第27話〰ことばって、むずかしい〰
「うーん……」
イスに体育座りで頬杖をついて、思いっきり考え込む。
「まんず……いやダメだ。ハツにしよ!」
そう言った透明女はグルメ評価でもしているかのような独り言をブツブツと話している。
ケツイを固めクリックする。すると…
「ローン!!!!」
今1番私の聞きたくなかったボイスが響き渡った。
「あ……24000……振り込み……それはわかんないってもう!!…あぁ、私の…」
…色々と誤解を生んでいたら申し訳ない。ただネットでマージャンをしているだけだ。
私が捨てた『パイ』がとてもお高かった。ただそれだけ。何でも粗末にしてはいけないね…
大学生の時はよく友達の家に集まってマージャンとかやってたなー。んでジャラジャラでかい音を立てて牌を混ぜて、ゲラゲラ笑いあって、隣人から壁を叩かれるまでが1セット。あぁ、懐かしい……
またガヤガヤとみんなでマージャンしたいな。外にあんまり出なくなってから…この体になってから、私はよく寂しさに苛まれている。人との交流が極端に減ると、人間やっぱり後ろ向きになってしまうようだ。
…………そうだ。
気分転換のため、私はネット友達の『毒味ちゃん』をマージャンに誘ってみることにした。
私がチャットを送るとすぐに
「ボイチャでルール教えてくれながらだったらやる」
と返信が来た。いやあフットワークが軽い。
見えない拳を握って、よっしゃと小さく喜んだ。
ネット上でよく遊んでくれる毒味ちゃんは今まで1度もマージャンをしたことが無く、今回の『くまーじゃん』が初めてのマージャンとの事。
私…ナギはボイチャで手とり足とりルールを実際に打ちながら教えることにした。
ナギ「四角いのが今たくさん配られたでしょ」
毒味ちゃん「うん」
ナギ「1から9どれか漢数字の書かれたものとか、漢字一文字だけ書かれたものあるでしょ?」
毒味ちゃん「うん、ある。何か丸い模様のやつとか緑の模様のやつ、何も書かれてないのもあるね」
ナギ「んで、漢数字のやつとか丸いの、あと竹の模様が書かれてるのは9種類あって…」
いざ初心者にマージャンを説明しようとすると、まして声のやり取りだけでルールを伝えようとするとこれがめっちゃ難しい。やっぱり顔を合わせて教えた方がずっと楽だし伝えやすいな…顔無いけど。
ナギ「……ってまあたくさんの牌の種類があんだけど、基本的には2個同じのを1組、同じ数字か漢字3個を4組手元に作るの。…あ、3個の数字は1・2・3とか5・6・7って階段みたいにしても大丈夫」
毒味ちゃん「へー、よく分かんないわ」
ナギ「だ、だよね…ポケ〇ンで言ったら同じ名前のモンスター2匹を1組、同じモンスターかその進化系統を4組集めれば」
毒味ちゃん「うちポ〇モンやったこと無いんだよね」
ナギ「えっ!マ!?…えーと…」
やばい、ほんと説明できない。
こんな難しいの?わかってることを人に伝えるのって…すごくもどかしい。
透明だし画面越しだから見えないが、私は身振り手振りも交えて毒味ちゃんに説明を続ける。
ナギ「えーっと…双子を1組、同じ国か言語の三つ子、長男・次男・三男を4組手元に揃えればOK」
毒味ちゃん「……あー!!はいはい分かった!!イメージできたわ」
ナギ(ほっ……)
毒味ちゃん「九男までいるほうが大家族だから点数高いの?それとも大家族って大抵貧乏だから点数低いの?」
ナギ「ブフォッ」
毒味ちゃん「なんで笑うのさー。必死に頑張ってる人を馬鹿にしてー」
毒味ちゃんはほんと着眼点が斬新。家族背景で役の強さを考えるのは私も初めてだ。
ナギ「ふふっ…ごめんちょっとツボって…えっと、一から九男まで家族を揃えるとすごい点数高いんだけど、鳴くと点数が低くなって…」
毒味ちゃん「ん?泣かせると点数低いんだ。育児かよ。何かリアル」
ナギ「…ププッ……ダメだ、お腹痛い……ツボすぎる…」
毒味ちゃん「もー、そんな笑うんならマージャンやんないぞ。でもルール分かってきたらきっとうちもその時笑うんだろうな。ははっ」
なんてことを言い合いつつも、毒味ちゃんは順調に基本ルールを覚えていく。
鳴きやあがり牌はくまーじゃんがタイミングを教えてくれる。あとは対局回数を重ねていけば大丈夫だろう。
ってわけで、毒味ちゃんと一緒にオンライン対局に漕ぎ着けた。な、長かった…
東風戦で4人対局、25000点で私が親でスタート。毒味ちゃんは「何か念仏みたいになってる…」と呟いている。
私の配牌には既に中が3個。役牌は確保したが、もっと役を増やして高得点を目指そう。
対局を進める。毒味ちゃんはポイポイと4~6の牌や赤牌ばかり捨てていく。点数が増えたり、相手に振り込む確率が高くなる事を説明するが、うーん…だけどさ…って言いながらポイポイ捨てるのをやめない。その代わり字牌は1個も捨てていない。…いや、まさかね…
でも一応1・9字牌を捨てるのはちょっと警戒しよう。
なかなか私の手も進まず、警戒しながらも8の索子を捨てた。すると毒味ちゃんが「あ、そのWM!」と意味不明な事を言い、くまーじゃんのボイスで「ローン!!!!」
とあがられた。……は?何が起きた?
三つ子が揃ってて、そのWとMの緑ギザっ歯みたいなのをたまたま持ってた時にロンのボタンが出たそうだ。揃えた役は四暗刻単騎待ち。
毒味ちゃん「おー、ナギのおかげで初めてアガれたわ!!ありがとう!!」
ナギ「……。」
毒味ちゃん「32000点はハイスコア更新っしょ。…よーし、んでまた牌が配られて1から始めんだ…お?始まんないで終わっちゃった。ナギ何で?バグ?」
ナギ「…次」
毒味ちゃん「え?何?バグじゃなくて…もしかしてうち勝ったの?マ?」
ナギ「そう。完璧に勝ったの。ビギナーズラックめ…毒味ちゃん、次は負けないからなっ!!」
悪者の下っ端みたいなセリフを吐き捨てもう一度、また一度と対局するも、私が1位に返り咲くことは無かった。
ここに猛毒の雀鬼が誕生した。
…手牌も私の透明も、全部見えたならどんなに楽か。…だけど見えないからこその良さもある。
実際、対面じゃないうえでの不自由さも、振り返ると楽しい時間だった。
「あー、ほんと楽しかったなー…」
透明でも悪くないな…と改めて思った。
……翌日。
「あああああぁぁぁ!!!全然入らないいいぃぃ!!」
モニターの見すぎでばっちりドライアイになった私。一滴も目薬が目に入らず苦戦していた。
(…やっぱ透明は嫌だぁぁぁ……。はぁ…)
昨日の思いはどこへやら。私は手のひらをぐるぐるフル回転させていた。見えないけど。
つづく
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