のチョイスは『春に一番近い街』。
曲も大好きだけど、ちょっとだけ大人になった未来の自分をイメージできるような歌詞が、聞いていてじんときちゃうんだよね。
もちろん、ライブ配信でリクエストすればすぐに弾いてもらえる、『永遠の十二月』のレパートリーにもきっちり入っている。
雪葉くんもその気になってきたのか、ひと通り動画を聞き終えるとグランドピアノのふたを開けた。
ほら、自分で弾き始めた。
「……んー……」
雪葉くんのピアノを聞いていて、うずき出したのはさくらちゃんも同じだ。
「ギターじゃ初見は難しそうね。いろんなコードが出てくる」
そう呟き、彼女はそっと高い音が鳴るほうの、空いている鍵盤へ右手を置いた。
(えっ。……さくらちゃんも耳コピ⁉︎)
メロディを弾き始めたさくらちゃんにドギモを抜かれる。
そうか、さくらちゃんが初心者なのはギターだけで、ピアノに関しては雪葉くんにも負けないくらいプロなんだ……!
ついさっき聞いたばかりの『春に一番近い街』が、ピアノ連弾によってリピートされる。
本当に最後まで弾ききってしまった二人は、顔を見合わせるなり、
「……如月くん、もっとていねいにペダルふんでくれない? 音がにごるんだけど」
「弥生さんこそメロディ弾くんなら、ちゃんと歌詞のニュアンスに合わせて弾いてよ」
「知らないわよ歌詞なんて。それにあたしがやるのはギターなんでしょう?」
「そうさ。だから、これやるならちゃんとギターの練習してね。この曲、けっこうコード進行フクザツだよ?」
「当たり前じゃない、誰に向かって口利いてるの? ていうか、文化祭は秋なのに春の曲ってヘンじゃない?」
早くもケンカしている。
やっぱり、この二人は音楽に通ずる者同士、
『永遠の十二月』ならぬ『永遠のライバル』ってわけか。
(ぐぬう……負けてらんないなあ……!)
私が突っ立ったまま、こぶしを固く握りしめていると、
「なにぼけっとしてるの?」
さくらちゃんがツンとした声で呼びかけてきた。
「えっ」
「あなたが歌うんでしょう、これ? ざっと聞いた感じ、歌もそこそこ難しそうだけど?」
そ、そうだ。うんそうだ!
ぼけっとして二人にヤキモチしてる場合じゃない。
このバンドのボーカルは私なんだ……!
「も、もちろんがんばりますっ!」
私は二人の輪に入っていく。
ようやく始まったんだね、雪葉くん。
私と雪葉くんの夢をかなえる第一歩。
さくらちゃんも加わって、スリーピース・バンドの結成だ!
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