エピローグ
掘り込み式ガレージの中。二台並んだエアロバイクが、負荷の掛かったペダルの軋む音を鳴らしている。ガレージの壁に掛けてある鏡は、二人が発する熱気で曇っていた。
アラームが鳴って二人同時にペダルを踏む足の回転を止めると、女の方がサドルから滑り降りるようにして、床に敷いてあるマットの上に転がった。
「もう無理だ。お腹空いたー」
大の字に転がった女を苦笑しながら見下ろし、男が手を伸ばした。
「それなら起きろ。寝転がって飯を食う気か?」
「うん、そうする。とりあえずバナナでいいや。持って来て」
「駄目だ、起きろ」
要望を聞き入れてくれない男に、女は口を尖らせた。
「分かったよ。じゃあ、キスしてくれたら起きる」
「はあ? 何だよ、それ。ガキか?」
女はそれでも目を閉じ、顎を突き上げて男を待った。瞼を通して感じていた光が男の影で遮られた時、シャッター横のドアが開いた。
「トレーニング中かと思ったが、違ったか?」
その声に慌てて身体を起こした女の額が男の頬骨とぶつかり、二人の目の前に星を飛ばした。
「ボス。ノックぐらいして下さいよ」
男が頬骨をさすりながら言うと、ボスと呼ばれた男は小さく笑っただけで、二人の前に航空券が挟まったパスポートを差し出した。
「行き先は台湾。失踪した自衛官の潜伏先が掴めた。とりあえず二人で、場所と状況を確認してきてくれ。現地で河西と接触している可能性もある」
パスポートを受け取った男は、頷きながらその表紙を開くと眉間に皺を寄せた。
「まだこの写真のままですか?」
「文句を言うな。パスポートを一冊作るのにいくら要ると思ってるんだ」
女もパスポートを開いて確認したが、女の表情は明るい。
「私も一緒だ。でも良いじゃないの。私はこの名前気に入ってるし。ね、悠平さん」
男は女の額を軽く小突いた。
了
Obscurity 西野ゆう @ukizm
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