第29話〰空想は自分の家だけで〰
『先輩、私……』
『ん?どうしたの改まって』
『先輩に言わなきゃいけないことがあって…』
『……。』
『私が、先輩が戦う度にかけてた魔法…』
『あぁ、あの体が強くなる魔法。あれがなきゃ魔王なんて絶対倒せなかった。お前が世界救ったようなもんだ。感謝してもしきれない』
『あの魔法、力と引き換えに術者の寿命を削る代償があって……』
『えっ……!?』
『もう……ここで先輩とお別れしないといけないみたいです……』
『……ま、待ってくれ!!平和を取り戻したら一緒に暮らそうって約束しただろ!!俺、そんなの納得出来ねえよ!!』
『先輩の役にたちたかった…一緒にいろんな想い出作りたかった……その願い、私全部叶えられたんです。だけどなんで、胸が痛むのかな…?』
『お前!?もう消えかかって……嫌だ!!置いて行かないでくれ!!』
『せんぱい…へいわなせかいで…おげんきで……』
『………ぁぁぁっ、ううぅ……。』
『…俺の大切な…愛した人まで亡くし、挙句にあいつを殺した嫌疑をかけられて…
何が《味方殺しの英雄》だ!!こんな狂った世界、救わなきゃ良かった!!』
『俺は、あいつのために、……あいつのために真の平和を取り戻す。
例え《魔王》と言われようとも…あいつと暮らせる方法があるならば!!』
……はああぁ。
すごい引っ張るなー……。そしてベタな展開。
勇者が悪堕ちして、しかも愛する人のせいにしてせっかくの救った世界ぶち壊そうとしてる。うーん…
コツコツ貯めたポイントで…いや、けっこう課金してこのマンガ読んでたけどもういいかな…。
勇者のためになるからデメリットを隠して、でもなかなか本当のことを言い出せない後輩ちゃん、心情描写が絶妙でいい感じだったのに…勇者よーい…
急展開の後の着地点は大事なんだね。知らんけど。
この世はエンタメに満ちあふれている。マンガ、小説、ドラマに映画…
当たり外れも多いが、面白い作品に出会えると自分のことのように嬉しく感じる。
有名になってから原作を読むタイプではなく、あまり注目されてない良作を見つけたいタイプなので、タイトル買いが非常に多い。
昔のマンガと今のマンガで表現もいろいろ変わってるのも面白い。
銃声の擬音がバキューンからパァンになってたり、ガラケーがスマホになってたり、テレビもでかいブラウン管テレビから液晶テレビになってたり……
こういう細かな時代の変化を知ることができるのも醍醐味だろう。ポケベルを某モンスターを捕まえるグッズかと思ってたのは内緒。
娯楽は時間の無駄という人もいるが、私はそうは思わない。読んで見るほどに知識も増えるし、感受性も高まる。
透明な私は外でスポーツなんて絶対にできない…と思うので、エンタメが無かったらきっと死んでいた。ほんと神。
そんなわけで私は、次の神作品に出会いたいと思い、ネットにまた潜り始める。
近所の本屋さんに気軽に行ければいいけど、何せメイクがほんと面倒で…
真っ裸で出かけるのも、姿が見られないとはいえちょっとね…。あ、そもそも本浮いちゃうし無理か。
気軽に立ち読みや買い物もできなくなって、人と対面で話す時だって透明がバレないか常に気にしてオドオドしちゃうし、1年前と比べて性格までガラッと変わった。
体つきが変わったのも地味にキツい。
身長が20センチぐらい縮んだせいで洗濯物を干すのだって一苦労。24本入りのペットボトルも持ち上げられず玄関先で格闘してるし、瓶のフタも開かない。
大きめな胸もいかなる動作において邪魔してくる。なんだこのぷよぷよ。あと2個足しても絶対消えないのが腹立つ。
女性物の服だって買うのも気苦労が絶えない。
ボディラインがなるべく出ないようなサイズの服を買うようにしたいが、ネット通販では届いてからガッカリすることが大半。
家でなら半袖で良いのだが、外出は長袖長ズボンと制限かかるし…
ブラもワイヤーがあるのと無いのとで着け心地が段違いなのも、この身体になって初めて知った。留めるホックの位置が前後違うのもあることも知った。男性はそこまで知らんよ。初見ばっかり。
……ダメだ。またネガティブになってしまうな…。
パン、と見えない両頬を叩いて気合いを入れ直す。
難しいことを考えないようにして、ネットサーフィンを始めるのだった。
面白そうな作品、あるといいな……。
……。
なんか転生とか悪役令嬢、ダンジョン…とかが多く目に留まる。
これが流行なのか、と思いながら検索を続ける。5年後も流行ってるのかな…。
…ん?『進行度が侵攻度に誤植されたから、俺は勇者から魔王になる』……。
お、ちょっと興味ある。
もしかしたら誤植系ライトノベル、これから流行るかも?
なんて気になる作品を探して一日を終え、今日も無事に過ごすことが出来た。…まぁ、出かけてないから危険も殆ど無いのだが。
あ、でもいきなり機器の点検とか来るからなぁ…けっこう油断ならない。
内向的な透明人間は、今日もぐうたら生活を謳歌する。
つづく
とうめい×とらんす=人生ハードモード☆ クリップ @Qlip-showsetsu
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