獣の王と鋼の剣

@marealbum

序文

 内臓の美しい赤に目を見張る。

 跳ね上げられたように宙を舞う人体の上半身が、球技のボールのように丸まって街道の乾燥した地面に落ちた。

 悲鳴は上がらない、足元に散らばるいくつもの死体に目もくれず、薄汚れた布を被った男達が立ち往生した幌馬車に殺到する。

 襲撃者は十、二十、三十はいるだろうか、恰好からして野盗の類だろう、しかしこの人数は野盗というよりは、もはや野盗「団」といえる規模だ。

「お前、なんかやったのかよ!?」

「心当たりはねえなぁ!」

 無遠慮な少年の叫び声と、男の重々しい怒号が響き渡る。

 同時に、鋼が肉と骨を突き破る音。

 黒いマントの剣士――男が持つ鋼の剣が野盗の心臓を一突きにし、引き抜く動きのままにアバラを引き裂き、背後に立つ野盗の首を撥ねる。

 両手で剣の柄を持ち、姿勢を低くして再び切り返す、肉が飛ぶ、視界に映る敵の数を数える。

 あと十六人

 黒い布が翻る、一足飛びに野盗達に躍りかかりつつも、最小限の動きで剣閃を繰り出していく、

「おーい、大丈夫か? もうすぐ終わるからな」

 少年の声が幌馬車の中でうずくまる御者の背中にかけられる、御者は僅かな身じろぎ――おそらく頷いたのだろう――と、小刻みな震えでそれに応えた。

 少年の名はカラチ。

 正確には――少年の声をした、光り輝く小さな虫のようなソレの名は、カラチである。

 妖精フェアリーだ。

「オラァ!」

 裂帛の声と共に、どさり、という肉の落ちた音が最後になる。

 もともとそこまで広くはない街道は、すでに散らかる死体で足の踏み場もない……。

「カラチ、中は大丈夫か?」

 血を払った剣を納めつつ、黒マントの剣士が幌馬車に乗り込んでくる。

 立てば幌馬車の天井に頭が当たる大きさだ、男は前傾ぎみに屈みながら御者の背中を覗き込み――

「あっ」

 眉を少しひそめたかと思えば、再び抜いた刃をその背中に差し込んだ。

 ――ごぽり。

 湿った息を血とともに吐きながら、御者はそのまま絶命した。

か」

 ぼそり、と男は呟く。

 ――静寂の時は短い。

 はらり、と、剣を差し込んだ男の傍らにかかる布の山から、一枚の毛布がずり落ちた。

「ストップ、バトラドス!」

 焦りを含んだ声が制止をかける、御者の背中から引き抜かれた鋼の剣が、気付けば平行移動して布の山へと切っ先を向けていた。

「コイツはだぞ、バトラドス」

 妖精が剣の切っ先を押し返す、剥がれ落ちた布の間から、恐怖に震える少年の顔が覗いていた。

 目を見開き、肌は粟立ち、口は引き絞りきれず歯をガチガチと震わせているその顔は、まさに「助けてください」と言わんばかりだ。

 男――バトラドスはばつの悪そうな顔をしつつ、鞘に剣を戻す。

 目を逸らし、肩をすくめ、やや口をとがらせているその顔は、まさに「驚かせて悪かった」と言わんばかりだ。

「驚かせて悪かった」

 おや、ちゃんと言ったな、えらいぞ。

「た……助けてください」

 うん、子供のほうもちゃんと言えたな、えらいぞ。

 バトラドスは、やや驚いたような顔でカラチを見やる。

 ああ、そうか――少年は、このバトラドスの顔を見ても怯えず、また侮蔑するそぶりもなかった。

 それは、バトラドスの顔からうかがい知れる種族に対して、恐怖ないしは差別的な感情を持っていない――というわけではない。

 今のこの状況に怯えていてそれどころじゃない、というだけだ。

 ……というのをバトラドスに伝えようと思ったが、面倒なので放っておいた。

 バトラドスは御者の死体を幌馬車から放り出すと、すっかり怯えて萎縮した二頭の馬の背中を力強く撫でる。

 昼下がりの暖かい日差しが馬の毛並みに反射して、シルクのように光っている、さぞ丁寧に育てられてきた良い馬なのだろう。

 それに比べて、この男の毛並みはどうだろうか。

 たてがみはぼさぼさ、体毛はゴワゴワで、うっかり触れるとべっとりと汗汚れが付着する。

 黄金のたてがみと言えば聞こえはいいが、私から言えばせいぜいが黄ばんだ雑巾というレベルだろうか。

 バトラドスは、亜人だ。

 人種としては、獣人と言われる。

 さらに分類したら、獅子獣人といったところか。

 バトラドスは御者台に跨り、手綱を波打たせると二頭の馬はのろりのろりと足を進ませた。

 妖精であるカラチはバトラドスの背中に腰かけつつ、幌馬車にうずくまる少年の顔色を見る。

 恐怖――そして、わずかな敵意。

 よく見かけるいい顔になった、とカラチは心の中でニヒルにほくそ笑んだ。

 亜人、獣人、獅子獣人。

 全て平等だ、人間の前では須らく

 

 幌馬車は一人の人間と、妖精と、を乗せて足を運ぶ。

 行き先はシャーディスの街。

 

 ………………

 ………………

 そういえば、自己紹介が遅れてしまった。

 私の名前はカラチ。

 この汚らしいと旅路を共にする、案内妖精カラチである。

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