わたしだけのピアノ・スター(3)
♪ ♪ ♪
──中学生が『名前のない星』ピアノで弾いてみた──
動画投稿サイトでそんな一文を見つけたのも、ちょうど去年の夏休み前だ。
学校から帰ってきて、スマホでだらだらとベッドに寝そべりながら見つけたので、私も転がったままなんとなく動画を開いた。
正直、期待とか別にしてない。中学生って単語だけが目に留まって、ヒマつぶしで開いてみただけで。
なのに。
聞いた瞬間、私の中でなにかがポンッとはじけた音がした。
しばらくはじぃっと指先ばかり見つめていて、あったかなピアノの音に、だんだんと体がぽかぽかしてきて。
動画が終わるなり、私はリスタートボタンを押す。その夜は何度も何度も、同じ演奏を繰りかえし聞いていた。
どうして? 今までに聞いた他の演奏と、なにが違っていたのだろう。
よくわからないまま、それでも私は顔も名前も知らないピアニストの大ファンになった。
彼が投稿していた他の動画をループ再生したり、時々行われるライブ配信を見て、勇気を出してコメント送ってみたり。
動画サイトでの彼の活動名は『永遠の十二月』だった。私は一度だけ、コメントでたずねてみたことがある。
──どうして、その名前にしたんですか?──
彼の動画はいつも、ピアノの鍵盤はすべて見渡せて手先も見えるけど、彼の顔だけはしっかり隠れるような画角で映るように撮影されていた。
それでも彼は、どこか照れたように声をうらがえして、
「冬が好きだからです。……あ、あとクリスマスにあこがれてます。クラスの女の子に、デートとか、人生で一回でもいいから誘われてみたくないですか?」
と教えてくれた。
彼はすぐに「最後のは忘れてください」と恥ずかしがったけれど、クリスマスデートに誘えるものなら、私が直接誘ってあげたいなあ……なんて妄想してみたり。
けれど。
まさかその妄想が、あともう少しだけ手を伸ばせば届きそうな距離にまで近くにあるなんて、私は考えもしなかった。
彼のおかげで中学一年の夏休みは、これまでに体験したことがないくらいに充実する。
二学期をむかえ、久しぶりに教室へ入った私は、たまたま目に付いたクラスメイトの机に何気なく放られた、あるモノではっとなった。
どこの本屋や文具店でも売っていそうな、ごくありふれた筆箱。そこにぷらんと垂れ下がった、水色のお星さまのキーホルダー。
そのお星さまに、見覚えがあった。
画面の向こう側でしか会えなかった彼の、ピアノの譜面台にいつも置いてある、あの筆箱。
(……ウソ、でしょ?)
私は息をのむ。
トイレかどこかへ寄っていたのか、そそくさと教室へ戻ってきたクラスメイトの男子が、前髪で顔を隠したまま、その筆箱が置いてある席へ座るなり、誰に話しかけるでも話しかけられるでもなくひっそりと本を読み始めたのを見て。
心の中だけで、彼の名前を呼んだんだ。
(雪葉、くん)
♪ ♪ ♪
私と雪葉くんは、誰もいなくなった放課後の教室へ引き返してくる。
合唱コンクールの練習で使えるように、どこの教室にも電子オルガンが置かれていた。
(ま、ホントはグランドピアノで弾いてる雪葉くんの音のほうが好きなんだけどね)
雪葉くんはしぶしぶオルガンの前へ座ると、
「えっと……で、なに歌うの?」
気乗りしない調子で聞いてくるので、私は堂々と、雪葉くんには内緒であらかじめ決めてあったチョイスを口にする。
「『マイバラード』!」
これは、去年も同じクラスだった私たちが、合唱コンクールで歌った課題曲だ。
彼が知らないはずがない。手始めにこれで行こう。
ただし、あの時ピアノ伴奏をしたのは雪葉くんではない。そして今年も、すでに二年三組の合唱コンクールの伴奏者は決まってしまっていた。
選ばれたのは去年も今年も、雪葉くんと同じように昔からピアノが得意で、クラスでもみんなの人気者、
おまけに勉強もできて足が速いという、絵に描いたような優等生。
そりゃあ、さくらちゃんは教室でもいつだってお花のオーラをぷんぷんただよわせてるし、あの子もあの子ですごく上手なんだけどさ。
私だって別に、さくらちゃんがキライってわけじゃないし。
それでも私はやっぱり、『永遠の十二月』推しで行かせてもらいます!
「『マイバラード』か……あんまり覚えてないな」
そうボヤきつつ、雪葉くんは合唱曲集を持ってきて楽譜を開く。そのままいきなり前奏を弾き始めたから、私はあんまり心の準備ができずに歌わされるハメとなった。
うっ。ひとりで歌うとオンチが目立っちゃうな。
そういえば私、『マイバラード』はアルトパートなんだった! ソプラノ練習したことないじゃん!
なんとかひと通り歌いきり、私はこわごわと歌の感想を聞いてみた。
「ど……どう、かな?」
すぐに楽譜を閉じた雪葉くんはまゆげをひそめている。……やば、そんなに下手だった?
「確かに、ところどころ音程合わないけど」
雪葉くんははっきりと言った。
「オンチって怒られるほど下手じゃないよ、暁さん。これならバンドくらい僕じゃなくても、誰とだって……もっと自分に自信持っていいんじゃない?」
ぐぬう。自信持てばってそれ、お、お前が言うか?
去年も今年も、伴奏者に立候補さえしなかったのはどこのどいつだ!
私の予想は当たっていた。雪葉くんってば、やっぱり『マイバラード』の伴奏弾けるじゃん! ちゃっかり練習してあるんだね。
だったら今年の課題曲『時の旅人』も、もしかして……?
「あとさ、暁さん」
私が新しいリクエストを出す前に、雪葉くんは難しい顔をしたまま。
「文化祭のステージに出るなら、こういうバラード系よりも派手めな曲のほうがみんなにはウケると思う」
「へえっ?」
「ダンスでポップスやったり、それこそバンド組むチームも他にあるだろうからさ。ピアノだけじゃ音量で負けちゃうよ。ドラムか……せめてギターだけでも入れたほうがいいよ」
あたかも先生がくどくどお説教しているみたいな言い方だ。
さっすが雪葉くん。私なんかよりも、うんとステージ事情に詳しいね!
「そーかー。じゃ、がんばってメンバー集めないとだねっ!」
私は勢いよくガッツポーズして、雪葉くんを元気付けてみる。
「ドラムとギター! あとはベースとか? うん、それだけメンバーそろえば、いよいよ本格的なロック・バンドが組めちゃうねっ!」
「だから僕は出ないって」
あーダメだ。
いくらホメちぎっても、それとなく話進めようとしても、雪葉くんはまだまだ全然、ノレてなさげだ。
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