第28話〰大きいのはいい事〰


ぷにぷに。

ぷにぷにぷにぷに。


「んー…」


何かお腹が前より出たような気がする…

そういえば透明女になった時から体重を測っていない。

気軽に外に出歩ける体じゃなくなり、食っちゃ寝のぐうたらライフを強いられて一体どれくらい太ったのだろう。


恐る恐る体重計に乗る。まあそんなに劇的に増えてはないでしょ。せいぜい2kgぐら…い…。



……。

ご、59kg…。

5kgも増えてる。嘘でしょ?米ぐらい増えてんのかよ。ってかもうほぼ60kgじゃん。




対面無しで楽に手に入るからってインスタントのカップラーメンばっかり食べていたのが祟ったか。ジュースも糖分気にしてなかったし。

…スイーツだけは別腹だから要因から除外する。


食欲・食事量は透明女化する前と比べて大きく減ったのだが、基礎代謝も大幅に減ったようだ。

たしかに体洗う時とかこう…むにむに感が凄くって筋肉の片鱗は感じられなかった。



……。待てよ……腹でこんなに自覚あるなら、もしや…。


台所へ駆け寄り、最初ぶりに味噌汁用のお椀を透明な左胸に当てる。……明らかにはみ出てる肉が増えてる!


勿体なくて普段使ってない、九谷焼のもう2回りくらい大きいお椀を当ててみる。ぴったりだった。そしてすごい冷たい。


………。

確かに最近下着がキツくなってきた気がしていた。ただそれは洗濯でサイズが縮んだからキツく感じていたんだと思っていた。

自分の1房に当てた食器を洗いつつ私は悩んだ。


(この増え方はヤバすぎる!!絶対ダイエットした方がいいよね…でも透明で見えないからワンチャン痩せなくても…)



…だけどこのまま体重が増え続けるともしや着ぐるみ着れなくなる?むっちりしたウサギが園内にいたらイメージダウンしないだろうか。


メイクもそうだ。二重顎になろうものならいくら顔がそこそこな顔立ちとはいえ可愛さはダウンする。


あとは下着も…大きいサイズになるにつれて可愛いデザインのものが少なくなるとも聞いたことがある。休憩中看護師の先輩が話題にしていた気がする。

…男がいてもこういう話題をしていたあたり看護師先輩はいろんな意味で強い。女性になってる今になって参考になるとは…。


……あ、何で男なのに可愛さにばかり気を使ってんだ?やばい、今…完全に考え方が女子だった。


透明女化してもうほぼ1年。スイーツのあの美味しさで薄々感じていたが、ベースの思考回路が男性から女性になってきている。

一人称変えて自意識も変えて頑張った結果、男性的な要素がほぼ消え、身も心も女性になった感じ。だけど根っこは男性。やはり葛藤は拭いきれない。


何か色々と『自分らしさ』が消えたな…

…実はこの透明女化は任意で制御できるもので、何かすれば元に戻れたりしないかな、なんて何回も妄想した。


透明な右手の指でパチン、と音を鳴らしてみる。

何回やったかももう忘れたけど、体が元に戻ることは一度も無かった。




「……ダメだ!!クヨクヨしてる場合じゃない!!」


すぐにネガティブになるのが私の癖。

今は体重をどうすべきか考えよう。

…いや、もう答えは決まってる。


私はダイエットを始めることにした。ただし、無理せず自分のペースでやっていこう。

ちょっとスープの食事回数を増やすとか、脂質の摂取量だけ極力減らすとか…意識付けするところからしようと思う。


透明で夜にランニングしたらすぐにでも運動量は増やせると思うが、おそらく絶対に続かない。

変な女の息遣いが誰もいないところから聞こえる…と怪談扱いされるのも有り得るし、何より走ると胸がちぎれる。無理。


腹筋はダメだった。胸が重くて5回でギブアップ。

根性でどうにかできる気がしない。

背筋も胸が潰れて以下同文。

や、やる気はあるんです…。本当です。



よし、頑張って痩せよう。んでこの米袋を取っ払うんだ。

何ヶ月かかるやら…





「ふぃーーっ……。極楽……」


人型にくり抜かれた水面は、その晩ローズの香りを堪能していた。それにしても入浴剤も高くなったなぁ…

今500円くらいだけど、また値上がっていっていつかは手が届かなくなっちゃうんだろうな…


5年後くらいに今を振り返って、あの時は500円だったのに!?って言ってそう。

もうヒノキ玉でも買っておこうかな…


なんてことを考えつつ、自分の見えない胸に目をやる。

うーん…やっぱ前より大きくなったのか…

人間、なにか物事が気になってしまうとその問題が解決されるまでは意識し続けてしまう。

ニットもちょっと恥ずかしく思えてきた…


(……ちょっと大きいサイズに買い直そう)


この出費は必要経費、必要経費だから…

ぶくぶくと水面に空気を吐き出しつつ、長湯した。



風呂上がりにオレンジジュースを飲もう……と思ったがやめた。ミネラルウォーターに変更。

この積み重ねがきっと大事。


イスに座ってうちわを手に取り扇ぐ。あー、涼しくて気持ちいい…

……と油断した瞬間、うちわが右胸の先端に思いっきり当たった。


「った!!!!」


くっそ、こんなダメージの受け方は人生で初めてだ。

ホンマこの実りが邪魔。出るとこ出てるのはメリットなんだろうけど、出る杭は打たれるって言葉を知らんのかねこの胸は。

打ったのは誰だ。私だった。



少しだけ痛みに悶えつつ、今日もぐっすり眠った。






つづく

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