それは一つの結末

 放課後、俺は教室で来栖さんが来るのを待った。


 場所を特に指定されなかったので待つ場所が分からなかったからだ。


 赤木と来栖さんは授業が終わるとそそくさと誰もいなさそうなところへ移動していった。


 その後をこっそり吉田がつけていったのは言うまでもない。


 俺は野暮なことはしない。


 いや出来ない。


 茶化すのも茶化されるのももうこりごりだ。


 少し緊張しながら待っていると赤木が戻ってきた。


「あれ、モブなにしてんだ?」


「赤木こそ、もう話終わったの」


「ああ、終わった。忘れ物取りに戻ってきただけだ。」


 返事はなんだった?


 そう聞くのが怖くて俺は何も言えなかった。


 赤木の顔に変化はない。


 嬉しいのか悲しいのか、判断はつかない。


 いつもいい顔してるからわかんねえよ。


 俺は主人公の顔なんてしてないからな。


「じゃあな、モブも頑張れよ」


「あ、ああ?」


 何をだ? 頑張るっていったい。


 そんな赤木と入れ違いで来栖さんが戻ってきた。


「待たせたね、田臥君」


「全然待ってないよ、来栖さん」


 俺は冷や汗をかきながら次の言葉を待つ。


 俺からしゃべれることなどないのだ。


 来栖さんはゆっくりと俺の隣の席に座り、じっと俺を見つめる。


 奇しくもあの日、初めて来栖さんと話したときと同じ夕日が彼女を照らしていた。


「田臥君が、《モブ》なんですね」


「え?だから言ったじゃん俺のあだ名はモブだって―――」


「ルーイ」


「――っ」


 俺の目を捉えて離さないその目から、聞きなれた声が聞こえる。


 ルーイという単語に思わず反応してしまう。


「やっぱり、田臥君なんですね……」


 それでもその眼光は俺を捉え続ける。


「はい、……ごめんなさい」


 こっそり活動していたことが実は同級生にモロばれでした、なんて嫌だろうな。


 俺だったら嫌だ、そもそも配信しようとも思わないけど。


「昨日は変なコメントしてごめんなさい」


「ああ、ああいうのはやめて下さいね、個人情報なので」


 ガバガバなのはそっちもじゃん!


 なんて言えるわけもなく、ふへへと苦笑いをする。


「でもそうですか……、田臥君には色々と知られてしまいましたね」


 そうだ。


 俺はルーイだからと言い訳をして来栖さんの情報を聞きだして楽しんでいた。


 あの来栖さんがこんなこと考えてるんだとか、こう思ってるんだとか。


 普通に最低の行為だ、どんなことを言われても文句は言えない。


「困りましたね。……田臥君、私のマネージャーをやってみませんか?」





 ?





 どこがどうつながってどうなった?


 まず俺に対する怒りは? 


 あんだけ怒っていたように見えたのは気のせい?


 いやそんなことはない、確かに怒っていた。


「あの、来栖さん? 話がよく見えないんだけど、怒ってたんじゃないの?」


「それは怒ってますよ! 黙って見てたことと、リアルの話を出したことも!」


「それが、なんでマネージャーなの?」


「知られたからにはしょうがないでしょう。どうせなら協力してもらって、もっと配信を盛り上げて貰いましょう」


「いや、だから、話が繋がらないんだけど。もう二度と顔も見たくないんじゃないの?」


 俺ならそうする。


 というか普通そうなるだろ、どういう思考回路してるんだ?


「? 別にそれほどのことでは? 謝ってもらいましたし、これ以上身バレするようなことはないでしょう? それともする気ですか?」


「いやいや滅相もない」


「なら問題ないでしょう。私も配信がどうとか言いまわってもしょうがないですし、今回の件はこれで終わりということで。で、具体的にマネージメントの話をすると――」


 何を言ってるのか結局よくわからなかった。


 とりあえず、来栖さんはもう納得しているということ。


 わだかまりもなく終わりましょうということだ。


 はは、なんだそれ、そんな嘘みたいな話があるかよ。


「――って聞いてますか? え! 田臥君どうしました? 泣いてますよ」


「えっ……あ、ホントだ。ごめんごめん、なんでもない」


「何でもない人は泣かないですよ」


 来栖さんがポケットからハンカチを出して俺の涙を拭こうとしてくれる。


 俺は情けないやら嬉しいやらよく分からない感情が頭をぐるぐる回ってどうにかなりそうだった。


 来栖さんが差し出したハンカチを制してワイシャツの袖で涙を拭う。


 一人で悩んで一人で考えて、一人で悲観して馬鹿みたいな行動して、ほんと俺ってとことんクソだな。


「落ち着きましたか?」


「うん、ごめん」


 俺は拭った目で来栖さんの目を見る。


 彼女の顔はいつもみたいな無表情だったけど、怒気は感じなかった。


「ていうか来栖さん、口調結構きついね」


「しょうがないでしょう、なんかもう《モブ》に話しかけてるようにしか感じなくて、まあどっちもモブですけど」


「はは、違いない」


 本当に彼女はまっすぐで、目に見えないだけで感情が豊かで、こんなにも可愛らしい。


「で、ごめん、結局マネージャーって何すればいいの?」


「もう一回いいますね、配信ではモデレーター、まあチャットの管理人、後はその他雑務は今のところないですけど、出来たらそちらを。それで学校では、私の友達作りを手伝って貰いましょう」


「待って、配信はいいけど、学校のことは無理だよ? 自慢じゃないけど俺もそんなに友達いないし」


「でもいるでしょう? 私一人もいないんですけど、まあ田臥君が友達と言えば友達ですけど、これからはマネージャーになるのでノーカウントで」


 なんか厄介ごとに巻き込まれた気がするけど、その程度で来栖さんの気が済むなら、俺は喜んで手を貸そう。


 ……でも女子の友達ってどうやって作ればいいんだ?


 俺いないんだけど、女友達。


「あ! そういえば赤木には返事したの?」


 色々ありすぎて忘れてた。


 こうなったら聞いてしまおう。


「赤木君ですか、断りましたよ」


「どうして!? 昨日はそれもいいかもって言ってたじゃん。赤木だよ? 何か不満でもあった?」


「昨日よく考えたんですけど、やっぱり好きでもないのに付き合うのは違うかなって、赤木君もそれで納得してくれましたし」


 赤木なら「振り向かせてやるからな」くらいに思ってそうだな。


 でもそうか……、付き合わなかったのか。


 ほっとしている自分がいる。


 ああ、やっぱりまだ来栖さんのこと好きなんだなあ。


 この想いにケリをつけれる日は来るのだろうか。


 そんな日はこないかもしれない。


 それでもいいかもしれない。


 忘れられない恋ってのもあるもんだろ。


「それじゃあ、これからよろしくお願いしますね」


 そう言って来栖さんが手を差し伸ばしてくる。


 俺はそれを強く握り、しっかりとした声で答える。


「ああ、よろしくなルーイ!」


「だからそれは秘密だと!」


 誰もいない放課後の教室で俺は静かに笑った。

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クラスではクールで通っている彼女が底辺Vtuberをやっているのをモブだけが知っている 蜂谷 @derutas

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