ラストバトルの数年後 ~魔王はロリで、勇者はロリコン~

ぐぅ先

第1話 廃墟小屋の魔王少女と

 かつて「勇者」は三人の仲間とともに、この世を脅かす「魔王」を倒す旅をした。

 数多あまたの悪魔の頂点に立つ魔王の強さは凄まじく、勇者はボロボロになりながら――仲間を犠牲にして――、やっとの思いで魔王を倒し、平和を掴みとったのだ。


 しかし、今……、魔王が落とした「種」が芽吹いていることを知る者は少ない。



「……ジョーさん、ここッス」

 

 ある廃墟小屋を望む、渇いた平原。そこに二人の男がいた。ジョーと呼ばれたほうの男は、軽装ながらも立派な防具を身につけている。言葉を発したもう一人は褐色の衣に身を包んでおり、保護色の要領で地面に溶け込んでいた。


「そう……、か。ここに……」

 ジョーと呼ばれた男は、じっと廃墟を見つめる……。


「じゃ、じゃあ、オイラはもういいッスよね? あの……」

「ああ、問題ない。……報酬だ、受け取れ」

 そう言うとジョーは、男の顔を見ながら一枚の紙切れを手渡した。それはいわゆる小切手のようなもの。街の銀行にでも渡せば、書かれている金額をそのまま受け取れるのだ。

「あざッス! ええと、一、十、百……。……ええっ! こんなに!?」

 そこに書かれた数字は、予定の報酬額より三割も多い。

「……こうでもしないと金が減らんからな。俺の代わりに使ってくれ」

「ほ……、ホントに……、あざッス!! じゃあ、失礼しやス!」


 褐色衣の男は、足早に廃墟から遠ざかっていった……。



 ジョーは再び、廃墟へ目線を移す。

「ここに……、『魔王』の……」


 ……生ける伝説である、勇者「ジョー」。その宿敵と似た反応がこの廃墟から漂うのを、彼は感じていた。



 廃墟には、一人の「少女」がいた。しかもただの少女ではなく、八歳ほどに見える幼子おさなごである。しかし彼女の「眼」と「頭髪」は青紫色に怪しく輝き、只者ではないことを示していた。


「くっ……、もう見つかるとは、誤算じゃった……」


 ……死した伝説である、魔王「ルタ」。なんとそれが彼女の正体だった。しかし、ルタは本来、成熟した大人の女性の姿をしている。


 ルタは悪魔たちの王であり、一般生物の枠に収まらない。ゆえに死後に蘇ることも可能である。だが、いくら魔王とはいえ無償で蘇ることはできず、今は力の大部分を失って子供の姿になっているのだ。そして人間と同じように日々成長を続けており、全盛期の力を取り戻そうと水面下で活動していた。……それなのに、見つかってしまった。それが彼女にとっての「誤算」ということである。


 ルタに限らず、悪魔は魔力をレーダーのように使い、周囲の生物の様子を伺うことができる。そして魔力を使えるのは勇者であるジョーも同じ。現在、ジョーとルタは互いを視認していないが、魔力で互いを探知しているのだ。



 すでに、ジョーは壁の向こう側くらいまで来ている。ここから、魔力で「魔法」を使い「瞬間移動」することも不可能ではないが、ジョーほどの強者の前では行き先を探知され、すぐに後を追われてしまうだろう。そうすると、瞬間移動に使用した魔力が丸々無駄になる。……こうなってしまえば、逃げるより立ち向かう他は無い。


「全盛期には程遠いが……、るしかないようじゃな」

 ルタは空中のなにもないところを「掴み」、「大きな鎌を取り出した」。



 ……廃墟の出入り口は大きめのアーチ形。その真正面を目指してジョーは進んでいるようだった。要するに奇襲を警戒することなく堂々と向かってきている。

 ルタは自分の位置が感知されていることを考え、自分と同じ魔力反応を示すデコイを二機起動。さらに自分自身の魔力を限界まで抑え、探知してもデコイしか見つからないようにし、アーチの壁際、ジョーから見て裏側の位置に待ち構える。


 ――来た!


「覚悟ッッッ!!」

 抑制していた魔力を解放しながら、ルタは全力でジョーの首を鎌で狙う。



 パシッ……。



 しかし、あまりにあっけなく鎌の刃を掴まれてしまった。さらに、ミシミシ……、パキン!! あっという間に刃を砕かれ、鎌がただの棒となってしまう。

「なっ……!!?」


 全盛期の魔王と死闘を繰り広げた「勇者」であるジョーは、人間でありながら悪魔がかわいく思えるほどの強さを持っている。しかもなんと、ジョーは探知で場所を知っていたのではなく、廃墟に入って視界の端でルタを捕えた瞬間に反応していた。つまり、奇襲していなくても結果は変わらなかったのだ。


 だが、やはり逃げることはできない。ルタは残った棒を武器として振り回……、す前に奪われ……、バキン! ジョーが両端を掴んでそのまま棒をへし折られた。



「な、なら……、【ファイア】!」

 ルタは続いて距離をとりつつ、火の玉を撃ち出す魔法「ファイア」を使用。だが、ジョーが軽く手を振っただけで弾き飛ばされた。「ファイア」が当たったのは右手の甲だったが、火傷どころか傷ひとつ付いていない。


 ザッ、ザッ、……と一歩ずつ距離を詰めてくるジョー。武器も魔法も、通じない。少女の身体では素手の攻撃など、てんで弱い。さらにこの近さでは「瞬間移動」すら使用前に止められるのがオチである。

「来るな! く、来るなぁッ!!」

 もはやルタは、人間の少女のように言葉の攻撃しかできなかった。言葉はダメージこそ無いが、相手の耳に届いて通用する。当然、そんなことにはなんの意味も無い。


 ……ついにルタは壁まで追い詰められ、ジョーはルタに触れられるほど近くまで。

ここまで来たらもう、どうすることもできない。



 そしてジョーは……、ルタを「抱きしめた」。



「………………え?」

 想定していた痛みとは正反対の、優しい感覚にルタは包まれた。


 どういう思惑なのか分からず、ルタはジョーの顔を見ようとする。しかし態勢的に互いの顔を見ることはできない。身体をよじろうにもジョーの腕は力強く、あまり身動きも取れない。


 なのでルタは、魔法で思考を読み取ることにした。

(ええい。【マインドウォッチ】、ジョー……!)

 人間や悪魔一人だけを対象に、その考えていることを読み取る魔法である。



 ……。


 良い、素晴らしい、かわいい、あたたかい、良い柔らかい尊い素敵好き。付き合いたい結婚したい。奇跡の出会いに感謝するしかない。本当になんて愛らしさだろう。愛しい。抱きしめたい、いやもう抱きしめているだからもっとしていたい。良い柔らかい尊い素敵好き。声も最高。財宝。もっと話してほしい。その声で褒められたい。好きって言われたい。でも罵られたい。嫌いって言われたい。ああ、どっちも良い柔らかい尊い素敵好き。好き。美しい。かわいい。でもかわいい顔が見えない、でも抱きしめたい。抱きしめながら顔を見たい。いや見なくていい。あたたかいし癒されるしそこに居ることが奇跡だし守りたい。好きだと伝えたい。でも嫌われたらどうしよう。立ち直れない。いやそれでもこの子がいるなら立ち直れる。可憐な華に救われる。ああ良い柔らかい尊い素敵好き。愛してる。付き合いたい結婚したい。魔力も好き。かわいい見た目も大好き。この子は俺のことを見てくれたのかな。好き。駄目だこのままでは語彙力が無くなってしまう。この偉大さを表すには言葉が足りない。この世の全てを集めても伝えきれない。表現できない。どうしよう。良い柔らかい尊い素敵好き。かわいい、かわいいかわいいかわいいかわいい


「――きゃああああああああああああああああああッッッ!!!!?」

 ルタは体内から込み上げるものを感じ、その発散のために叫んだ。


 彼女が「マインドウォッチ」で読み取ったのは一秒にも満たない僅かな時間だったのだが、それだけでこの情報量が流れ込んできた。ルタの知る当時のジョーは寡黙な男で、まさか内にこんな気持ちを秘めているとは思っていなかった。



 ジョーは……、言葉を濁さずに表すと「ロリコン」であった。言い換えると「小児性愛」「幼女趣味」、要するに小さな女の子が大好きなのである。

 今までは戦乱により幼子おさなご、特に女の子はジョーの目に触れる場所に一人も居なかった。だからこそジョーはそんな世界にした魔王を憎み、それが討伐のモチベーションにもなっていたのだ。

 しかしだからといって、魔王を倒せるほど強い男の近くに我が子を近づかせたがる親はおらず、魔王討伐後も女の子と触れ合う機会は無かったのだが。


 そしてそんな中、ジョーは「街はずれにある廃墟に魔王の気配がする」という噂を聞き、ここに来ていた。なお「魔王が少女の姿をしている」ということは一切聞いておらず、また、魔力探知でもそのことは分からなかった。なので、ルタが奇襲してその姿を見た一瞬でジョーの想いは爆発し、ルタを抱きしめるに至ったのである。



「離せ、離せ離せぇぇぇッ!!」

 ルタはもがき、全身で「嫌だ」と表現した。……するとジョーの力が弱まり、解放される。動けるようになったルタは脳内の赤信号に従い、ジョーから全力で離れた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「………………すまない。つい」

 見ると、ジョーは申し訳なさそうに目を伏せている。


「まだ、俺の名も言っていないのにな……。俺は、『ジョー』と言う者だ」

「……」

「良ければ……、君の名を、聞かせてもらえないだろうか」

「………………」

 ひたすら怯えながら、睨むルタ。ジョーは今の態度だけを見れば紳士的だが……、仮に名を名乗っていたとしても、見知らぬ少女を抱きしめるという行為は紳士の行動ではない。



 だが、ルタは思いついた。ジョーは今の自分が魔王ルタであると知らない。ならば「あえて名乗る」ことで妙な気も起こさなくなるのではないかと。かつて殺戮の限りを尽くし、世に混沌を落とした魔王。それと最も密接に関わり死闘を繰り広げた人間が彼なのだから、名を聞くだけで態度が一変するに違いない。


「フン、よかろう! ……ワラワの名はルタ。魔王『ルタ』じゃ!」

「………………」

 ジョーの様子は……特に変わらない。ように見える。しかし彼は態度が表に出ない人間なので、内心驚いている可能性もある。



(よし、ならばもう一度……【マインドウォッチ】、ジョー!)


 ……。

 なんと麗しい瞳。なんと麗しい口。可憐で快活で至宝。良い美しい尊い素敵好き。かわいい。全てを注ぎ守りたい。また抱きしめたい。抱きしめ続けていたい。これは危ない。良い美しい尊い素敵好き


「――うっぷ!?」

 ルタは「気配」を感じてすぐ「マインドウォッチ」を解除。それでも僅かに吐き気がもたらされてしまった。

(まさかコイツ、話を聞いていないのか? それとも、ワラワの名を忘れたのか?)


 ……良い。


「――はっ!?」

 もう「マインドウォッチ」は解除したのに、ジョーの声が聞こえてくる。まさか、ついに直接、脳内へ声を? ……と思ったルタだったが、そうではないらしい。



「良い……、名だな。『ルタ』か」

 ジョーは少しだけ微笑みながら、彼女の顔を見て言った。

「……!!」

 まるで想定と違う反応に、ルタは驚きを隠せない。

 ジョーは驚きもせず、動揺もせず、嫌いもせず、はぐらかしも誤魔化しもしない。ただ、先ほどと変わらぬ感情を秘めたまま、名を褒めてきた。


「どういうつもりじゃ、ジョー! まさか、ワラワの名を忘れたのか!?」

「……お前は、魔王なのか?」

「そうじゃと言っておる! ワラワが、キサマの仲間に手をかけた魔王ルタじゃ!」

「……」

 それでも、ジョーの表情は変わらない。それどころか……。


「――待て、ジョー! どこへ行くつもりじゃ!!」

「今日は、失礼した。……また、来させてもらう」

 なんとジョーは、ルタに背を向けて立ち去ろうとした。彼の耳には「魔王ルタ」という名前は聞こえているはず。そして、その魔王が過去にしたことも。

 そもそも、ルタが言うまでもなく悲惨な状況だったことは、ジョー自身がよく知っている。なのにわざわざルタがそれを言って、逆上することもなく淡々としている。

 内心は……、おそらく色づきに色づきまくっていることだろうが。



「……ま、魔王がナメられて終わってたまるか! 【ジャック・ファイア】!」

 ルタは無視にも等しいジョーの態度に悔しさを募らせ、先ほど放った「ファイア」の強化魔法、「ジャック・ファイア」を使用。両手に火の玉を作り出し、二つを合わせて大きな火球を彼の背中に放つ!


 しかし……、火球は燃え上がることなく、当たった瞬間に消滅した。



「あ………………」

 ジョーは遠ざかってゆく。ルタは手を伸ばすが、その速度が落ちることはない。


 本当に、ジョーはなにを考えているのか。ルタはもう一度「マインドウォッチ」を使おうかと思ったが……、また「アレ」が流れてくるかもしれないと思うと、その気になれなかった。



 ……そしてついに、ジョーの姿は見えなくなる。彼は、「また来させてもらう」と言ったが……、果たして本当に来るのだろうか。

 しかしどちらにせよ、ルタの身は無事のまま。身体には傷一つ付いていない。


「ジョーめ……、……ジョーめ!!」

 一方で、ルタの「心」には影が落とされることとなった。



つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る