第3話 立ち上がるのは一人の人間

「キサマの事情は知らんが、その気ならワラワも容赦せんよ。……覚悟はよいな」


 悪魔のぐんはその数、ざっと五十人。サルーゴを合わせると五十一人。それだけ数がいるなら、闇雲やみくもに戦っても不利になる。

 なので魔王ルタはまたもや空中を掴み、今度は「大楯」を取り出した。その名も「ルタ・シールド」。幸いにも敵はルタの前方に集まっているので、これで攻撃もさばきやすくなる。


 だがその大楯を、ルタはなんと……豪快に「蹴り飛ばした」! これにより大楯は飛び道具となり、守りながら攻めに転じることができる。

(三十人は前衛だろうが、潜り込めばどうにでもなる。残り二十人は後方支援……、牽制しておくかの)



 魔王ルタは蹴り飛ばした大楯に身を隠す形で進行し、攻撃を防ぎながらぐんの中央へ。それと同時に両手で魔力を溜め、群の後方へ攻撃の準備をする。


「ゆくぞ、【ジャック・サンダー】!」


 ルタの声と魔力に反応し、二十人の真上に暗雲が発生。すぐに雷がバリバリバリ! と下にいた者たちに降り注ぐ。

 雷は光速で「回避がほぼ不可能」なうえに、当たれば身体が痺れて動きが止まる。大きく見ても後方二十人の半数以上、静と動がハッキリ見えるほどに命中したようだ。そして当たっていない者も、密集していることで「雷に当たった他者」が邪魔をして満足に動けない。これにより、二十人は機能停止となった。



 現在、ルタの周囲に敵対悪魔が三十人。しかし全員を相手する必要はない。なにせ「大楯による特攻」「牽制の雷」の二つにより戦いの定石を崩されたことで、彼らは作戦頼りに動くことができないからだ。

 さらに、残っているのは「武器を持った前衛」であり、彼らの敵であるルタは群の中央にいる。迂闊うかつに武器を振るおうものなら味方に当たってしまうので、臨機応変に動ける者は配慮が増え、どう動くのがベストか分からず停止している。

 そうなると、あとは作戦に頼らず、目的一つで行動の択が無い者。それは「周囲を気にせず、ルタのことを見続けている戦闘狂」が五人。……後はその「五人」さえ倒せば勝ちも同然だ。

 ちなみにどうやってその五人を見抜いたかは簡単で、この状況下でルタと目が合ったのが五人だけだった。そういうことである。


(ふぅん、久々だがなかなか動けているな。流石ワラワ……!)


 自画自賛をさらなる原動力とし、ルタは五人のうち一人に狙いをつける。……直線上には動けぬ雑兵ぞうひょうがいたので、それらをボコスカ殴り飛ばしながら、一人に接近!

「――【ジャック・ストーン】」

 そしてその頭上に「岩石」を作り、ドスン!! 戦闘狂一人を岩の下敷きとした。


 続けざまに、一人、二人、三人、四人。……目が合った五人全員を、それぞれ岩の下敷きに。これでもう、誰一人としてまともに動けない。

 ルタは念のため悪魔たち全員の顔を見て、冷静な者が一人もいないことを確認し、地面に落ちた「ルタ・ハンドアクス」と「ルタ・シールド」の近くに移動し、……触れる。するとそれだけで手斧と大楯は「収納」され、この場から消えた。


 これで「私物を巻き込む心配」も無くなったので、ルタは戦闘前に立っていた位置に跳び、戻る。そして浮かび上がり……、右手を悪魔たちに向け、魔力を込めた。



「喰らうがよい! 【キング・ブリザード】!!」


 ――ブワアアアアアアアアァァァァァァッ!!!!



 ルタの手から猛吹雪が飛び出し、五十人全員を覆う! それも、ただの自然現象の吹雪とは異なり、雪一粒に触れた瞬間に悪魔の身体が氷漬けになっていた。言うなれば一粒一粒が必殺であり、それはまさしく王者の吹雪キング・ブリザードと呼ぶに相応しい。


 ……。


 ルタの行動をまとめると、最初に大楯を五十人の中央付近に蹴り飛ばし、それで出来た道を走ってルタ自身も五十人の中央に移動。移動しながら溜めた魔力で後方支援の二十人に雷を落とし、すかさず周囲を見て目が合った五人へ強引に近づき、五個の岩で五人を押し潰した。そしてついでに飛ばした手斧と大楯を拾い、五十人全員が隙だらけになったことを確認して初期位置に戻り、必殺の吹雪で全員を凍結。

 ……なんとこれら行動にかかったのは、たったの「十五秒」。さらに驚くべきことに、悪魔は凍っただけで誰も死んでいない。ルタは彼らを生かしたまま、たった十五秒で無力化したのだった。


「かーっ、ワラワも腕が落ちたもんじゃの」

 しかしそれでも、当の魔王ルタ本人はその成果に対して嘆いていた。これで全盛期の半分というのだから恐ろしい。



「ええ、そのようですねぇ」


 ザクッ!!

「――うぐぅッ!!?」



 「背後」から突然サルーゴの声が聞こえたかと思うと……、ルタの背中に「大きなフォーク」が刺さった。悪魔にも赤い血が流れているようで、それと同時に血も噴き出した。


(な、何故だッ! 後ろ、誰もいなかった……、否、今も「誰もいない」……!?)

 フォークの勢いに吹き飛ばされながらも魔力探知で後ろを確認するが、誰の反応も無い。しかし声もフォークも後ろから飛んできたわけで……、ルタがどうにか後ろを目視すると、確かにサルーゴの姿はあった。


 吹っ飛ばされたルタは、地に伏しながら態勢を変えてサルーゴのほうを向いた。するとなんと、サルーゴと五十人の悪魔たちの姿。氷漬けにされている五十人はそのままなので、彼らとはまた別の五十人がサルーゴに従っているらしい。

「ルタ様。……いやルタ。その大層驚いた顔、良いですねぇ。とても気持ちがいい」

「キ……、サマ……、なんの、つもりじゃ……」

「おや、お分かりにならない? ……アナタへの復讐ですよ」

「……なん、じゃと」


「さんざん我らをこき使った挙句、勇者などに敗れてしまった。横暴なアナタに従っていたのは、アナタが強かったからだというのに」

「く……っ」

「ゆえに我々は『魔王アンチ』として、いずれ蘇るアナタを『完全な亡き者』にしようと考えていたのです」

「ふ、ふ……。まるで、バカじゃのう……」

 魔王ルタは死んでも復活できる。なので、ここで殺されたとしても、時間をかけて復讐し返すだけの話なのだ。しかしサルーゴはそんなこと、当然理解している。



「……もしや、この後に蘇れるとお思いで?」

「っ!?」


「アナタが死んでから今まで、実に六年。そのかんの研究で見つかったのですよ……、『魔滅石まめつせき』が」

 サルーゴが不敵に言った魔滅石まめつせきとは、悪魔の「魔力を殺す」もの。ルタも「それがもし存在するとしたら」という仮定で付けられた、魔滅石まめつせきという名だけを知っていたが、実在することや実用に至っていることまでは知らなかった。



 だが今、サルーゴは何故そんなことを口にしたのか。さらにルタは、ただ刺されただけにしては異様な倦怠感に襲われていた……。

「ま……、まさ、か……ッ!!」


「察しが良いようですねぇ。その通り、その『フォーク』の先端に『魔滅石まめつせき』の欠片を仕込んであるのです!」

 ということは、ルタは魔滅石まめつせきにより、現在進行形で魔力を殺され続けている。それも体表に触れる程度ではなく、「体内に侵食する」という形で。ルタの復活は死亡時に一定数の魔力が必要であるため、このまま魔力が無くなっては蘇ることができなくなってしまう。



 ルタは震える手でフォークを外そうとするが……、それをサルーゴたちが指を咥えて待つはずがない。

 ――ザクッ! ズシャッ! ザクザクザクッッッ!!!

「ぐアああああああああああッッッッッ!!!!?」

 フォークや剣、槍といった多様な刃物が、次々とルタの身に刺さってゆく!



「……フフフ、ハハハハハ!! 無様ですねェ! 元魔王ともあろうお方がァ!!」

 六年余前と立場が逆転し、かつての王を踏み潰すような高揚感にサルーゴはたかぶりを隠せない。

「まさか、たかだか石ころ一つで、こうも変わるとはねェ!!」

 ……サルーゴと、もう五十人の悪魔たちの首元をよく見ると、肌に触れぬように石が埋め込まれたペンダントを着けていた。そう、それもまた魔滅石まめつせき。なんとその石は触れた魔力を殺す以外に、「魔力探知から身を隠す」効果もあったのだ。



「……ぁぁ、……ッ」

(ここで、ワラワは……、終わるのか……)

 もうルタの身体からほぼ全ての魔力が消えており、復活はおろか、指を動かすことすら難しい状態になっていた。赤黒く染まった彼女の身体は、呼吸により僅かに上下することしかできていない。


(あ、アイツのせいじゃぞ……、ジョー……! アイツがいなければ……)

 ルタの目から、涙が零れ落ちる。



(アイツが………………、ここにいれば。いてくれれば……、もう悔いは……)




 ……その時だった。突然辺りが眩い光で照らされ、雷鳴のようなゴロゴロゴロ! という音が響き渡る!


 それは「瞬間移動魔法」の音。かつてこの世に魔法を作り出した賢者は、瞬間移動を思いついたと同時に、それが暗殺で悪用されることを懸念した。なので、瞬間移動の際には音と光で周囲に知らせる仕組みが必ず搭載される。

 もちろんそれでは「瞬間移動してきた者がいるぞ」と大声で叫んでいるようなものなので、瞬間移動を行楽こうらく以外で使う者は少ない。それでも使うということは、よほどの手練れか、バカかの二つというわけである。



 光が消えた後……、そこには「世界一の手練れ」である勇者「ジョー」がいた。



 ジョーは多数の武器が刺さったルタの姿を見て、すぐに駆け寄っていく。

「ルタ……っ」

「オマエ……。な、ぜだ……………、なぜ、こんな、ところに…… )

 もうまともに声も出なくなってしまったルタを、ジョーは抱き抱えた。


(ワラワ、は……、もう、少女では、ないのじゃぞ……)

「ルタ……、……やむをえん」

 ジョーは目を閉じると、決意の表情でルタを抱える力を強める。すると……、彼の身体から光り輝く「魔力」が溢れ、ルタの身を包みだした。

「……」

(なんじゃ……、これは。ジョー……、――ま、まさか!?)



「ゃ……、え、……ぉ」

 ルタは「やめろ」と言おうとした。何故なら、ジョーがなにをしようとしているか分かったからだ。しかしルタの意に反して、「ジョーの力」も「魔力の光」も弱まることを知らない。



 ジョーの使おうとしている魔法の名は「ライフ・イールド」。その効果は……、禁忌である「命の譲渡」。彼は死にかけているルタに、自分の命を与えて生き永らえさせようとしているというわけだ。しかしその代償は、使用者の「死」……。

(ふざ、けるな……! 何故、オマエが死ぬ……!)


 すなわち、自己犠牲。それは悪魔であるルタには本来、考えられないことであった。客観的に考えれば、自分を苦しめた勇者がわざわざ命を投げ、魔王を助けようとしている。敵が消えて自分は治り、一石二鳥。むしろ歓迎すべきである。


 だが……、今のルタには決して受け入れられるものではない。それなのに、彼の魔法を止める術がないかを探し……、どうしても思いつかない。止めたいのに止めることができない。



 ……このままでは死にきれないし、死なせきれない。どちらにしても、深い後悔が残る。そう思ったルタは自身に残った最後の魔力を振り絞り、「マインドウォッチ」をジョーに使うことにした。

 最期にあのラブコールを聞くことになったとして、それはそれで悪くない……。



 ………………。


 ルタ、愛している……。どうか、お前を守れなかった償いをさせてくれ……。


(な……、……ジョー? 口数、いや、思考数しこうかずが減って……。……ワラワが少女の姿ではないからか……?)


 今回は、きっと間に合うはずだ。ルタ……、お前が居なかったから、必死で探したぞ。……見つかって、お前の危機に間に合えて、本当に良かった。


(なにが「良かった」じゃ! やめろ、と言っているじゃろうが!! 何故、お前がわざわざ死ぬのじゃ……!)


 それはな、ルタ……。俺はもう二度と、大事なものを失いたくないからだ。家族を、仲間を失った。だからもう……、これ以上失いたくないんだ。


(はあ? だ、大事なものじゃと……!? いや、仲間はワラワのせいじゃったし、それは当て付けか!? ……い、いやその前に、何故ワラワの思考に反応しておるのじゃ!?)


 ……なんとなく、そう言っている気がしてな。心配をかけて……、すまない。


(ええい、心を読み返すなど、ロリコンもここまでくると、尊敬の域じゃわ! ……まあ、今のワラワは少女ではないのじゃが)


 「ロリコン」? ……なんだ、それは?


(フン、教えてやろう! それはオマエのような、少女なんぞに欲情するオロカモノのことじゃ!)


 そうなのか。……「ロリコン」、か。誉め言葉として……、受け取っておこう。


(ど・こ・が、誉め言葉じゃ!! オマエが抱き着いてきた時に一度、心を見させてもらったぞ! あれはサイアクに気持ちが悪かった!! よいか、「ロリコン」というのは「気持ち悪いヤツ」ということじゃ! ……きっとな、きっと!!)


 褒めていないのか……。ところで、今は気持ち悪くないのか?


(……そ、そうじゃな。まあ、気持ち悪くはない、ぞ。……どちらかと言えば、心地よいくらいか。お前の声は)


 そうか、「心地よい」か……。……ちょっと、嬉しい。お前の気持ちが聞けて、良かった……。


(あっ!! いや、心地よいと言ったわけではなく!! ああもう! ちょっとでも考えるだけでこうなるか! ぐぬぬ……、オマエはいつも、ワラワの気を乱しおる! 本当に……、こんな時まで……っ!)



 ……ああ、そろそろ終わるぞ。……動けるようになったら、すぐに逃げてくれ。


(ッ!! イヤじゃ、よせ! やめろ、やめてくれ!! ワラワは、……ワラワも! ソナタに死んでほしくはないのじゃ!! 考えなおせ、ジョー!!!)



 そうだ、最後にひとつ……、伝えておかないとな。


(……!)


 今日は「目玉焼き」しか作れなかった。よかったら、食べてくれ。




 輝く光はルタとジョーを包み込んでおり、サルーゴと悪魔たちは全員、目を強く閉じている。まるで太陽を直視するかのように、眩しいのだ。誰もが目を閉じたまま、光が収まるのを待つことしかできない。

「くっ……!? な、なにが起きたのです!」

 サルーゴからすれば、突然勇者がやってきて、突然光に包まれて眩しいだけ。そこでなにがあったかなど、彼らの知るところではない……。


 ……。


 弱まっていく光の中に、一人の小さな影が立ち上がった。



「本当に、ソナタは……、オオバカモノじゃ」

 ……その影には、角も、尻尾も、羽も無い。その姿は、「人間の少女」であった。



つづく

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