第42話 平穏はいいものだ。

「……やれやれ」

「雨降って地固まる、ですわね」


 私はトッドと二人で、少し離れた場所からガーデンテーブルに仲良く座ってご機嫌で昼食を食べているエマ様とルーク様を眺めながら小声で雑談していた。

 トッドの話では、

「ルーク王子のたぐいまれなる自制心と誠意で、閉ざされていたエマ様の心がようやく開いた」

 という美しいシチュエーションを勝手に作り上げて感動しているようだが、私は敢えて否定はしなかった。

 実際のところは、

「エマ様が、例の襲撃事件から思うところがあり、ルーク様に隠していたことを全て自白したところ、幼少期にとっくに自分から話していた事実でしかなく、それ以外の事情も離婚を考えるものでもなんでもない」

 と諭されて誤解が解けただけであり、後から知らされた私は呆然としたものだ。

 自分の必死の隠蔽の努力は一体何だったのか、と開いた口がしばらくふさがらなかったが、

「もう隠し事ぜーんぶ話してストレスなくなったわ! 胃がキリキリする日々もさよならよ!」

 と楽しそうに私の手を取って寝室で笑顔でくるくる回る姿を見ていたら、まあエマ様が幸せそうなのだからいいか、と自分の顔も緩んだ。

 考えてみたら、昔からエマ様は頭はいいしマナーも教養もあるのだが、基本的にそそっかしいし、思い込みは激しいし、そのくせ細かいことは気にしない御方であった。

 つまりは全般的に大雑把なのである。

 現在の仕上がり切った外見だけ見れば、美しくたおやかで気品と教養あふれるウェブスター王国の宝のような存在なのだが、一皮むけば虫を観察したり土いじりしながら楽しそうにヘラヘラしている食いしん坊で、ルーク様大好きを拗らせたイタい王女なのである。

 私はそんな貴族の女性とは思えないギャップに惚れ込んでしまいお仕えして来たのだが、正直自信を持ってお勧めできる完全無欠なレディーです、とは味方の立場でも口には出来ない。

 この言葉にしにくい複雑な魅力は言葉では伝えにくく、受け取り手によって印象が異なる。

 ある人から見ればとても淑女とは言い難いし、平民のような真似をして楽しんでいるだけの、見た目以外はガサツで低俗な女性と思われるだろう。

 先日ルーク様が子供の頃から好感を抱いておられた、しかも丸々としたあの頃の体型も好ましく思っていたとエマ様から伺い、ちゃんとエマ様の本質も理解しておられると尊敬の念を深くした。

 あのもっちりとしたもち肌と、笑顔になると片方だけ浮かぶ笑顔、触り心地の良い手足、幼少期のエマ様のふくふくとした天使っぷりが伝わっているなんて、ルーク様は見る目がおありだ。

 もう病弱設定は不要なのだし、ルーク様がふくよかなエマ様がお好きなのであれば、遠慮せずもっと食べていただくことにしよう。あの食べている時の幸せそうな笑顔を見ていると、こちらまで幸せな気持ちになるのだ。


「……それでねエマ」

「はい、なんでしょう?」

 私が物思いにふけっていると、ルーク様が少し真顔になってエマ様を見て話をしていた。

「ずっと気になっていた、まだ解決出来ていない問題が一つ残ってるんだ」

「問題……?」

 私だけでなく、隣のトッドも気づけば耳をそばだてていた。

「あ、これは従妹のレイチェルを責めないで欲しいんだ。私が無理やり聞いてしまったのだから。申し訳ない」

 ルーク様が下げようとしていた頭を押し止め、

「大丈夫ですわ。もう隠し事のない間柄ではございませんの」

 とエマ様が笑みを見せた。

 ストレスがなくなったせいか、少し大雑把な本来のエマ様の挙動が出てヒヤヒヤする。

(エマ様、表で殿方の頭を気軽に触ったり持ち上げてはなりません)

 ルーク様が全然気にしていない様子なので安堵した。

「エマが私を好きになったきっかけが『トカゲ』だって聞いたんだけど、どうしても思い出せないんだ。エマと話したことは殆ど覚えているはずなのに……すまないが教えてくれないか?」

「え? あ? トカゲの話、ですか?」

 もじもじしながら顔が赤くなるエマ様を見て、あの話か、と思い微笑ましい気持ちになる。

「……あの、父の誕生日パーティーが退屈になって、抜け出して庭で遊んでいた時に黒っぽいトカゲを見つけたの、覚えておられます?」

「ん? ああ、そんなこともあったね。エマは色んな小動物を見つける天才だったから」

「その時に私が、トカゲとか毛虫みたいなものは、女の子は気持ち悪いって皆嫌がってしまうのよ、こんなに可愛いのに、って文句を言ったのです」

「うーん、一緒に遊んだ記憶はあるんだけど……」

 エマ様がふふふ、と笑うと、

「ルーク様がその時に、『何故だろうねえ? そのトカゲなんて特に可愛いのに。エマみたいにぱっちりした愛らしい目で、エマの綺麗な黒髪みたいな色だし』って仰ったんです」

「……私がそんなことを?」

 今度はルーク様が少し頬を赤くしている。

「──これは独り言だが、ルーク様は下手すれば蛇蝎の如く嫌われていた可能性はあるな。女性への接し方がちょっとアレなので申し訳ない」

「さようでございますね。爬虫類に例えられて喜ぶ女性はエマ様ぐらいでしょうし。幸いでございました」

 婚姻して数カ月経って、ようやく王宮内で本来の新婚のようなデレデレっぷりがあちこちで見られるようになったことで、中で働く人間は安心したと聞いている。

 思ったより長くかかってしまったが、私はエマ様が幸せであればそれでいい。隣国まで付いて来て不幸な姿を見る羽目にならず本当に良かった。

「……まあなんだ、お互い肩の荷が下りた感じだよな」

「本当ですね」

「そこでどうだろう、今夜仕事終わりに二人の幸せを願って一杯やらないか? おごるぞ」

「素敵ですね。ただ私はとんでもなくお酒が強い上に、かなり飲む方なのですが、お財布の方は大丈夫でしょうか?」

「心配するな。隊長でそれなりにもらってるからな。ちなみに俺も恐ろしく飲む方だ」

「それは頼もしいですわね。それなら今夜は先につぶれた方のおごりということで」

「その勝負受けた」


 今後、待望の王子や姫が誕生すれば忙しくなるだろうが、私もまたのんびりこの国で生きて行けそうである。




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ポンコツクールビューティーは王子の溺愛に気づかない 来栖もよもよ @moyozou777

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