わたしだけのピアノ・スター(4)
「じゃ……じゃあさ!」
作戦変更。いや作戦続行かな?
彼をノラせたくば、とにかくいっぱい弾かせるべし。
「ステージ発表ではどういう曲がオススメ? これやりたいとかあるっ?」
「ええっ? そ、そこまでは……暁さんが知ってる曲かどうかもわかんないし」
「たとえばで良いんだってば!」
私はカバンからスマホを取り出そうとしてちょっと迷った。ま、まあ授業は終わったわけだから、校則的にはだいじょうぶなんだけど。
なにかの拍子に、雪葉くんの『弾いてみた動画』見てるって、バレたらまずいなあ。
「ほら、最近練習してる曲とか!」
「別になにも弾いてないって……レッスンで習ってるクラシックくらいしか……」
しつこく追いすがってみると、雪葉くんは悩みながらも鍵盤へ両手を置いた。
あ、その曲聞いたことある。ちょうど中高生で流行ってて、SNSでも『踊ってみた動画』がいっぱい出回ってるようなやつだ。
雪葉くんって、そういう曲もリサーチしてるんだ。さすが配信者、ちょくちょくライブ配信で、リスナーからのリクエストに応えているだけのことはある。
「すごいすごーい!」
手をたたいて喜ぶと、それがわざとらしく見えてしまったのか、雪葉くんはすぐに演奏を止めてしまう。
「これはバンドじゃないから使えないね。バンドで流行ってる曲って言ったら……」
「別に今の流行りじゃなくてもよくない?」
チャンス。
私は電子オルガンの前に立って、ずいとスマホの動画を見せる。
「ちょっと昔の曲のほうが、みんなも先生たちも知ってたりするよねっ」
「あー……まあ、確かに」
「これとかどう?」
もちろん『永遠の十二月』の動画なんか見せない。見せたのはアーティスト本人が歌っているミュージックビデオだ。
でも、いつだったかに彼がこの曲で『弾いてみた動画』出してたのも、私、ちゃんとわかっているんだから。
「あー……」
よし、雪葉くん弾いてくれそう。
「暁さん、これ歌えるの?」
「うん! ……あ、オンチでも許してね」
「はいはい」
そんな調子で私たちは、お互いが知っていたり知らなかったり、いろんな曲を通じて、同じ音楽をシェアした。
雪葉くんはやっぱりすごい。
知っている曲だったらまず間違いなく弾けるし、もし知らなくっても、ちょっと動画を見せてあげれば耳コピして、その場で弾けてしまう。
動画サイトで『永遠の十二月』に変身している時だったら、もっとノリノリでリクエストに応えてくれるんだけど……。
今思えば、小学校のころは彼もクラスでそれなりに人気者だった。
音楽室や教室で、こうやってみんなに囲まれながら、いろんな曲を弾いてはウケていたような気がする。
今は教室の端っこで、自分の机から岩みたいにほとんど動かなくって、クラスの空気みたいに息をうんとひそめている。
どうして、もっと早く気付いてあげられなかったんだろう。
雪葉くんが昔も今も、音楽を、ピアノを大好きでいることには変わりなかったはずなのに。
たまたま。
少しやる気を出した雪葉くんが、たまたま自分で弾き始めたイントロに私は思わず。
「『妄想スケッチ』だっ!」
教室全体に響きわたりそうな声で叫んでしまう。
それ『永遠の十二月』の
やったあ、雪葉くんが本気出してきたあ!
「知ってる?」
「うん! 大好きっ!」
私はよっぽど表情をキラキラさせていたんだろう。
目が合っですぐに、ふいと視線をそらした雪葉くんは、電子オルガンの音を変える。そう、電子オルガンはピアノだけじゃなく、いろんな楽器の音が出せちゃうのがいいんだよね。
トランペットの音。明るくて、聞いているだけで元気がもりもり出てきそう。
私も雪葉くんの演奏に合わせてメロディを口ずさんだ。
うっわ、超楽しい。いつもは家でひっそり歌わせてもらっているだけに。
「雪葉くん! ステージ発表これにしよーよ!」
歌い終わるなり私がそう言うと、雪葉くんはぽりぽりと頭をかいて、
「……ピアノだけでこれやるのはキツいって」
「ドラムとギターでしょ? うんうんわかってるわかってる! 私、夏休みの間にがんばってメンバー探してくるねっ!」
「だから僕は出ないってば」
あちゃあ、またフラれてしまった。
でもさっきよりもずっと声が明るい。これはイケそうなんじゃない?
♪ ♪ ♪
もうひと押しってタイミングで、カーン、コーンと下校時間のチャイムが鳴る。びっくりして窓の外を見れば、いつのまにか空は赤くなりつつあった。
そっか……放課後ってあっというまに過ぎちゃうんだ。
「じゃ、僕はこれで」
そそくさと電子オルガンを片付け、ひとりで教室を出ていこうとする雪葉くん。
「ゆ……雪葉くん!」
私は念を押すように言った。
「明日も練習付き合ってね! 授業終わったら、またここで……!」
「ええ〜⁉︎」
いやそうに振り返ってくる雪葉くんへ、
「だって夏休みもすぐ来ちゃうんだよ? 今から準備いろいろ進めなきゃ、本番間に合わないって!」
自分勝手なわがまま女子を演じてみれば、押しに弱そうな雪葉くんが顔をしかめる。
「……途中から練習なんてやってなかったじゃん」
「私ももっと歌、上手になるから! ね、約束! 明日もやろっ?」
雪葉くんは答えないまま、すたすたと廊下を歩き去っていく。
いいもん。もう約束しちゃったもん。
勝手に約束押し付けられたって明日になってから言われても、私、ゴーインにでも引きずってでも雪葉くんをもう一度、このオルガンの前に座らせてあげるから。
それで次は、音楽室のグランドピアノ。
夏休みが過ぎて、秋になって。
文化祭のステージ、体育館へは、次はきっと裏側じゃなく表から、二人で堂々と入っていくんだ。
(あー……音楽室かあ)
私は天井を見上げる。
今はもう聞こえないけれど、私たちが練習している間ずっと、吹奏楽部がコンクールに向けて練習しているのも耳に入ってきていた。
(いつになったら、音楽室って
私はやっぱり彼のピアノが聞きたい。オルガンじゃなく、グランドピアノで。
(ま、いっか。何事もちょっとずつだよね)
忘れ物をしないよう、注意してまわりを見渡してから私は教室を出る。
廊下を進み、階段を駆け降りて行く途中、誰かが上の階でじぃっと私を見ていた。そのキレイな黒髪ロングは……。
(あ、さくらちゃんだ)
クラスメイトと目が合ってしまったのだから、私もあいさつせざるをえない。
「バイバイ、さくらちゃん!」
手を振りつつ足を止めなかった私へ、さくらちゃんはバイバイとは言ってくれなかった。
それでも痛いほど彼女の視線を感じながら、私はくつをはき玄関を抜け出し、駆け足でいつもの帰り道をたどっていったんだ。
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