わたしだけのピアノ・スター(7)

 さくらちゃんは、はじめてバツが悪そうな顔を作って私に向ける。

 怒ってるかな? 私みたいなオンチが、こんなカワイくて頭もよくて運動できて、ピアノもうんと上手なさくらちゃんを差し置いて。


「……それは」


 ゴーヤかピーマンか、なにか苦いものでも食べたような表情で。


「わかなさんもバンドに加わるなら、考え直すって意味で合ってる?」


 うわ、いやそう。超いやそう。

 ていうか無理だよね。私がオンチかオンチじゃないかは関係なく。

 さくらちゃんだって、ギターという楽器そのものは始めたばっかりで、きっと他のクラスの子に、自分からお願いしてバンドに混ぜてもらってる立場なんだ。


「ええと、まあ、もし出るならって話だけど……」


 まだステージに出る踏んぎりさえ付いていない様子の雪葉くんが、しどろもどろになったのを、私はチャンスと受け取った。

 そっか! さくらちゃんとこのバンドに混ぜてもらえないんなら、いっそ……!


「じゃ……じゃあ、さくらちゃんがこっちおいでよ!」


 私は言い返した。

 雪葉くんはびっくりしていたし、さくらちゃんも首をこてんとひねる。


「それで、私たちといっしょにステージ出よ!」

「……あたしが?」


「もちろん、そっちのバンドをやめてって意味じゃないよ。ほら、バンドマンって、あちこちのバンドをかけもちしてたりもするじゃない?」




 われながらグッドアイディア。

 ステージ事情通の『永遠の十二月』に、ライブ配信でいろいろ話を聞かされてきたかいがありましたなあ。

 これなら相手のバンドにメーワクかからないし、雪葉くんをステージに出してあげられるし、なにより、念願だったギターがバンドに加われる。

 一石二鳥? 三鳥? 鳥が何羽いたって足りないね!




「さくらちゃんてば、いきなりバンドをかけもちなんて、売れっ子の人気ギタリストみたいだね! かっこいいっ!」

「そういうお世辞はけっこうよ」


 ぴしゃり。

 最後のはさすがにヨイショし過ぎたらしい。私は慌てて口をつぐんだ。

 さくらちゃんはあごに手を当てて、しばらく悩むように私と雪葉くんを交互に見ていた。


「……いいわ」


 ついにさくらちゃんが折れた。


「わかなさんの提案に乗ります……いえ。あたしのほうから正式に、あなたたちのバンドへの加入を申し出るわ」

「うわ〜ありがとうっ!」


 私はうれしくなって、さくらちゃんの手をぎゅっと握る。


「もっちろん大歓迎だよ!」


 あんまりうれしくなさそうにしていたのは雪葉くんだ。ちょっと待て二人とも、僕はまだステージに出るなんて言ってないぞ、と顔に書いてある。




 ふんだ、いいもん。

 雪葉くんが体育館ステージの上でピアノを弾く。

 私の中でも……たぶんさくらちゃんの中でも、そこだけは決定事項なんだ。

 これぞキセイジジツってやつですな。




 さくらちゃんはぱっと私の手をはらうと、


「じゃあ、部活あるからあたしはこれで。……なんの曲やるか決まったら連絡して」


 それだけを言い残し、すたすたと教室を出て行ってしまう。

 さくらちゃんって、いつもならみんなの前でもっとニコニコしていて、先生にも愛想よく接しているのに、合唱コンクールの練習の時だったり部活だったり、音楽が絡むと急にテンション低くなるなあ。

 そのくらい、音楽に本気ってことなのかな。


「楽しくなってきたね、雪葉くん!」

「は〜……」


 めんどくさそうに頭をかかえ、その場でうずくまる雪葉くん。

 いよいよ、夢のバンド結成が現実になってきた。ついでに私の夢もかなってしまいそうで、わくわくが止まらないよ。


 そうと決まればトックンだ。

 せっかく混ざってくれたさくらちゃんをがっかりさせないためにも、私、あともうちょっとだけでいいから歌を上手にしておかなくっちゃね。

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