わたしだけのピアノ・スター(2)
放課後。
誰にも見つからないよう、こそこそと体育館へ向かえば、私の思いびとはちゃんと待っていてくれた。
雪葉くんはしきりに周りを見渡していて、体育館の中で時々聞こえるバスケットボールの音に、いちいちびっくりして心臓をはずませているみたいだ。
(ああ良かった、サボられなくって……!)
私はほっとして雪葉くんに近寄っていく。
「来てくれてありがとう、雪葉くん!」
「……えっ。暁さん?」
私の顔を見るなり、今までで一番驚いたように声をうらがえす。
「もっもも、もしかして暁さんが僕の靴箱に、こっここ、これを……?」
おそるおそる封筒を見せてくる。もし違っていたら恥ずかしいと思っているのだろう。
あれ? そっか。
あの手紙に自分の名前書くの、忘れてたかも。
「うん、そうだよ。ごめんね急に呼んじゃって」
「いっいや……」
「あのね、雪葉くん」
どんどん彼へ歩いていき、私はぎゅっと雪葉くんの両手をつかむ。
「えっ⁉︎ ちょ、ちょっと待って暁さん……」
「一生のお願い!」
勇気を振りしぼった私は、彼へ『告白』した。
「私、実は……歌が、めっっっっっちゃ下手なのっ!」
「……へ?」
「文化祭とかでバンド組むのに超あこがれてて! でも私がめっちゃオンチで歌下手過ぎて、友だち誘ってもみぃーんなに断られちゃうの! 去年なんか、せっかくクラスの出し物ステージ発表だったのに、私だけハブかれて裏方やらされたんだよ? ヒドくない⁉︎」
雪葉くんは手をつかまれたままきょとんとしている。
まあ、そうだよね。うんうんわかるわかる。
教室でもほとんど話したことない女子に、いきなりこんな『告白』されたってどうしたらいいかわかんないよね。でも。
「今年こそ絶対、ぜえーったいにステージ出たいの! ねえ雪葉くん、私と一緒に出てくれないかな?」
私がワラにもすがる思いで頼みこむと、雪葉くんはとまどった。
「ええ⁉︎ ……な、なんで僕なんだよ」
「だって雪葉くん、小学校の時、合唱コンクールで伴奏やってたじゃん! ピアノめっちゃ上手だったよね?」
雪葉くんはどきっとして、手をふりほどこうとする。
「お願い。一生のお願い! 私の夢をかなえてくださいっ!」
何度か強い力で手を引っぱられ、とうとう雪葉くんにほどかれてしまった。
その手をぎゅうと自分で握りこんだ雪葉くんは、
「む、無理だよ」
急にか細い声を出す。
「僕はもう、あんなふうに人前でピアノを弾くのは……」
うん。
今の雪葉くんならきっとそう言うだろうなって、私、なんとなくわかってたよ。
でもね。
「私……雪葉くんのピアノ、めっちゃ好き!」
雪葉くんの目を見てはっきりと伝えてみる。
「えっ」
「合唱コンの伴奏も歌いやすかったし、前に音楽室で弾いてたアレ……お星さまの曲とか!」
これも小学校の時の話だ。
同じクラスだった年、音楽の授業が始まるちょっと前だっただろうか。あのころも雪葉くんはピアノが上手くて、合唱コンの季節になるといつもクラスでは人気者だったっけ。
雪葉くんも思い出したのか、耳を真っ赤にそめていく。
「や、やめてよ! あんなの全然下手くそで……」
「そんなことない! 本当にピアノからお星さまが飛び出たみたいなキレイな音してて、雪葉くん、もしかして魔法使いなのかなって、もー感動しちゃったもん!」
「え……ええ〜……」
「絶対大人になったらピアニストじゃんって! ううん、もうピアニストだよ。ピアノのお星さま! ピアノ・スターって感じ!」
あれ? 言い過ぎちゃったかな?
雪葉くんがあっちこっちへ顔を動かしながら照れくさそうにしていて、なんだか私も恥ずかしくなってきてしまった。
なんだか、今のほうが『告白』っぽかったような……。
「う……ウソだ!」
首を小さく振って、雪葉くんは私を拒むように叫んだ。
「暁さんのウソつき! 魔法使いとかピアノ・スターとか、僕はそんなたいそうなピアノを弾いた覚えないって!」
そのまま早足で逃げていこうとしたのを、私は慌てて引きとめる。
「待って雪葉くん!」
「ステージ発表なんかやらないよ。暁さんこそ、友だち多くて他にもいっぱいアテあるだろ? 誰か違う人に頼んでくれ!」
「私は雪葉くんに頼みたいんだってば!」
腕をがしとつかみ、私は夢中になって。
「ほら、こないだの『ヒミツ・ノート』とか……!」
あ、やば。
言いかけてしまった曲名をぐっとこらえる。
ラッキーなことに雪葉くんはちゃんと聞き取れなかったらしく、
「えっ? ……なに?」
不思議そうに私の顔を見つめていた。
「こないだって?」
「ああ〜えっと、ううん! なんでもない!」
ごまかすのが下手だなあ、私。
でも危ない危ない。学校では絶対弾いてなさそうな曲の話をするのは、今はまだゲンキンなんだった。
「とにかく!」
無理矢理にでも話題をもとへ戻す。
「ねえお願い雪葉くん! ここはひとつ、人助けだと思って……」
両手を合わせて頭を下げる。
「どーしてもダメだったらせめて、人前で歌っても馬鹿にされないくらいには、私へ歌のレッスンをしてくださいっ!」
「ええ〜……僕も歌は得意じゃないって……」
しばらく困り果てた顔を浮かべていた雪葉くんだったけれど、
「……はあ。わかったよ」
根負けしたのか、
「放課後にちょっとだけ練習に付き合うくらいでよければ……」
そう言ってくれたから、私はついだらしなく口元をゆるめてしまった。
「いやったあっ! ありがと、雪葉くん!」
もう一度彼の手を取り、ぶんぶんと力強い握手をかわす。
なんか、いろいろとぎりぎりだった気がするけど……とりあえずよし!
最初の一歩は、お互いに踏み出せたはず。
「じゃ、さっそく練習しよっ!」
私はそのまま、雪葉くんの手を引いて走り出した。
「ええ⁉︎ 今日からやるの⁉︎」
「もちろん! 夏休みなんて、うかうかしていればあっというまだからっ!」
自分でもはやる気持ちを抑えきれない。
今すぐにでも雪葉くんと一緒に、文化祭のステージへ立ちたいと……ううん。
それよりもずっと高い高い、背伸びしたって手も届かないくらいの場所へ、彼をいつか連れていきたいから。
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