第26話〰たまや、って何売ってる店なの〰
外は真夏。期間限定イベントに塗れたこの季節は、猛暑という点を除けば1番楽しい時期ではないだろうか。
海にお祭り、スイカ、かき氷、バーベキュー……じゅるり。
思いつくだけでこんなにも楽しいことが転がっているのに、透明な私はそれを掴み取ることが非常に困難。謳歌するためには、たくさんの問題を乗り越えないと手にすることができない。
ただ、それでも何かしたいと思うのが人間のサガ。夏真っ盛りのこの季節、暑いけど何もしないのは勿体ない。
ある日のこと、クーラーをガンガンつけた部屋でくつろいでいた時に、区の広報がドアポストにガサガサと投函された。
郵便屋さんも暑い中大変だよなと思いつつ、広報を宙に浮かばせる。
ワクチン接種の案内、健康体操、パート募集、ゴミ袋値上げ……
流し読みしてると、ある1文が目に止まった。
『花火大会開催のご案内』
ああ、この地域でもやってたんだ。全然興味無かったから今知った。
開催は7月末の夜20時。ちょうど2週間後に近所の河川敷で開かれるようだ。
透明人間にとって海は楽しめない。泳いだ後に陸に上がるとびしょ濡れの輪郭お化けになってしまうし、足跡も砂浜について存在がバレてしまう。砂ついて足跡自体空中に浮くし…
スイカ割りだって目隠しのハチマキが意味を成さない。眼下の景色が見えてしまうためスイカの場所が丸わかりだ。そもそも一緒にキャッキャ楽しむ相手がいない。
知人はいても、とてもじゃないが気軽に声をかけられないし……コミュ障じゃない。遠慮してるだけだ。きっと。
そうなると、花火を見に行くのは透明な私にとってうってつけのイベントに思えた。
花火…いっつも遠くで打ち上がる音しか聞いたこと無いな。
透明になってから何かを思い立ったのは何回目だろう。私は花火大会に参加することにした。メイクめんどいから透明のままで。
……そして花火大会当日。
午後まで止むのを待ってみたが、バケツをひっくり返したような土砂降りの雨。
「…………嘘だ」
そうポツリとつぶやく。
ねえ何で今日に限ってこんな大雨なの!?昨日までサンサンしてたじゃんか!!!!
透明女に頻尿女、次は雨女ってか!?このままカエル女にでもなって雨乞いしたろか!!ゲコゲコ!!
(…来年までお預け、か……)
恨めしげに、2週間前に見た広報にまた目を通す。呪詛のように花火大会の要項を声に出して読み上げる。
「雨天中止……中止の場合、翌日以降晴天時に開催します……?」
…あ、すいません大丈夫でした。これからきちんと確認します。だからどうか私の姿を元に戻してください。ゲコゲコ。
翌日。
昨日と打って変わって雲ひとつない快晴。今日は絶対花火大会が開かれるだろう。
ウキウキして夜になるのを小躍りして待った。真っ裸で。
…クーラーちょっとだけ温度上げとこ。風が冷たい…
そして時計は19時30分。
いざ、河川敷へ。
夜道では、足跡をほとんど気にしなくていいから気が楽だ。人や車にさえ注意すればいい。ただ物体全てが暗くて見えにくいから、草木やトゲトゲした物(木箱の表面とか…かな)は避けた方がいい。乙女の透明肌が傷ついてしまう。
会場に近づくにつれて人通りが多くなる。どうやらかなり賑わっているらしい。そりゃそうか、1年に1回しか無いイベントだから。
屋台もたくさん開かれている。金魚すくい、綿あめ、フランクフルト、ケバブサンド……自然と食べ物の露店に目がつられるのは何故だろう。
人混みのせいか、会場はけっこう蒸し暑い。
さて、どこから花火を見よう。
澄んだ川の近くまで抜けられれば下から花火を見ることが可能だが、人混みを通り抜ける時に神経と体力使いそう。
電柱に登れば常に人を避けつつ上から見ることもできるが、しがみついてなきゃいけないから体力使いそう。
あ、でも登るための横棒が上にしかついてない……
…………。
よし……。
家族連れからカップル、男子・女子高生軍団、ご老人達まで集結した人々はさながら魑魅魍魎。
私は無謀にも、人混みを川に向かって突っ切ることにした。ぶつかってもどうせ私のことが見えないから、他人に激突したとしても『普通の人間』がぶつかったと思いこんでくれるだろう…ある意味身代わり作戦。
だが、実行すると思うように行かない。まず非力な私は全然人混みをかいくぐることが出来ない。鉄でできた壁にでもぶつかっているみたい。まさに鉄壁。
それでも何とか、無理やり体を押し込めて人混みに紛れる。
ぎゅむ。
(……ひゃあ!!)
見えないお尻に他人の手が当たる。引っ込めたいが身動き1つ取れない。それに胸もめっちゃ触られてる…ほとんど潰れてる状態。超くすぐったいし痛い。
(……ふっ……ん…んぁ……)
なんか変な気分になってきた。のぼせたような感覚…思考力が鈍る感じ…これはもしかして……
(脱水かもしれない…)
そんな時、さらに災難が。
チョコ味みたいな色のソフトクリームが私の背中にベタっとくっついたのだ。
「…………ひゃ!!」
冷たくて思わず声が漏れてしまった。でも幸い、誰にもバレていないようだ。
でもこのままだと、他人の目線には宙にアイスがアメーバみたいに浮かんで見える。私はちょっとかがんで、少しでも他人の目に入らないように体勢を変えた。その時、会話が耳に入る。
「……ちょ、見てみ。何かあの人のケツの辺り茶色くね?ぷぷっ……」
どうやらやっぱりアイスは見えるらしく、前の人のお尻の近くでぷかぷか浮いて可視化しているようだ。前の人、ごめんなさい。全てウンが悪かった。
いろいろ揉まれつつ何とか川の辺りに抜けることが出来た。し、死ぬかと思った……。
私は背中のアイスを落とすため、そして体の火照りを鎮めるため、眼前の川にそのままポチャンと入った。めっちゃ冷たくて気持ちいい。
…いや冷たすぎかも。川の水ってこんなに冷たいの!?
川の近くに花火職人みたいな人がけっこういたが、パシャパシャ水を弾かせても誰1人気づかない。……よし、ここで見よっかな。
アイスを洗い流しているうちに、花火大会が始まった。
商店街の名前がメガホンで紹介されたあと、職人が花火の導火線に火をつけた。
ひゅー……
ずどおおおおおおん!!!!!!!
「ひゃあああああ!!!!」
すごい!!とてつもない音のデカさだ!!年甲斐もなく叫んでしまった。
でも、迫力がとにかく凄い。夜空にキラキラと広範囲に輝く花火は圧巻の一言。すぐに花火は絢爛さとともに散ってしまうものの、また打ち上がっては人の心を大きく揺さぶる。
私は開いた口を閉めるのさえ忘れて、特等席から花火を堪能した。
これ、ほんと無料で見れていいんでしょうか…映画観てる時より私感動している。意味無く泣きそう。
また来年も絶対見に来ようと強く思った。
帰り道、湿った透明女は荒波に飲まれ消えていった。途中頭がぼんやりした。酸欠だったかもしれない。
……翌日。
「……くしゅん!……くしゅん!ズビッ……」
38.2℃、バッチリ風邪を引いた。水風呂は入りすぎると良くないことを身をもって知った。
仕事を休む電話を入れ、布団を被って今日1日休むことに……。ああ、なんでこううまくいかないんだろう。
寝よう……あ、でもちょっと1マッチしてから寝ようかな…
大変な、だけども楽しい透明な日々は、まだまだ先が長そうだ。
つづく
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