わたしだけのピアノ・スター(8)

 夏休みはあっというまにやってきた。


 さくらちゃんがバンドメンバーに加わってくれたのはよかったけれど、彼女は吹奏楽部のコンクールも近いうちにあり、私たちは会っていっしょに練習する機会がなかった。

 雪葉くんとは何度か教室で打ち合わせしてみたけれど、やっぱり二人だけで曲を決めるわけにもいかず……。


 学校の外で、ようやく三人が集まれたのは八月に入ってからだった。




(……やばい……)


 私は朝起きてずっとドギマギしている。

 さくらちゃんと公園で待ち合わせし、いっしょに向かったのはなんと、雪葉くんのお家だ。


(まさか、スマホごしにずっと見てきたあのお部屋に入れるなんて……!)


 家の前まで来たというのに、なかなかインターホンを押そうとしない私に、さくらちゃんがいらだつように言った。


「早くして。重いんだけど」


 確かにさくらちゃんは、背中にギターケース、片手にはトランペットであろう楽器ケースと大荷物だ。対する私は軽いリュックサックだけ背負って、ほぼ手ぶら。


「か、代わりに持ってあげようか……?」


 トランペットを指さすと、さくらちゃんはすぐに答えた。


「ダメ。この楽器高いんだから」


 そ、そうですよねえ……。楽器は大事なタカラモノだよね。

 私は観念してインターホンを押す。雪葉くんはすぐに玄関のドアを開いて出てきた。


「ど、どうぞ……」


 雪葉くんのおずおずとした様子に私も緊張して、


「おっおお、おじゃましま〜す……」


 とゆっくり玄関へ入ろうとしたけれど、さくらちゃんは無言で靴を脱ぎ、さっさと廊下を進んでいこうとする。


「え、ちょ、さくらちゃん」

「なに? 重いんだってば」


 さくらちゃんは私へ振り返ろうともせず、さらりと言ってのけた。


「あたし、如月くんのお家、別に初めてじゃないし」

「ええっ! そうなの⁉︎」

「前はコンクールとか発表会とかで、いっしょにピアノ連弾で出ていたもの」


 そうだったのか……。私は肩の力を抜く。

 でも少しくやしい気持ちもあった。なんていうか、さくらちゃんに先を越された感。


 ああ、そっか。

 同じピアノ教室に通ってたってことは、二人は幼なじみみたいなものだったんだ。




(やっぱり、さくらちゃん、私の『ライバル』だ)


 くちびるを軽くかむ。


(ううん、負けない。私だってずっとずっと、昔っから雪葉くんが『最推し』なんだ……!)




 私はとうとう、念願の、グランドピアノが置いてある部屋へ招かれた。

 グランドピアノってやっぱり大きい! 音楽室と同じものが置いてあるなんて、ピアノ習ってる子のお家っですごいんだなあ。

 他にも、本棚いっぱいに並べられた楽譜だったり、譜面台だったり、CDを流す機械だったりと、部屋は『音楽』尽くしって感じだ。


(ビデオカメラとかさんきゃくとかパソコンとかは……あー、やっぱ今はないか)


 ついライブ配信で使いそうなブツを探してキョロキョロしていると、


「えっと、二人とも」


 雪葉くんは自ら今日の本題に切り出した。


「結局なんの曲にする? 僕も一応、候補考えてきたけど……」

「あら? まだ決めてなかったの?」


 さくらちゃんはどこかからパイプ椅子を持ち出し、勝手に広げて自分だけ座った。

 ひとりだけズルいなあ……雪葉くんさえピアノ椅子にまだ座ってなかったのに。せめて私のぶんも出してくれればいいのに。


「どうりで昨日まで、連絡ひとつよこさなかったと思ったのよ。私は混ぜてもらってる立場なんだから、二人で好きに決めてくれればいいのに」

「そうはいかないよ」


 雪葉くんはしかめっつらで言い返す。


「弥生さん、ギター始めたばっかりなんでしょ? 弥生さんがどのくらい弾けるのか見てからじゃないと」


 うお、すっご。

 最初に私の歌を聞いてくれた時もそうだったけど、雪葉くんも、こと音楽の話になるとまったくヨウシャしないなあ。

 初心者の手に負えないような難曲を押し付けるのはかわいそうだし、ぶっちゃけ私だって困るからしょうがないんだけどさ。




「……言ってくれるわね」


 ぐんと声のテンションが下がったさくらちゃん。


「弾けって言われたらなんだって弾けるように練習するに決まってるでしょう?」


 うお、さっそくギスギスしだした。

 私はできる限り満面の笑顔を作って、


「はいはーい!」


 片手を挙げる。


「じゃーまずは雪葉くんが選んできてくれた、候補の曲ってやつを聞きたいでーす!」


 すると雪葉くんは私を見て、


「……まあ、候補って言っても二曲だけなんだけどさ」


 ほほをかいて、照れをかくすみたいにして教えてくれた。


「せっかく暁さんが気に入ってくれたから……一発目は『妄想スケッチ』でどうかなって」

「えっウソ⁉︎」


 手をひゅっと引っ込める。


「賛成賛成、大賛成! あれなら元気いっぱいの曲だし、絶対、学校のみんなにもウケると思うよっ!」

「妄想……なんですって?」


 どうやら、さくらちゃんは曲を知らないようだ。

 すぐに私たちはスマホの動画で『妄想スケッチ』を聞かせてみる。さくらちゃんはじっと雪葉くんのスマホを見下ろし、真剣に音へ耳をかたむけているようだった。




 一番のサビまで聞いてから、雪葉くんはちょっとだけ動画を巻き戻して、


「ほら、イントロとかサビとかさ」


 サビの部分を繰り返し聞きながら、さくらちゃんへ提案した。


「このあたりのメロディ、トランペットで吹いたら超かっこいいと思うんだよね。弥生さん、せっかく吹部でトランペットやってるし」

「ふうん……なるほどね」


 さくらちゃん真剣に動画を見ながらうなずいている。これは手応え、よさげだ。

 言われてみれば確かに、トランペットが加わればピアノだけよりももっと派手になるし、ステージでの聞きばえもスゴそう。

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