第19話 癖の強い奴ら

セシルを保護した翌日。俺はリリスとセシルを連れて早速ニューリオンにあるエルミナ教会に向かっていた。


今もセシルの母の悪霊化は進んでいる。悪霊化が進めば進むほど、つまり時が経てば経つほど悪霊の力は強まり、周囲に及ぼす被害は大きくなる。


最悪浄霊が間に合わず除霊することになる可能性もあるため、俺たちは素早く行動しなくてはならない。


「・・・っと、着いたな。エルミナ教会」


俺の目の前には石造りの綺麗な教会が立っていた。教会周辺の刈り揃えられた緑鮮やかな芝や、整備された石畳、汚れなき教会の真っ白な石壁。エルミナ教徒の丹念な清掃が窺える。


「ここのエルミナ教会はクリュッグにあるエルミナ教会より綺麗な気がします」


「はは、そりゃそうさ・・・。ここの教徒達は全員熱狂的なエルミナ教徒だからな。ここにある教会は王都にある本部と同等の美しさだと言えるだろう」


「う~、私はあの人たち苦手です・・・」


「まぁその気持ちも分かるが、足踏みしている時間はない。さっさと入ろう」


「はい」


「は、はい~」


俺たちはエルミナ教会へと足を踏み入れた。いや、この場合、足を踏み入れてしまったというべきか。なぜなら―――。


「すんすんすん、んっ!?これはっ!!この匂いはっ!!ストロノーフ様の匂い!!!今行きます!!ストロノーフ様っ!!!」


―――とんでもない変態が、俺たちを待っているのだから。




俺が教会に一歩足を踏み入れると、俺目掛けて修道服を着た女性がドタドタと足音を立てながら走ってきた。


金色の長髪を靡かせながら、水色に透き通る彼女の瞳はしっかりと俺を捉え続ける。彼女の名はミミミ・ノースリリー。エルミナ教会ニューリオン支部の若き司教である。


「ストロノーフさまぁあああああ!!!!」


ミミミは俺の名前を叫びながら抱き着く勢いで俺に向かって近づいてくる。いや、抱き着く“勢い”ではない。経験上分かる。あいつは俺に抱き着くつもりだ。だが、そうはさせない。


「『結界』」


俺は容赦なく『結界』を発動させた。その結果―――。


「―――あああああああ、ぷぎゃっ!!!」


ミミミは結界に強く顔を打ち付けた。だが、ミミミはそれで止まる女ではない。


「うへへぇ。ストロノーフ様の『結界』だぁ。ストロノーフ様の魔力が込められた『結界』、もはやストロノーフ様の一部ぅ・・・。うへへへぇ」


ミミミは俺の『結界』に全身を擦り付けながら満面の笑みを浮かべている。そんな彼女の口からはなんと涎が垂れていた。その光景を見たセシルは一歩引きながら驚愕している。


「へ、変態だっ。これこそが本物の変態だ・・・」


「うほほっ。ストロノーフ様の『結界』はちょっと冷たくて気持ちいいなぁ。ぐへっ、ぐへへへ」


「うわぁ・・・」


「ミミミさんは相変わらずですね・・・。ご主人様、用を終わらせてさっさと帰りましょう」


八歳児に引かれ、リリスにも呆れられるミミミ。哀れなり。


「そうだな。さっさと帰ろう」


俺の言葉にミミミは強く反応し、恍惚とした表情から一変焦ったような表情を顔に浮かべた。


「ちょちょちょっ!!ストロノーフ様!!そんなこと言わないでくださいよぉ!!!教会の皆でもてなしますから!!!」


そう言うとミミミは後ろを振り向いて大きく息を吸った。


「お前らぁあああ!!!ストロノーフ様が来てるぞぉおおおお!!!!!」


「なんですと!?」「ストロノーフ様っ!?」「しばしお待ちを!!」「すぐに向かいます!!」


ミミミが大声で教会に呼びかけると、多くのエルミナ教徒達が俺たちのいる入口へと走って集まってくる。一、二、三・・・おいおい、少なくとも十人はいるぞ・・・。


「ストロノーフ様ぁあああ、ぷぎゃっ!!」


「いま行きますぞぉおおお、ぷげらっ!!」


「うぉおおお、うげっ!!」


「ぐあっ!!」


「ぎょけっ!!」


俺に向かって走ってきた教徒達の全員が順番に『結界』に衝突した。そして・・・。


「「「「「うへへぇ・・・。ストロノーフ様の『結界』だぁ・・・・」」」」」


全員が恍惚とした表情を浮かべながら『結界』に体を擦り付けている。


ミミミは熱狂的なエルミナ教徒であり、熱狂的な【聖者】ファンである。そんなミミミに徹底的に教育されたニューリオンのエルミナ教徒達は皆、ミミミと同様に熱狂的な【聖者】となってしまったのだ。


「な、なんなんだっ・・・僕が見ているこの光景はなんなんだっ!?・・・こ、この人達はただの変態なんかじゃあないっ!それよりももっと悍ましい存在・・・。きょ、狂人だ・・・。ぼ、僕は今っ!狂人を目にしているぞぉおおお!!!」


「ご、ご主人様!!セシル君の言動がおかしくなってます!!ど、どうしましょうっ!?」


「八歳の少年にはあまりに刺激が強い光景だったのかもしれない。・・・ミミミ、俺たちには時間がないんだ。この意味が分かるな?」


俺が声をかけると一瞬でミミミを含むエルミナ教徒達が整列した。


「はい!!応接室にご案内します!!お前ら、解散!!!」


「「「「「はい!!!」」」」」


ミミミは俺の正体が【聖者】であることを知っている。いや、ミミミどころかこの教会に所属するほとんどの教徒も俺の正体を知っている。

俺の熱狂的なファンであるためか、初めてこの街で会ったときに俺が【聖者】であるとすぐ気が付かれたのだ。だが、俺の熱狂的なファンだからこそ、俺が不快になるような行動は避けてくれる。まぁつまり、悪い奴らじゃないということだ。


「ふへっ。ストロノーフ様と応接室に・・・。ふへへっ」


そう、悪い奴ではない・・・はずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幽霊屋敷の聖職者~人付き合いが面倒になった元勇者パーティの聖職者、隠居した家は幽霊屋敷でした~ 雨衣饅頭 @amaimanju

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ