私の夏と、海辺の街の不思議
紫陽花 雨希
本編
海は輝いている。無数のダイアモンドが浮かんでいるように、空の星を映したように、キラキラと小さな光の粒が揺れている。紺碧の水面の奥には、深くて暗い世界がひろがっているんだろう。魚たちは舞い、眠り、海藻が波打つ光に向かって手を伸ばす。想像してみると、胸がひやりとした。
私は海が大好きで、とても怖くもある。
海岸を走ってゆく鈍行列車の窓から海をながめながら、私は上半身をぐっと伸ばす。二時間以上も座席に座っていたから、さすがに疲れてしまった。
車内には、他にほとんど客がいない。小さな黒いバッグを膝にのせたおばあさんと、うつらうつらしている高校生、赤ん坊を抱いた女性だけ。
私は四人掛けのボックス席を独り占めしている。足元には、明るい水色のトランク。それは、私の腰ぐらいの高さがある。
旅行ではない。……島流しみたいなものだ。夏の間、大学受験の勉強に専念できるよう、何もない田舎で過ごすのが良いと母が言った。それは建前で、海辺の街で一人暮らししている姉が数カ月間海外留学をすることになり、その間、彼女のアパートの部屋で留守番をする人が必要だったのだ。姉は熱帯魚を何匹も飼っていて、誰かが世話をしてやらなければならない。
やがて、海が見えなくなった。電車は市街地へと入ってゆく。そろそろ、終点だろう。
三つしかホームのないターミナル駅で降りた。駅舎の天井には風鈴がいくつも吊り下げられていて、涼しげで軽やかな音を奏でている。自動改札機はなかった。駅員さんにくしゃくしゃになった切符をわたし、からりと晴れた街へと踏み出す。
「コノハ、久しぶり」
「えっ、なんで?」
数日前に飛行機で旅立ったはずの姉が、駅舎の出口で待っていた。無地の白いシャツとジーンズという地味な服装だ。シャツに夏の光が反射して、眩しい。
「いや、ね、ちょっと出発を遅らせたんや。魚の餌のやり方とか、教えとかなあかんやろ」
「まあ、確かに……」
姉は、私のボストンバックを持ってくれた。大股で、駅前通りを海の方に向かって歩いてゆく。彼女より背の低い私は、小走りで追いかけた。
「こんな大きいトランクと鞄、一体何を入れてんの?」
「服とか、参考書とか、パソコンとか」
「ふうん」
あまり納得できていないような返事だった。姉は昔から、身軽な人である。物への執着が少ない。物だけじゃなく、人や土地や思い出も、手放すことを躊躇わない。
いつもぐずぐずしている私は、正反対だ。姉妹なのに。
姉の住んでいるアパートは、海のすぐそばにある。木造のぼろっちい二階建てで、ドアや柱の鉄はさびているし、壁も今にも朽ちてしまいそうに見える。
錆びだらけの階段を上り、一番奥の部屋に向かう。姉がポケットから出した鍵を錠に射しこみ、何度もガチャガチャとゆすったり回したりして、やっとドアが開いた。
中に入った瞬間、濃い水の匂いがした。生ぬるい空気が、ねっとりと肌にまとわりつく。
玄関のすぐ前に台所と風呂場とトイレのある、ワンルームマンション。奥の壁には大きな窓があって、何も遮るもののない海をみわたすことができた。
敷きっぱなしの布団が置いてある場所以外は、水槽に埋め尽くされている。エアポンプが絶えずぶくぶく鳴っている。色とりどりの魚が泳いでいる。キラキラ光る鱗が綺麗だ。私はあまり魚に興味がないので、何の種類なのかは分からない。
一応古いエアコンがあって、ほっとする。
とりあえず、台所の前にトランクとボストンバッグを置いた。
「お姉ちゃん、こんな所で暮らしてるんやな。さっすがと言うか、なんと言うか」
「魚さえおったら、私はそれで良いからなぁ。ほんじゃ、今から出掛けよか。あんみつ食べに行こ」
私はバッグの中から財布とスマホの入ったポーチを取り出し、部屋の外に出た。姉はまた苦労して鍵を閉めると、なぜか隣の部屋のドアをガンガン叩いた。
「ホミ、一緒に『ニノミヤ』行こう! あんみつ、おごるわ。この前のお返し、な」
部屋の中でがたがたと音がして、ドアが開く。
出て来たのは、ボサボサ髪の女の人だった。耳の下辺りまである髪が、天然なのかパーマをかけているのか激しく波打っている。シロイルカみたいに色白で、薄い切れ長の目をしている。彼女が体を傾けると、淡い水色のブラウスの胸元から、赤く盛り上がった古い傷痕がちらりとのぞいた。
「ソフトクリーム、付けても良いかな」
「良いで、良いで。ほんで、この子は妹のコノハ。夏休みの間、私の部屋に住むから、よろしくな」
ほおう、とホミさんは私の顔をのぞきこむ。何故かはわからないが、すごく興味を持たれてしまったようだ。
おずおずと、私は
「よろしくお願いします」
と頭を下げた。
「そんなに怖がらなくても良いよ。僕、こう見えてけっこう優しいから……自分でそんなこと言うのって? 冗談、冗談」
なんだか、変な人みたいだ。自分の顔が引きつるのを感じる。
私と姉とホミさんは、駅前通りまで戻り、ニノミヤという和菓子屋に入った。ショーケースに、くずもちや寒天など、涼しげなお菓子が並んでいる。つい足が止まってしまい、一足先にカフェスペースへと向かった姉たちに「おーい」と呼ばれた。
「僕、白玉あんみつソフトクリームのせで」
ホミさんが、嬉しそうに注文する。あんみつかみつ豆を選び、その上にオプションで白玉やソフトクリームをのせることができるという仕組みらしい。
「私は、いそべもちにするわ。コノハは?」
「ほうじ茶ソフトクリーム」
いそべもちについて来た熱いお茶を一口飲み、姉がぽつりと呟く。
「この街とも、しばらくお別れやなぁ。なんか、寂しいわ」
執着心のない姉らしくない言葉だ、と思う。
「大丈夫、僕はずっと待ってる」
ホミさんの言葉に、姉が楽しそうに笑う。この二人、一体どういう関係なんだろう。
こうして、私の長い長い夏休みが始まった。
私がその街に着いた日の午後、姉は海外に旅立って行った。
「この部屋で、二人で寝るのは無理やからな。コノハ、魚ちゃんたちのこと、よろしくな」
そう言い置いて、小さなバッグ一つを持って飛行機に乗った。この県にある唯一の空港であるシラハマ空港からは、東京行きの飛行機しか出ていない。ハネダ空港で乗り換えなければならず、かなりの長旅になりそうだ。エコノミー症候群にならなければ良いけれど。
見送りにはなぜかホミさんも来ていた。彼女と一緒に、帰りの路線バスに乗る。バスは意外に混んでいて、空いている席に二人並んで詰め込まれてしまった。
黒いズボンに包まれたホミさんの脚と、私の素足が触れてしまって、気まずい。妙に意識してしまっているのは私だけのようで、ホミさんは眠そうに窓の外をながめている。陰鬱な深緑色の林ばかり続いていて、あんまり面白くない風景だ。
「ホミさんと姉は、どういう関係なんですか?」
思い切って、聞いてみる。彼女は気だるげに、
「同じ研究室のメンバーってだけだよ。ウミは、何かと僕にかまってくるけどね」
と答える。私は少しほっとした。
さっき、ホミさんは「僕はずっと待ってる」なんて言っていた。もしかして恋人同士だったりするのだろうか、と変な妄想をしてしまっていた。我ながら、恋愛脳だと思う。
溜息をつく私に向かって、ホミさんはにやりとする。
「まあ、あえて言うなら、麻雀仲間って感じかな。昨日あいつ大負けしてさ、だから今日あんみつをおごってくれたんだよ」
「は、はあ!? お姉ちゃん、賭け麻雀してるんですか!?」
まさか、私の知らない所でそんな悪事に手を染めているなんて……。逮捕、という単語が頭に浮かぶ。部屋に帰ったら、母に相談するべきだろうか。
「冗談、冗談。コノハちゃんって面白いね、素直すぎる」
「いや、今の冗談には聞こえませんでしたよ! やめてください、ホントに」
声が裏返る。私だって、それなりに身をわきまえた高校生だ。普段なら、年上の、しかも初対面の人にこんな失礼な態度はとらない。けれど、今は完全に彼女に調子を狂わされている。
ホミさんはクスっと笑い声を漏らすと、また窓の外に視線を向けた。私もつられて、外を見る。空が、夕焼けに染まりつつある。
不意に、視界に海が現れた。沈みゆく太陽に照らされて、白とも緑ともつかない不思議な色に染まっている。遠くに、真っ黒な船の影が浮かんでいるのが見える。
「綺麗ですね」
「そうだね。何年もずっと見て来た風景だけれど、いまだに飽きないよ」
「私、海が大好きで……そしてちょっと、怖いんです」
「へえ、そうなの」
ホミさんはそれ以上突っ込んで来なかった。
アパートの部屋に戻り、姉の布団の上に服のまま寝っ転がる。少し、カビくさい。明日、シーツを洗って布団を干そう。
エアポンプの音だけがする狭い部屋。ふと思い立って、私は立ち上がり窓を開けた。潮風が一気に室内に吹き込んできて、白いカーテンがふわりと膨れ上がった。波の音に包まれる。
「あれ、コノハちゃん、エアコン付けないの?」
横から声がして、振り向く。隣の部屋の窓からホミさんが顔を出して、煙草を吸っていた。
「君がいる間の光熱費は親に請求するから、気を使わなくて良いって言ってたよ」
「風が気持ちいいので、今はこれで良いです」
ホミさんは、ほおうと呟くと、煙草を口にくわえた。そして、そのまま、もごもごと何やら言う。
「なんですか? 聞こえないです」
彼女は煙草を右手に持ち直すと、
「夜になったら、散歩に行かない? 良いもの見せてあげる」
と微笑んだ。
すっかり日の落ちた午後十時、ホミさんが私を迎えに来た。布団の上でうとうとしていた所を起こされて、慌てて台所で顔を洗った。
二人で、防波堤に沿って歩いてゆく。昼間の熱が残った、ねっとりとした空気。寄せては返す波の音。車のライトや建物から漏れる電灯が、どこか寂しくて切なげに見える。
「コノハちゃんって、何歳?」
「十七です。姉とは六つ違いで」
「そっか、じゃあ今年は受験生なんだね。色々連れ回そうと思ってたんだけど、そっとしておいた方が良いかな」
私は、曖昧な想笑いをした。ホミさんは、きっとすごく親切なんだろう。けれど、どうにも苦手だ。
「親切とかじゃないよ。単に、僕が暇すぎて遊ぶ相手が欲しいだけ」
私の心を読んだかのように、彼女は言う。笑顔が引きつるのを感じる。
「冗談、冗談。ウミに、君をよろしくって頼まれてるからね」
「その『冗談、冗談』っていうの、口癖なんですか?」
「えっ、そんなに何度も言ってる?」
不思議そうに、顎に手を当てて首をかしげた。
しばらく歩くと、砂浜が見えて来た。ホミさんが立ち止まり、防波堤から身を乗り出す。
「あんまり近付くと、気付かれちゃうから」
そんな意味深なことを言う。彼女は右手を伸ばし、「ほら」と何かを指差した。
「あ……」
何かが、砂浜にいた。
それは、とても奇妙な光景だった。背中から透き通った羽を二枚生やした幼い子ども……五歳くらいだろうか……が十数人、手を繋いで円を作っていた。子どもたちは綺麗な高い声で歌いながら、くるくると回っている。初めて聞く歌だったけれど、とても耳に心地良かった。
子供たちが来ているワンピースは、まるでラメを振り掛けたようにチカチカと白い光を放っている。
「あれは一体……」
「卵の孵化を促してるんだ。ほら、よく見てごらん。円の真ん中に、卵がある」
私は目をこらした。確かに、子どもたちの真ん中に、白いラグビーボールのようなものがある。堅くて白い殻を通して、内側から青い光が漏れ出している。その光は、ゆっくりとうごめている。
回っていた子どもたちが止まる。次の瞬間、卵にヒビが入った。みるみるうちに殻が崩れ、中からリュウグウノツカイに似た細長い魚が飛び出した。魚はまばゆい青い光を放ちながら、空へと上ってゆく。そして、薄い雲の向こうへと消えていった。
魚を見送ったあと、子どもたちの体はすうっと空気に溶けて見えなくなった。
夢のような光景だった。私は呆然と、何もなくなった砂浜を見る。
「ソラスミウオの卵は、ウミノチョウたちによって一か月間世話をされ、そして孵化するとあんなふうに空へと上ってゆくんだ。とっても綺麗だよね……」
ホミさんの真黒な目の中で、月の光が揺らめている。
「僕やウミちゃんはキョート大学の研究所で、この街にしかいない不思議な生き物についての研究をしているんだ。君がここにいる間、もっとたくさんの綺麗なものを見せてあげられると思うよ」
私は何も言えず、ゆっくりとうなずいた。
狭い浴室でシャワーを浴びる。一応、シャンプーやボディーソープのセットは持って来ていたのだけれど、姉が良いものを残して行っていたので使わせてもらうことにした。海藻と海水の成分が入っている、「海せっけんシリーズ」というものだ。この街にある道の駅と、通販でしか手に入らない。その青い液体をボトルから手のひらに移すと、甘い香りがした。
パジャマを着て、布団の上に寝転がる。開いた窓から吹き込む風が濡れた髪に当たって、気持ちが良い。
天井を見ながら、自分の頬をつねってみる。痛い。夢の中というわけではなさそうだ。
さっきホミさんと一緒に見た光景が、現実のものだとどうしても思えない。ホミさんが言っていた「ソラスミウオ」や「ウミノチョウ」という名前をスマホで検索してみたけれど、何もそれらしい情報は引っ掛からなかった。
幻覚だったのだろうか。ホミさんに変な薬を盛られたとか……うーん。姉が、そんな危険な人がいる場所に私を残してゆくとは思えなかった。
目をつむる。タナベ行きの電車に乗ったのが今日の朝だなんて、信じられない。もう、何日も経ったような気分だ。初めて見るもの、初めて会う人、初めての土地。すごく色々なことがあった。
ボストンバッグから英語の単語帳を取り出し、ぺらぺらとページをめくる。だめだ、集中できない。
頭の中で、子どもたちが歌っていた不思議な音楽が鳴る。少し口ずさんでみたけれど、音痴なので上手く再現できなかった。
今年の夏は、濃密なものになりそうだ。
翌朝、目が覚めたのは午前十時過ぎだった。自分の服と布団のシーツを洗濯機に突っ込み、部屋から出る。姉によると、徒歩十分のところにコンビニがあるそうだ。
独特の不思議な空気に包まれたこの街でも、コンビニはごく普通だった。サンドイッチとオレンジジュースで遅いブランチとすることにした。夕飯の分の、からあげ弁当も買う。
レジに並ぼうとして、自分の前にいるのかホミさんであることに気付いた。彼女は店員さんに煙草を注文していた。かなりのヘビースモーカーなのか、一ダースも買っている。
彼女は何気なく振り返り、私に気付いた。
「おはよう、コノハちゃん。そのお弁当、夕飯?」
「そのつもりですが……」
「実は僕、君を夕飯に誘おうと思ってたんだよね。どう? 手作りソースのカルボナーラ、食べてみたくない?」
私は、しぶしぶお弁当を棚に戻した。
ホミさんが午後六時に呼びに来るまで、私は数学の参考書に立ち向かっていた。数学は一番の苦手科目だ。文系学部を目指しているのだけれど、私の志望校は二次試験で数学が課されている。だから、合格を確実にするためには、どうにかして数学である程度の点数を取れるようになる必要がある。
姉は小さいころからガチガチの理系だった。中学から私立の難関校に通い、キョートの偏差値七十を超える大学にあっさり合格した。そして今は、大学の研究所がある自然豊かな海辺の街で海棲生物の研究をしている。
大学院生として勉強をしながらアルバイトで生計を立てていると聞いていたけれど、経済的にはかなり厳しいのかもしれない。こんなボロボロのアパートに住んでいるし。いや、熱帯魚の飼育など、趣味にお金を使いすぎているのもあるか。
姉のことを考えているうちに時間は過ぎ、ホミさんが玄関のチャイムを鳴らした。参考書は、昼から十ページしか進んでいない。
顔を洗ってから、ホミさんの部屋にお邪魔する。
「すごい量の本ですね……」
ホミさんの部屋は、天井まで届く本棚に占領されていた。海棲生物の図鑑に、南の島の写真集。夏目漱石全集。シューカン・ショーネンジャンプ連載のあるギャグ漫画は、全五十巻がそろっている。
「本、好きなんだよ。小さいころから本だけが友だち……みたいな? ちゃぶ台の前に座ってて。料理はもうできてるから」
促されるまま、本棚と本棚の隙間の小さなスペースで正座をする。ホミさんは、パスタを真っ白なお皿にのせて運んできた。マッシュルームが白いクリームの上に浮かんでいる。
「脚、崩して良いよ」
「いえ、この方が楽なので」
向かい合って、それぞれ手を合わせる。思いがけず、カルボナーラは美味しかった。私たちは黙々と完食した。
皿を片付けたあと、ホミさんは本棚から何冊か引き出した。
「気分転換をしたくなったら、いつでも本を読みにきてくれて良いよ」
「ありがとうございます」
私も、棚にぎっしり詰まった本の背表紙をながめる。「シラハマの歴史」という題名が目に留まった。古そうな本だ。
「これ、読んでみても良いですか?」
「うん、良いよ」
茶色い皮の表紙には、金色で題名が箔押されている。立ったままページをめくる。てっきり学術的な歴史書だと思っていたのだが、どうやらそれはファンタジー小説のようだった。
「この街は元々海の底にあり人魚たちが暮らしていたのだが、自然に海面が下がったことにより陸になってしまい、捨てられた街の跡地に人間が住むようになった。」
そんな記述から物語は始まり、昨日見た「ソラスミウオ」や「ウミノチョウ」についても、その生態が詳しく描かれていた。
――ソラスミウオは雲の上に住み、彼らのおかげで青い雨が降る。ウミノチョウは幼い人間の子どものように見えるが、人間とは全く別種の生物であり、寿命が二百年以上ある。
足元が、ぐらりと揺れるような感覚。現実とファンタジーの境界が曖昧になってゆく。この本はフィクションの小説ではなく、真実が書かれているのだろうか。そんなわけ、あるはずがない。人魚も妖精も、現実世界には存在しないはずだ。
けれど。けれど、私は確かに昨夜、この奇妙な生物を見たのだ。
ホミさんは、いつの間にか窓辺に立って煙草を吸っていた。
「とんでもない街に来てしまったって、思ってる?」
私は本から顔を上げ、首を縦に振った。
姉の住んでいた街に来て三日目、誰かが玄関のドアを叩く音で起こされた。重いまぶたをなんとか引き上げながら、枕元のスマホの画面を見る。まだ、朝の六時だった。
ドアののぞき穴から、外の様子をうかがう。ホミさんが部屋の前に立っていた。釣りでもするつもりなのか、首に赤いライフジャケットを掛けている。
「今日は、仲間と一緒にハシリマグロの養殖場を見学しに行くんだ。コノハちゃんも一緒に行こうよ」
「すみません、すぐに支度します」
慌てて顔を洗い、トランクから服を引っ張り出す。可愛くてリラックスしやすいワンピースがほとんどだけれど、ライフジャケットが要るような場所に行くのなら、それではマズそうだ。しばらく悩み、古くなった学校指定のジャージを着ることにした。
私が苦労して鍵を閉めている間に、ホミさんは駐輪所からバイクを引っ張り出していた。多分、排気量125ccのぎりぎり二人乗りができるものだ。古いものである上に、あまり洗車していないのか泥のはねた跡だらけだ。
ホミさんが、私にフルフェイスのヘルメットを投げてよこす。
「後ろに乗れってことですか?」
「そうだよ、ちょっと遠いからね」
ホミさんの後ろにまたがると、彼女と体がぴったりとくっついてしまった。熱い背中。正直、めちゃくちゃ気まずい。彼女の方は全く気にしていないようで、
「しっかり掴まっててね」
なんて言う。
「姉とも、こうやって二人乗りをするんですか?」
「えっ、いや、ウミは自分の車持ってるから……どうしてそんなこと聞くの」
聞き返されて、自分でも変な質問をしてしまったなと思った。恋愛脳で変な妄想をしていただけだ。恥ずかしい。
七月の早朝の街を、バイクが走り抜けてゆく。部屋を出たときには既に気温がかなり上がっていたけれど、バイクに乗っていると冷たい風が頬を撫でるので涼しく感じた。
通勤者や観光客の車が出て来るにはまだ早いのか、道路は空いていた。まだ、街は眠っている。
赤信号で止まったとき、ホミさんが
「ウミがいない間、ずっとこの街にいる予定なの?」
と聞いて来た。私は答えようとしたけれど、すぐに信号が青に変わりバイクが走り出したので、口を閉じる。走っている間は、ごうごうという風を切る音がうるさくて、声が届かない。
姉が帰って来る九月の末まで、私はこの街にいる予定だ。高校の夏休みは一応八月いっぱいということになっている。でも、夏休みが明けると、ほとんどが自由参加の授業か自習になるので、行かなくてもなんとかなる。
長い夏休みだ。教師たちは「この夏が勝負!」とうるさく、私もこの街に来るまではかなり追い詰められて勉強をしていた。でも、穏やかな海をながめ、ホミさんの「冗談、冗談」というのんびりした声を聞いていると、妙に気が緩んだ。ずっと悩まされて来た勉強中に爪を噛んでしまう癖も、この三日はすっかりおさまっている。
数十分走り、バイクは養殖所のある海についた。工場のような鉄製の小屋のそばにバイクを停めると、中年の男の人が近付いて来た。真っ黒に日焼けをしており、無精ひげを生やしている。彼は手を大きく振りながら、
「ホミちゃん、久しぶり。よく来たな」
と快活に笑った。明るくてフレンドリーな雰囲気の人だ。
「こんにちは、ヒロシさん。ご無沙汰してます。この子はコノハちゃん、ウミの妹さんです」
「おお、顔がそっくりだな」
ヒロシさんが私に向かって手を差し出す。しばらく考えて、握手を求められていることに気付いた。彼の手は、かさかさと乾燥していた。水仕事で荒れているのだろう。
ヒロシさんに連れられて、停泊している小型ボートへと向かう。ボートには既に、二人の若い男の人が乗っていた。ホミさんによると、彼らは研究室に短期間だけ来ている大学の学部生だそうだ。
全員がボートに乗り込み、出発する。海の上には等間隔にオレンジ色のブイが浮かんでいる。近付いてみると、そのブイがある所の海中には網が張られていた。網に囲まれた領域で、ハシリマグロが養殖されているのだ。
海は緑色に濁って見える。その色から、暗くて閉塞的な海の底の景色を連想してしまい、気分が悪くなった。
「コノハちゃん、船酔いか?」
ヒロシさんが心配してくれる。私は軽く首を横に振った。
「おっ、マグロが見えた!」
ホミさんが楽しそうに叫ぶ。緑色の水面に一瞬だけ、きらりと魚の銀色の鱗が光ったのだ。
「そろそろ戻るか」
ヒロシさんが船を港の方へと向ける。吐き気をこらえていた私は、ホッと胸をなで下ろした。
養殖場の管理センターである小屋の中、エアコンの風を浴びながら、ホミさんと二人ソファーで休憩する。ヒロシさんが、ヤカンに入った冷たい麦茶をふるまってくれた。大学生たちは、実習があるからと先に帰ってしまった。
「……あの、ハシリマグロって何なんですか? 初めて聞いたんですけど」
ヒロシさんはドンとソファーに腰掛け、
「食用に遺伝子操作されたマグロだ。まだ市場には出回っていないから、知らないのも無理はないな」
と説明してくれた。
「マグロは、ずっと泳ぎ続けなければ呼吸ができなくなって死んでしまうだろう? キンキー大学が開発したこのマグロは、そうじゃない。だから、こんな狭い養殖場で飼うことができるんだ」
「ハシリマグロって名前から、脚でも生えてるのかなって想像していました」
冗談のつもりだったのに、ヒロシさんは真剣な顔でうなずいた。
「そうだ。ハシリマグロには脚が生えている。と言っても、それで地面の上を走れるわけじゃない。呼吸のための器官さ」
戸惑って、私は思わずホミさんの表情をうかがう。彼女は、にたりと笑った。
「僕は、走ってるところを見たことがあるよ」
「冗談ですよね?」
「そう、冗談、冗談」
その言い方には、妙な含みがあった。まさか、ね……。
その日の深夜、参考書を読んでいると、外で何かぺたぺたと足音のようなものがするので気になって出て見た。パジャマのままドアを開け、廊下にホミさんが立っていることに気付く。彼女の足音だったのだろうか。
「どうしたんですか?」
ホミさんの持つ煙草から、白い煙がゆらりと立ち上る。
「ついて来ちゃったみたいだね」
「えっ、何がですか?」
ホミさんは、いたずらっ子のような目で、どこかを指差した。その指の先には、何か銀色に光るものがあった。
目を凝らし、それが魚のような形をしていることを知る。巨大なマグロが胸ビレの辺りから生えた日本の足のようなものを使って、防波堤に沿って道路を走っているのだ。かなり速い。時速五十キロは出ていそうだ。
「冗談じゃなかったんですね?」
「ヒロシさんも、あいつが走るってことは知ってると思う。でも、まあ、それは企業秘密だから」
そんな言葉で済ませて良いのだろうか?
私は、あいつがこちらに向かって来ないことを、本気で願った。
熱帯魚の水槽に囲まれる生活も、今日で一週間が経つ。魚にあまり興味がないとは言え、毎日餌をやっていると愛着がわいてくる。黄色と黒の縞々の魚はハンシン・タイガースみたいでシンパシーを感じるし、体に赤と青の部分がある魚は下手したら派手すぎになってしまう配色なのに、絶妙なバランスを保っていてとても綺麗だ。
多分、姉は私のような軽い気持ちで魚たちを見ていたのではないと思う。研究対象としての興味だけでなく、家族や友だちとして好きだったのではないだろうか。姉が自分の少ない給料の大半を費やしていた水槽を、なんとなく切ない気持ちでながめる。
小さいころは、姉とけっこう仲が良かった。六つも歳が離れていることもあり、私が物心つくころには、姉は既に大人だった。……十代半ばの少女は世間的には子どもであるだろうが、私たち家族にとっては十分な大人だったのだ。両親の喧嘩の仲裁をし、引っ込み思案で自分の後ろばかりついてくる妹の面倒を見て、仕事が忙しい家族の代わりに家事をする。そうやって家族を支えなければならなかった姉には、自分自身の好きなものを見つける暇なんてなかったのだろう。彼女の執着心のなさは、そういう日々のせいなのだと思う。
だから、医学部に行って欲しいという両親の願いを振り切って、姉が理学部で魚の研究をすると決めたとき、私はビックリした。それと同時に、とても嬉しかったのである。姉にも、ちゃんと好きなものができたのだ、と。
夕方の六時ごろ、布団の上に寝転がってぼんやりしていると、手元に転がしていたスマホが鳴った。億劫だなと思いながら、画面を開く。姉からSNSでメッセージが届いたのだ。
「ごめん! 言い忘れてたんやけど、今日の十七時から明日の同じ時間まで、そのアパート断水になるんや。ぼろいアパートやから、貯水タンクもダメになってしまったらしくてなぁ。ってわけで、風呂に入れんから、近所にある銭湯へ行きなさい」
げっ、と思わず呟いてしまう。せめて断水が始まる前に連絡してくれていたら、早めにシャワーを済ませていたのに。
よっこらしょ、と重い身体を起こしたとき、玄関のインターホンが鳴った。一応ドアののぞき穴から確認すると、ホミさんが洗面器を抱えて立っていた。
「多分知らないと思うけれど、今日は水が出ないんだ。近所の銭湯まで案内するよ。小さな店だから、グーグルマップに載ってないんだよね。帰りに、一緒にソフトクリーム食べにいきたいな」
タイミングが良すぎるので、もしかしたら姉がホミさんに私を案内するように頼んだのかもしれないと思う。
「すぐに支度します!」
私はビニールの鞄に着替えの下着とバスタオルを入れ、部屋を出た。
確かに、その銭湯はぱっと見では普通の民家と区別が付かなかった。玄関の引き戸を開けると、そこは土間になっていて、鍵のついた靴箱が並んでいた。私たちは隣同士の箱に靴をしまい、フローリングの床を踏んで奥へと向かう。
それぞれ「男湯」と「女湯」というのれんのかかった二つの入り口の間に受付があって、腰の曲がったおばあさんが座っていた。花柄のワンピースをはおり、ルーペをかざしながら新聞を読むのに夢中になっている。
「おばちゃん、こんばんは」
ホミさんに話しかけられ、おばあさんはゆっくりと頭を上げた。しわしわの顔の中で、小さな黒い目が光る。
「おお、ホミちゃん。久しぶりやねえ」
「最近は、自分の部屋のシャワーで済ませてたから。今日は、ウミの妹を連れて来たよ」
こんばんは、と私は頭を下げる。おばあさんは、ほう、としばらく私をしげしげ見つめたあと、
「一人二百円ね」
と笑った。
銭湯に来るのは、すごく久しぶりだ。人前で服を脱ぐのが恥ずかしくて、あまり好きじゃない。
ぐずぐずしている私から少し離れた籠の前で、ホミさんはさっさと裸になる。
「あっ……」
思わず固まってしまった私に、彼女は少し寂しそうな目を向けた。
ホミさんの身体は、傷痕だらけだった。赤く盛り上がった大きな筋が、全身にいくつもいくつも這っている。
気まずくなって、私は「ごめんなさい」と頭を下げた。
「いや、良いんだよ。僕は気にしてない」
ホミさんは、ふっと微笑むと、浴室の方へと歩き出す。
「先行くね」
私は慌てて籠に服を入れ、後を追った。
浴室にはシャワーが三つと、十畳ほどの広さがある浴槽があった。目を引くのは、壁一面に広がる絵だ。青いインクで、たくさんの海の生き物が描かれている。鯨とイルカは名前が分かったけれど、他の魚が何なのか、私には分からなかった。
「アジにサンマ、マグロ、ホッケ……」
ホミさんが、楽しそうに一匹一匹指差しながら教えてくれる。
「なんだか、食卓に上るような魚ばかりですね」
「身近な魚だからねー」
まだ時間が早いからなのか、他に客はいなかった。私は持参した石鹸で丁寧に体を洗った後、湯船に足をいれる。熱い。四十度近くあるんじゃないだろうか。
私が足を抱えて座りこむと、先に入っていたホミさんが近付いて来た。
「ちょっと、昔話をして良い?」
「あっ、はい」
絶え間なく立ち上がる湯気で、彼女の顔はよく見えなかった。ただ、口調は、世間話をするときのような軽いものだった。
「僕、子どものころに海で溺れたことがあるんだ。体の傷は、そのときのものだよ。もう死んじゃう、って思ったとき、銀色のイルカが僕を助けてくれたんだ」
「ぎ、銀色のイルカ?」
「そうだよ、銀色にキラキラ光ってるイルカ。今の研究室に入ったのは、彼ともう一度会いたかったからなんだ」
不思議な話だ。銀色のイルカなんて、私は見たことがない。彼女が朦朧とした意識の中で見た幻なんじゃないか、と考え、それから小さく首を横に振った。私はこの街で、不思議な生き物をたくさん見たじゃないか。銀色のイルカだって、いるかもしれない。
「手がかりとか、ないんですか?」
「うーん、今の所はないね。『シラハマの歴史』にも載ってなかったし、研究所の人たちもみんな知らないらしいよ。もし僕が最初に見つけたら、名前を付けられるかもしれない」
「どんな名前にするか、考えてるんですか」
「いや、まだ」
ホミさんが、ざぶんと波を起こしながら立ち上がる。
「のぼせちゃったね。コノハちゃん、顔が真っ赤だよ」
話に夢中になっていて、お湯の熱さを忘れていた。
私たちは帰り道にある小さなケーキ屋さんでソフトクリームを買い、舐めながら海沿いの道を歩いた。夏の日は長く、空はまだ明るい。
「このソフトクリーム、ウミも好きだったよ。毎日のように食べてる」
ホミさんの何気ない言葉を聞いて、私は嬉しくなるのだった。
姉から、一時的に帰国するというメッセージが届いた。今日の夜に飛行機に乗り、明後日にはこの街に着くらしい。
「お土産、いっぱい買ってるからなー」
という文の最後には、ニコニコマークの絵文字が付いていた。
私がこの不思議な街に来てから、既に三週間が経っている。ホミさんは毎日のように私を外へと誘いだし、花火大会やらお好み焼き屋やら、色々な場所に連れて行ってくれた。
最初のころこそ彼女を苦手だと思っていたけれど、今はなんだかんだで良い人なんだなと好ましく思っている。彼女が漂わせている煙草の煙の匂いにさえ愛着がわいてくるぐらいに、いつの間にか心を許していた。
受験勉強の進捗はぼちぼちで、昨日やっと数学の参考書を一周することができた。姉の留守番役のために来たわけではあるけれど、のんびりした気候の中で過ごすのは、私にとっても良かったみたいだ。
その夜、私はハッと目を覚ました。窓からは青い光が部屋に差しこんでいて、天井に波紋が揺れている。何時ごろなのだろう。隣の部屋からホミさんがいつも流しているラジオの音が聞こえてこないし、もう日付が変わっているのではないかと思った。
ふと、玄関の方で人の気配がした。ホミさんかもしれないと思いながら体を起こすと、廊下に立っている、白くぼんやりと光る影が目に飛び込んで来た。
それは、幼い少女の形をしていた。ラメを散らしたようなワンピースの背中に、二枚の透き通った羽が生えている。いつだったか、砂浜で遠目に見た姿。
「ウミノチョウ……?」
少女は、何かをしゃべっているように口をぱくぱく動かす。けれど、声は聞こえなかった。私が呆然と見つめていると、少女は急にくるりと背を向け、ドアを開けて外へと走り出した。
「あっ、待って!」
私はパジャマを着たまま、彼女の後を追う。きっと、この子は何か大切なことを伝えたかったのだ。私の耳には聞き取れなかっただけで。
サンダルをつっかけ、海沿いの道を走る。少し前を軽やかに走る少女には、不思議と追いつけそうで追いつけず、もどかしかった。
不意に、少女が立ち止まる。私は走っていた勢いのせいですぐには止まることができず、前につんのめった。
「あっ……」
手が、地面に付かない。ふわりと体が投げ出されるような感覚の後、重力が一気に襲ってくる。
辺りが暗いせいで気付かなかった。自分が今、崖になった岩場にいるのだということを。
無我夢中で、ぎゅっと両腕で膝を抱える。支えてくれるものの何もない、空虚な落下。次の瞬間、全身に衝撃が走った。とても堅いものにぶつかったような、激しい痛み。
視界が一気に濁る。息ができない。口の中が燃えている。喉に勢いよく流れ込む水。鼻を逆流する刺激。
死ぬ……!!
そのとき、視界が銀色に染まった。私の身体を、何かが水面へと押し上げる。その皮膚は、つるりとしている。必死で手を伸ばすと、三角形の突起に触れた。これは、背びれだ。銀色イルカが私を背中に乗せて、荒れた海の中をぐんぐん泳いでゆく。
大気中に顔を出すことができ、海水を吐き出しながら息を吸う。咳が止まらなくて苦しい。
浜に着いたころ、ようやく少し落ち着くことができた。
私の身体をしっかりと抱いているのは、人間だった。服の上から、皮膚に這う盛り上がった傷痕の感触が分かる。彼女の柔らかい髪が、私の頬をくすぐった。
「ホミさん……」
ははは、とホミさんは笑い声を漏らした。
「なんか変だと思ってたんだ。君は、この世界の人間ではなかったんだね」
びっくりして何かを言おうとした私の口を、ホミさんが塞いだ。柔らかい唇の感触。また、息ができなくなる。口の中に、ふっと苦みが広がった。
「大丈夫。君のことは、ホシノチョウが元の世界に返してくれる。短い間だったけど、楽しかったよ」
「わ、私もです」
ホミさんが顔を放す。にっこりと微笑んで、そして、
「永遠に、さよならだ」
と言った。
「湖波(このは)、あんた、まだ寝てんの?」
姉の大声で、私は深い眠りから覚めた。ゆっくりと体を起こすと、そこは熱帯魚の水槽に占領された狭い部屋で、私は姉の布団の上で寝ていたらしかった。
「宇海(うみ)お姉ちゃん、帰って来んの明日になるんちゃうかったっけ」
目をこすりながら、早朝だと言うのに元気な姉の顔を見上げた。三週間ぶりに会う彼女は、真っ黒に日焼けしている。
「一本早い飛行機のチケット、取れたんや。田舎の町に一人ぼっちで、勉強は進んだか?」
「一人って……ホミさんが……」
姉は、いぶかしげに首を傾ける。
「ホミ? 誰、それ」
姉によると、隣の部屋はずっと空き部屋のままらしかった。大学の研究室には、そんな名前で呼ばれている学生なんて一人もいない。
「夢でもみてたんちゃうんか」
と、姉はバカにしているのか心配しているのか、複雑な表情で私の顔をのぞきこんだ。
和歌山県田辺市にある紀伊田辺駅の前には、「二宮」という和菓子屋がある。そこの喫茶スペースで姉と共にみたらし団子を食べながら、私はこの三週間で経験した不思議な出来事について語った。
姉がまともに話を聞いてくれていたのかは分からないが、「走るマグロ」についてはツボにはまったらしく、大笑いしていた。
「湖波、あんたやっぱり、勉強のしすぎやわ。ちょっと休憩しよし」
「うん、そうするわ」
夏がゆっくりと濃くなってゆく街の中、私は思う。
「あの世界」にも私や姉がいたように、「この世界」にもホミさんはいるのではないか。
いつかきっと、私たちは会える。
そしてそれは、私たちの初対面なのだ。
私の夏と、海辺の街の不思議 紫陽花 雨希 @6pp1e
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