第4話 人の気持ちは移りゆく

 まず、今がどういう状況か。


 最初に氷漬けとなった五十人の悪魔たちは、まだ凍っているが、依然として誰も死んではいない。

 次にサルーゴともう五十人の悪魔たちは、光が消えて目が開けられるようになり、光源のあった方向を確認した。……そこには一人の人間の少女が立っている。


 次にルタだが……、サルーゴたちが注目している、もはや魔王とは呼べない「人間の少女」の姿となっていた。それは悪魔としてのルタは死に、人間であるジョーの命を渡されて蘇ったから。


 そしてジョーは……、背中に多数の武器が刺さった状態で突っ伏していた。これはルタも今知ったことなのだが、ジョーが瞬間移動でやってきた時点で五十人の何人かが、彼に向かって武器を投げていたらしい。ということは、ルタを庇いながらアレを続けていたということになる。


「本当に、ソナタは……、オオバカモノじゃ」



 ルタの身体は先ほどとは異なり、信じられないほどに「軽い」。痛みも倦怠感も無いどころか、まるで「全盛期」かのように、手足が軽やかに動かせる。


 そしてルタは、ジョーに対して「マインドウォッチ」を使用する……、が、思っていたとおり「反応は無い」。いや、もしかするとただ「マインドウォッチ」が使えなくなっているだけではないかと思い、サルーゴに対して使用する。


 ……な、なんだ、あの人間は? ルタのヤツはどこへ行った……?


「やはり、ジョーは……」

 予想通り、「サルーゴの思考」が頭に流れ込んできた。そのうえでジョーからは反応が無いということは、もう……。



「……おい、サルーゴ」

 ルタは、サルーゴに呼びかける。


「その声、やはり……、ルタが、人間に変化した……?」

「一度だけ、慈悲じゃ。……この地を捨て、知らぬどこかへ消え去れ」

「なにを言うかと思えば、『逃げろ』と言うのですか? アナタが? しかも、何故か弱い人間へと成り下がった、アナタが?」

「こんな場所でも、アイツとの思い出になろう。邪魔なキサマらだが、失せれば手を出さんでおいてやる」

「……ふ、フフフ。その口調、その口調が気に入らないのですよォ!! こちらこそ邪魔なアナタを消してや」

「【ファイア】」


 ルタは指一本動かさず、サルーゴの姿を見ながら言い放つ。


 ――ボォォォッッッ!!

「うぎゃあッッ!!!?」


 すると、サルーゴの身体が炎に包まれた!


「一度だけと言った。もう、慈悲は要らぬな?」

「ぐああああああッッッ!! だ、誰かァ! この火を消しなさいィ!!」

 サルーゴは五十人に対して、救助するように喚く。慌ててその中の「二人」が動き始めたが……、その瞬間にはもう、ルタが両手で「『二人の顔』を掴んでいる」。


「そうじゃな、キサマらへの慈悲がノーカウントか。……よいか、コイツを見殺しにしろ。でなくば、潰す」

「「「ひ、ひぃッッ!!?」」」

 怯えた声を出したのは、二人ではない残りの悪魔たち。一方で二人のほうは現実を理解できず、ただ顔を強張こわばらせていた。



 今のルタは、魔王としての「全盛期を超えた力」を振るっている。……何故、人間の少女のルタが、ここまで人間離れした動きをできるのか。

 ジョーをうしなった悲しみと怒り、加えて、強者であるジョーの命を得たというのも理由の一つだが、実は一番の理由は「食事」であった。過去にジョーが差し入れてきた食料品は、いずれもジョーがいつも食べていたもの。そしてそれは、人間離れした強さを持つジョーの身体を作ったものと同じであり、実は「人間の強さを引き上げる」効果があった。もちろんそれに見合う強烈な副作用もあったのだが……、悪魔の身には効果も副作用もほとんど無かった。

 あった効果といえば、悪魔の体内に「人間用の魔力」が作られたこと程度。それは日常的に引き出せるものではなかったが、それのおかげでサルーゴの魔滅石まめつせきに魔力を無くされても「マインドウォッチ」を使えたのだ。

 そしてもう、今のルタは「人間」。過去に蓄えた「人間用の魔力」を無制限に使えるので、ここまで強くなったというわけである。



「――ぐおおおおおおおッッッ!! 熱イッ! アツイィィィッッッ!!!」

「少しは気が晴れると思ったが……、無意味か。……耳障りなだけじゃ」

 ルタは燃えるサルーゴの「首」を掴む。


 ゴキッ……。



 ……手を離したルタの腕にも炎が移っていたが、腕を軽く振るだけで消火。これで「出火元」は燃えながら静かになったので、ルタは放っておくことにした。あとは勝手に燃え尽きてくれる。


「それと、そうじゃな。失礼した。忘れておったわ……、【ファイア】」

 動いた時に、氷漬けになった悪魔たちがルタの視界の端に映った。それはルタの「キング・ブリザード」が原因だったので、燃えない程度に出力を下げた「ファイア」で溶かす……。



 こうして、この場にいるのはルタと百人の悪魔たちのみになった。

「これで、よいかの? ……済まぬが、キサマらは退いてくれぬか?」


 それに対し、悪魔の集団の中で最も前に出ていた一人が返答する。

「あ、あの……、それはどういう……?」

機微きびも分からぬか、キサマ。ここを二人きりにしてほしい、というだけじゃ。……別に、キサマらを潰すのでも構わんぞ」

「しょ、承知いたしました! ――おいお前ら、ここを出るぞ!」



 ……百人全員がルタに逆らわず、速やかに走って洞窟の外に出て行った。彼らはルタに逆らうのが怖い、という気持ちもあったのだが、なによりサルーゴに従う必要がなくなったのが一番の理由であった。

 ここだけの話だが、サルーゴは恐怖政治を嫌っていた一方で、自身も似たようなことをしていた。ゆえに部下からは慕われていなかったのだ。



 ……。



 ルタは、ジョーの身体に近づき、しゃがみ込む。未だに背中へ武器々々ぶきぶきが刺さった痛々しい状態なので、ルタはそれを一本ずつ引き抜いていく。


「まったく、手間のかかるヤツじゃ……、ソナタは」


 全て抜き終わり、これでジョーを仰向けにすることができる。自分で起きてくれないので、こうでもしなければ顔を拝めない。

「……こんなに刺さっていたのじゃ。さぞ、痛かったろう? 苦しかったろう?」


 彼の顔は……、微笑んでいた。


「ふっ……、嬉しそうに笑いおって……! ソナタは何故……、こうも……ッ!!」

 あんな状態でなお、笑顔であったジョーを見て、ルタは気持ちの歯止めが利かなくなってしまった。頬に熱い「雫」が流れる。



「――うぅぅ、ああああああああああ……っ!!!」


 ジョーの身体へ覆いかぶさり、ルタは悲しみに暮れた。



 大事なものを守りたかった? ほざきおって!! なら、今のワラワの気持ちはどうじゃ! 身体を守れても、「気持ち」は守れておらんぞ! この、悲しみを、どうしてくれるのじゃ! なにが『目玉焼きしか作れなかった』じゃ!! 『よかったら食べてくれ』!? それを食えばもう、キサマの料理はこの世から無くなるのじゃろう! もう二度と、食えなくなるのじゃろう! ……キサマの居た痕跡が、無くなってしまうのじゃろう!! どうするのじゃキサマ! ワラワは料理なんぞできんぞ! 道具だけあっても、きっと、キサマを思い出すだけじゃ!! キサマが居ないことを考えるだけじゃ!! なのに……、キサマは笑うのか!? 勝手に、一人で、満足そうに居なくなるのか!!? 許せるものか! キサマなど……、オマエなど……ッ、ソナタなど……ッッッ!


「ジョーめ……、……ジョーめ!! ソナタなど、大ッ嫌いじゃあああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!!」



 ……。



 ――その時。ルタの背中をなにかが触った。


「ッ!!?」

 この、感覚、は……。……忘れもしない。

 


「……どうした、ルタ。泣いて、いるのか?」

 ルタの背中に両腕を回し、ジョーが、抱きしめていた。……今度は、お互いの顔が見えている。


「ジョー……? ジョー、なのか……?」

「ああ。大丈夫か、ルタ」

「本当に、ソナタなのか……?」

「ああ、そうだ」


「何故、生きている……、ソナタ」

「そういえば昔、精霊に貰ったものがあった。きっと、そのおかげだろう」

「貰った……? なにを、じゃ」

「『命』、だ」


「……は?」

「俺は『命がもう一個あった』んだ。だから」

「……はあっ!?」

「ん……? ルタ、今度は怒っているのか?」



「――怒るに、決まっているじゃろうがああああッッッ!!! この、このッ!! タワケモノがああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!」



 ……。



 ジョーから話を聞いたところ、こういうことだったらしい。


 かつて魔王との戦いに勝利し、平和をもたらしたジョー。国王からは報酬として「一生遊べるほどの財産」を、そして精霊からは一度だけ死んでも蘇れるように、「もう一つの命」を貰っていたのだという。

 しかし、ジョーは三人の仲間をうしなったことで、実はそこから「自暴自棄」の日々を過ごしていた。なにせ貰ったという命は死者に使用することはできず、仮にできたとして一つしかないので、三人を生き返らせることが不可能だったからだ。


 なので、命を貰ったこと自体を忘れていた。そういうことなので、ジョーは自分が生き返ることを計算に入れて「ライフ・イールド」を使ったわけではなかった。

 ただ純粋に、自分を犠牲にしてでもルタを死なせたくなかった。それだけの気持ちで動いていたのだ。



「そんな大事なことを忘れるなど、本当にオオバカモノじゃな」

「まあ……、良かったじゃないか」

「良くないわー! ワラワの涙を返せ!!」



 こうして、少女ルタと勇者ジョーの二人は、廃墟小屋に入っていった……。



 ………………。


■ ■ ■



 それから、どれだけの月日が経ったか。


「おい、『ルーティア』。靴が逆じゃ」

「えー。ママー、うるしゃーい」

「歩きにくかろうが! ワラワはソナタのために言ってるんじゃぞ」


 ルタは三歳になる「娘」のルーティアと出かけようとしているところだった。……もちろん、二人だけではない。これから「三人」で出かけるところである。

 かつての廃墟小屋のあったところに建てられている、二階建ての家。今その玄関にルタとルーティアがいる。そしてルタは「もう一人」に向けて、開いた玄関のドアの外に声をかける。


「おい、『ジョー』! 車はどこだ、はよう出せ!」



 ……あの日からルタとジョーが「家族」になるまで、時間はかからなかった。

 当初はルタが少女の見た目だったので、ことあるごとにジョーが抱き着いて大変だったが、ルタは比較的すぐに大人の姿になった。かといってルタが成長し過ぎたり、老化が早くなるといったことはなく、不思議なことに見た目上はジョーと同い年くらいで成長が収まった。


 そして世の中も多少は変わっており、魔力を外部保存して燃料とした「魔力自動車」が普及している。ルタたち家族は今日、それに乗って出かけようとしていた。

 だが……、運転手であるジョーはまだ、車を道に出していない。それどころか、ジョー本人も見当たらない。



「ジョー! どこに……、……物置でなにをしとるのじゃ、ソナタ」

「ああ、ルタ。……カメラ、どこにやったかな、と」

「そんなもの、ワラワに任せておけ! ……ほれ、ここに『ルタ・カメラ』が」

 ルタは空中を「掴み」、カメラを取り出した。昔は異空間に武器をしまっていたものだが、この平和な世の中では必要ない。ルタは薪割り用に「ルタ・ハンドアクス」だけを残し、後は全て日用品を収納するために異空間を利用していた。



 ……。



 今日はハイキング。少しだけ整備された野原を歩き、お弁当を食べる。それだけだが、家族みんなでお出かけというだけで楽しい気分になれる行楽こうらくである。……ちなみにジョーは変わらず瞬間移動が使えるのだが、それでは味気ないという理由でルタから使用を却下された。



 さて、ジョーは娘のルーティアを抱っこしていて、それをルタがフィルムに収めようとしているところであった。

 ジョーは国王からすでに大量の財産を受け取っているのだが、これもまたルタに言われ、今は巡回警備の仕事をしている。……それも並みの規模ではなく、街全体やその周囲(現代日本換算で)数キロメートルを巡回するというもの。さらに一つの街だけではなく、国中のあらゆる街、市、村などが対象である。しかしジョーにとって、それくらいはむしろ朝飯前なので、彼にとっては気楽な仕事であるとのことだ。


 そして夫が働いている間といえば、ルタは家事にいそしんでいた。これは娘が生まれてからの習慣で、ジョーの作る料理にルーティアを盗られたくない、というのが一番の理由だった。なにを隠そう、今回の弁当はルタが作ったものである。



(それにしても……、ワラワがこうなるとはのう。ふふふ)

 愛する夫と娘が遊んでいる姿を見つめる、しあわせな時間。まさかこんな日が来るとは、過去の自分に言っても信じなかっただろうと考えていた。

 どれ、そろそろ適当に撮っておくか、とルタが思った時、ジョーがルーティアを抱きしめていた。


(そうそう、昔はコヤツにこうやって抱きしめられたのう……。今、コヤツはなにを考えているのやら)

 過去を懐かしんで、最近は全然使っていなかった「マインドウォッチ」をジョーに使ってみることにした。


 ……。


 良い、素晴らしい、かわいい、あたたかい、良い柔らかい尊い素敵好き。奇跡の出会いに感謝するしかない。本当になんて愛らしさだろう。愛しい。抱きしめたい、いやもう抱きしめているだからもっとしていたい。良い柔らかい尊い素敵好き。声も最高。財宝。もっと話してほしい。かわいい。でもかわいい顔が見えない、でも抱きしめたい。抱きしめながら顔を見たい。いや見なくていい。あたたかいし癒されるしそこに居ることが奇跡だし守りたい。好きだと伝えたい。でも嫌われたらどうしよう。立ち直れない。いやそれでもこの子がいるなら立ち直れる。可憐な華に救われる。ああ良い柔らかい尊い素敵好き。愛してる。この子は将来どうなるのかな。かわいくなるのかな、綺麗になるのかな。好き。駄目だこのままでは語彙力が無くなってしまう。この偉大さを表すには言葉が足りない。この世の全てを集めても伝えきれない。表現できない。どうしよう。良い柔らかい尊い素敵好き。かわいい、かわいいかわいいかわいいかわいい



「――おいジョー、キサマァァァァァァァァァッッッ!!!!!」

 ルタはジョーへ詰め寄る。


「ど、どうした、ルタ」

「どうしたもこうしたも、あるかッ!! このロリコンめ、娘に欲情か!?」

「……いやルタ、それは違う。誤解だ。俺はそんなつもりは」


「ジョー、きもちわるいぞー」


「「――ッ!!?」」

 ルーティアの突然の発言に、ルタとジョーの二人は驚いた。だが、さらに……。


「って、ママが言ってるー」

「る、ルーティア!? ワラワはそんなこと言っとらん……、ってまさかッ!?」

 ルタは確かに「ジョー、気持ち悪いぞ」と考えていた。そしてその言葉どおりに、ルーティアが喋った。ということは……、「心を読んだ」。つまり、ルーティアは「マインド・ウォッチ」を使用したことになる。


「ルタ……、俺って、気持ち悪いのか……?」

「いや、この、それはな……。る、ルーティアはどうなのだ! パパのことは!」

「パパ、しゅきー!」


「「……」」


「おい、ジョー。良かったな。キサマのロリコンを受け入れてくれるようだぞ」

「ママが『きもちわるいけど、しゅき』だってー!」

「う、うるさい! 余計なことを言うでない!」


「……ふ、なんだ、そういうことか」

「なにを笑うか、キサマ! ……ええい、こうなったらっ!」


 写真撮影という大役を投げ出し、ジョーに抱き着くルタ。

「あー、ママずるーい!」


「ずるくないわー! ……ジョー、ソナタ言ってたじゃろ? ワラワを守ると」

「ああ」

「だからワラワの気持ちも守れ、よいな! ワラワが良いと言うまで離れるな!!」

「もちろんだ。……ああ、ルーティアも、な」

「うん! パパも、ママも、だーいしゅき!!」



 ……十か月後、彼らが四人家族となったことは、ここだけの話である。



おわり

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ラストバトルの数年後 ~魔王はロリで、勇者はロリコン~ ぐぅ先 @GooSakiSP

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