第2話 かつての敵、かつての味方

 それからというもの、ジョーはルタの廃墟小屋へ何度もやってきた。それも、ただ訪れるのではなく、差し入れとともに。

 最初は「食料品」、次は少女ものの「衣類」。人間にとっての生活用品を、しかもリヤカー満杯まで詰めて持ってきていたのだ。


 ルタも最初はそれらを焼いてしまおうと思っていた。

 しかし実際に服を着てみると「悪くない」。フリフリの明るい服など似合わないと思っていたが、鏡――氷魔法で作ったものである――を見て、思わず感激で「これがワラワ……!?」などと呟いてしまった。そして何故かサイズがぴったりだったが、どうやって測ったのか……は、怖いので考えないようにした。

 一方で、食料品の味についてはやや不満が残り……、否。問題点はそこではない。何故「勇者」であるジョーが「魔王」へ差し入れをするのか、というのがルタの思うところなのだ。

 これが「爆薬」や「聖印」などの危険物を渡すなら、魔王への攻撃となるので理解できる。しかし食料品も衣類も、悪魔にとってなにひとつ害にはならない。



 ……なのでルタは、三回目である今回は真っ向からぶつかることにした。

「ジョー! キサマ、どういうつもりじゃ!!」

「そうか……、不服か」

 ルタの声を聞き、「差し入れ」に不満があったのだろうとジョーは判断したようだ。しかしそれは、ルタの言葉の真意ではない。


「キサマはこれが『魔王への貢ぎ物』と分かっておるのか、と聞いているのじゃ!」

「そうか……、なら、気に入ってくれたか?」

「……ぐぬぬぬ! この、分からぬか!! ワラワは」

「『魔王ルタ』、なんだろう?」

「……っ!」


 とても落ち着いた、しかし、強い意思を感じる声。彼は魔王のことを忘れているのでも、ふざけているわけでもないらしい。本当に、ジョーがどう考えているのか知りたいところだったが、またあのイカれたラブコールを聞くのは絶対に嫌だ。


「フン! ということは、キサマは『魔王』へ肩入れしているわけじゃな! そうかそうか、人間を裏切り、ワラワの部下になりたいか!?」

「そう……、なのかもしれんな」

 ……ルタは彼のその言葉を聞き、怒りを覚えた。


 これが、「人間」のために命を懸けて戦った者の言うことか? ワラワと殺し合いをした者の言うことか? あの殺意はどこへ行った? ワラワが殺したあいつらは、どうでもよいのか? それらを否定し、人間を裏切るのか?

 なにより……、これがワラワの見込んだ人間の態度なのか?


「くだらん、……ああ、くだらん! キサマのようなフヌケなど部下に要らんわ! 出直してこい!」

「分かった……。だが、最後に聞いていいか?」

「……なんじゃ」


「食事はどうだった?」

「……ッ!! あんなマズいモノ、二度と持ってくるな! 帰れ!!」

「そうか……」

 ジョーはそう呟くと、ルタへ背を向けて歩き始める。

 あれだけ言ったのにまるで手応えがない。その彼の態度が、ルタを一層怒らせた。



(……フン、そうか。キサマがそういう態度であるなら、トコトン利用してやる! 必ず後悔させてやるぞ、ジョー!!)

 ルタは、去っていくジョーを見てこう思ったのだった。



 ……それから、ジョーは毎日来ることはなかった。一方で、さらに次の日に雑多な調理器具、掃除道具をこれまたリヤカーいっぱいに持ってきた。

「掃除は得意じゃないが……、料理なら自信があるぞ」


 電気やガスが通っていない場所での調理器具といえばカセットコンロだが、そんなものはこの世界に存在しない。だが、魔法があるので似たようなことは可能なのだ。


「まあ、ご苦労じゃの。ワラワのためにせいぜい働くが良いわ」

「……ああ」


 もうルタは、ジョーの行動については気にしないことにした。

 そもそもルタは家事を積極的にするタイプではなく、魔王として振る舞っていた時も部下や側近に身の回りの世話をさせていた。その担い手がジョーになっただけで、むしろこういった生活には慣れているのだ。


「……力が戻るまで、世話をされてやろう。ありがたく思えよ、ジョー」



 ルタの思惑通り、その日々は続いてゆく。


「なんじゃこの味付けは、薄いぞ!」

「……すまない、気をつける」


 ……。


「肉が固い! パサパサするのじゃ!」

「ああ、悪かった……」


 ……。


「……それはなんじゃ?」

「『目玉焼き』、だ」

「『目玉』じゃと!? そんなものを食わせるのか!」

「そうじゃない……、これは鳥の卵でな」


 ……。


「前から思ってたが、ワラワの食事をジロジロ見ないでもらおうか」

「失礼した、すまない……」

「違う、後ろを向かんでいい。……キサマは食べぬのか?」

「……」

「たまにはキサマも、共に座れいよ」


 ……。


「オマエもヒマなヤツじゃな。他にやることないのかの?」

「……ないな」

「人間には家族があると聞いた。オマエにもいるのじゃろ?」

「……」

「魔王の世話なんぞして、バレたら呆れられるのではないか?」

「家族は……、『いた』な。俺が、戦いを決意する前のことだ……」


「………………」

「おい……、黙るな。続きが気になるじゃろうが」


 ……。


「これだけ毎回、よくも持ってこられるものよの。よほど金持ちか、オマエは」

「国や精霊たちから、色々たくさん貰った。……俺一人には多すぎた」

「まさか、ワラワを倒した褒美かッ!? ぐぬぬぬ……」

「……だから、お前にも受け取る権利がある」



 こうして時間が過ぎてゆき……、ルタは少女の姿のままに力を蓄えていった。


 もう元の姿に成れるほどには力が戻っているのだが、少女の姿は燃費が良い。ルタはまだまだ全盛期の半分くらいの力しかないので、引き続きこの姿で過ごし、より力を蓄えようと考えていたのである。


 だがそんな生活も、だんだん飽きてきた。ルタはずっと小屋の中で過ごし、炊事・洗濯・掃除といった家事全般はほとんどジョーがやっている。なのでつまり、ルタは「ヒマ」なのだ。

 そして少女の姿というのは、見た目が人間とほとんど変わらない。そこでジョーの持ってきた服を着ると、どう見ても「人間の少女」の見た目になる。ということは、後は魔力探知さえ対策すれば、街に行っても誰にも「魔王ルタ」だとバレないということ。さらにルタは魔力をコントロールできるため、探知対策も完璧だ。

 何故こうまでして偽装するかというと、力がハンパな状態で討伐されないため。過去に「勇者」と名乗る者はジョー以外にも存在していたため、その手合いに見つかって退治されることは避けたいのである。



 そんなわけでルタは今日、朝から街に来ていた。ジョーが廃墟小屋に来るのは大体昼過ぎなので、昼までに戻れば彼にも外出したことがバレない。……バレたところで特に問題は無いのだが。

 さて、ルタはなにしに来たのかというと……、目当ては「本」。衣食住満ち足りている彼女は、それらから得るのが難しい「知識」を欲していた。中でも特に、ルタが死んでいたり廃墟に引きこもっていたりと、世俗から離れていたために得られなかった知識を身に着けたいと考えていたのだ。……魔王と勇者の戦いから時間が経っており、復興も進んでいる。なので、そうした娯楽も今は存分に普及している。


 ルタが狙うのは、週刊的に発行されている厚みのない雑誌。それを図書館の入り口付近で見つけ、魔王らしくなくマナーを守って無言で読んでいた。

(……ほう。近頃『流行している言葉』とな)

 若者向けの流行語などが書かれているページに目を通す。人によっては、くだらぬコラムだと吐き捨てるかもしれないが、こうした部分から「人の生活」が読み取れることもあるので、なかなか侮れない。


(ええと? 『ロリータコンプレックス』……。長いので、省略して『ロリコン』と呼ばれる、ほほう。最近増加傾向にあり……、人間の性格のようなものかの? で、その意味は……)


 ……。


「あ……!?」

 それを見て、ルタは思わず声が漏れてしまった。


(こ、これは……、ジョーのことではないのか!?)

 書かれていたのは、幼い少女へ恋愛感情を向ける男性「ロリコン」について。大人の女性には目もくれず、あくまで少女だけが好きであるという。……もしジョーが「そう」だとしたら、今までの不審な行動も納得がいく。ならば、魔王だ勇者だと気にしていたのはルタだけで、ジョーは「ルタの見た目」だけを見ていたことになる。

「……ッ!!」


 ルタはつい魔力を解放しそうになったが、ギリギリ堪えて雑誌を戻し、図書館を出た。そして早まる足取りは街の外……、廃墟小屋とは逆のほうへ向かった。



 街から(現代日本換算で)一キロメートルほど離れたルタは、抑えていた気持ちと魔力を解放し、ドシン! ひと思いに地面を踏み叩く。

「このッ!! オオバカモノがぁぁぁぁぁッッッ!!!」


 ……ジョーがルタに対して不自然なほどに優しかったのは、ルタの「少女の見た目に欲情」していたから。そうと考えると、ジョー本人もそうだが、彼に気を許しかけていたルタ自身のことも許せなかった。


「ジョーも!! ワラワも!! この、なんか……、もう……!!!」



 ――うがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!



 許せないあまり、ルタはその感情を言語化するより叫びたかった。いくら考えたところで過去は変わらず、起きたことは否定できない。そんな状況でこの気持ちを言語化してしまえば、自分でもなにをするか分からなくなる。だから、叫ぶのだ。

 なにゆえ彼を、そして自分を許せないのか。その追及は、今のルタにとって絶対に目を合わせたくないこと。もし理由が明らかになってしまえば、自分という存在が揺らぐ気がしていたのだ。


 ……。





「はぁ、はぁ、はぁ……」


 ひとしきり叫んで頭が冷静になり、ひとまず小屋へ帰ろうと考えたルタは、なんの気もなしに魔力探知を行った。それは周囲に外敵がいないか確認するための、魔力を持つ者特有の癖である。

「ん……!?」

 すると、予想外の場所から「感じ慣れた」反応があった。ここが街外れであるとはいえ、人間のにとても近い。そんな場所で「悪魔」の反応があったのだ。


「『サルーゴ』のヤツか。はぁ……、……流石に見て見ぬフリはできんな」

 その魔力はかつての魔王ルタの側近、「サルーゴ」のもの……。


 ……。


 魔力反応を目印に移動すると、そこには微毒の霧と立入禁止の立て札があった。

 なるほど。人間向けに「禁則地」と振る舞いつつ、あえて人間たちの居住区の近くに隠れ家を構えたのか。と、ルタは感心していた。

 魔王が死んだことで戦争に負けた悪魔は、人間たちから迫害される立ち場となっている。少しでも悪事を働こうものなら、勇者を名乗る正義屋が悪魔を退治しに駆けつけてきてしまう。なので、悪魔は人間たちから隠れる必要があった。


 立て札の先に進むと霧は無くなり、やがて奥には洞窟の入り口が見えてくる。



 ……。



 中に入ると、意外とスペースが広がっている。暗くて全体の把握は難しいが、軽い「村」程度の規模はありそうだった。

「サルーゴ、いるか? ……ワラワじゃ、ルタじゃ」


 その声が響き渡ると、洞窟内に多数の紫色の炎が点く。そこに現れた影は、青黒い肌に二本の角、尻尾と羽の生えた「悪魔」そのものだった。

「……おやおや、これはこれは。魔王様ではありませんか」

「久しいのう、サルーゴ」

「ええ、そうですねぇ。……しかし、随分とお可愛らしい姿となって」

「ウッ……!」

 側近の再会だというのに、魔王はフリフリの服を着た少女。ルタはこの姿でいるのが当たり前すぎて、それが不自然ということに気づいていなかった。


「ところでルタ様。どういったご用向きで?」

「あー……、特に無いな。たまたまオマエの魔力を見たから、挨拶にきただけじゃ」

「そうでございますか。それは好都合……」

「あん?」


 不敵に微笑むサルーゴ。よく見ると、その後ろには多数の悪魔がいた。

「サルーゴ。その、後ろの連中はなんじゃ?」

「ええ、この方々は新たな『軍隊』でございます」

 「軍隊」と紹介された悪魔たちは、鋭利な巨大フォーク、爪付きメリケンサック、尖った装飾の剣などの武器を持っていた。

「ほう、なかなかやり手のようじゃな。……何故、こんなところに軍隊がおる?」

「それは、ルタ様をお迎えするためですかねぇ」


「なるほどのう、『お迎え』とな。……敵意剥き出しの状態で、か」


 ルタは腐っても魔王。たとえ戦いの勘が鈍ろうとも、その嗅覚は一般悪魔の比ではない。なので、サルーゴたちが自分へ敵意を向けていると最初から気づいていた。

 ……本当は事前に「マインドウォッチ」をしていただけなのだが。



 ルタはなにもないところを掴んで「手斧」を取り出し、「軍隊」へ叩きつけるように投げた!

 それは魔王七つ道具の一つ、「ルタ・ハンドアクス」。放り投げれば着弾とともに闇の炎を噴き出し、灼熱地獄を呼び……。


「……あ! 忘れとった!!」


 悪魔たちは手斧を避け、手斧は地面に突き刺さる。しかし……、それ以上なにも起きない。


 ルタはまたもや、自分が少女の姿であることを忘れていた。確かにこの姿は燃費が良いのだが、それは魔力を消耗しないため。言い換えれば魔力の出力が落ちるので、戦闘向きではないのである。もしもこれが元の姿であれば、確かに手斧から闇の炎が噴き出したのだが……。



(ええい、あのジョ……、ロリコン野郎めッ!)


 心の中でも彼の名を言いたくないルタは、慌てて服を「掴む」。そして、一瞬だけ光に包まれたかと思うと、大人の女性の姿で角・羽・尻尾が立派な、闇の衣を纏った「魔王ルタ」がいた。……なお、本当は少女の姿でも角などは生えていたが、髪や服に隠れていた。



 全盛期と同じ姿になったルタを見て、サルーゴは言う。

「おでましのようですねぇ、ルタ様。ああそれにしても……、いきなり武器を投げるなど、酷いではありませんか」

「ほう、『それにしても』とな。急に斧を投げられて『それにしても』、と言うか」


 サルーゴはルタが武器を投げたことよりも、姿が戻ったことを先に口にした。さらには武器投擲とうてきに対し、まるで優先度が低いように「それにしても」と言ったのだ。これがもし友好的に振る舞いたいのなら、先に「何故武器を投げたのです、魔王様!」くらいは言うはずである。やはり、今のサルーゴには敵対の意思しか無いようだ。



「キサマの事情は知らんが、その気ならワラワも容赦せんよ。……覚悟はよいな」


 魔王ルタは、サルーゴと五十人の悪魔を相手に戦う意思を表明した。



つづく

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