第39話 私が殿下のために出来ること

 帝国で迎える2回目の誕生日を数週間後に控えたある日。

 殿下から1通の手紙が届いた。


『暖かくなったから、ピクニックに出かけないか?』


 珍しいこともあるものだと思い、前の晩からお弁当作りに精を出した。

 なにせ、事前に約束して外出するなんて初めてのことだ。

 今日は馬にも乗れるように、白いシャツと黒い編み上げ靴という乗馬スタイルの服を選んだ。


 宮殿に着くと、立派な馬車が用意されていた。

 久しぶり会った殿下は、さらに精悍さが増した気がする。

 相変わらずな美貌に見惚れながら、馬車の中に足を踏み入れた。


「……あっ」


 そこにはすでに、クリステル様とシャルル様が馬車に乗っていた。


「エレナ様、おはようございます」

「クリステル様、シャルル様、おはようございます」

「クリステル?」


 後から乗り込んできた殿下が、訝しそうに眉を顰める。


「本日は私たちにもお声かけいただきまして、ありがとうございます」

「父上、ありがとうございます」

「……」


「私たちもお誘い頂いたと伺ったのですが、もしかして違ったのでしょうか?」

「違う――」

「そぉーなのですっ!天気が良さそうだから、みんなで一緒にどうかしら、って思いまして!」

「エレナ……」


 いいから、そういう事にしておきましょう? と殿下に目で訴えた。


 1時間程で、小川の流れる草原に着いた。

 空気が新鮮で美味しい。あたり一面にシロツメ草やレンゲの花が咲いている。


 侍女達が木陰を見つけて、テキパキとピクニックの準備をしてくれている間、シャルル様を連れて散歩をすることにした。それが許される程度には、信頼を得ているらしい。


「シャルル様は、お花や昆虫は好きですか?」

「はい!」

「じゃあ、お花の冠を作りませんか? 後でお母様に差し上げましょう?」

「わーい、作りたいです!」


 チラリと殿下とクリステル様を見ると、侍女が準備したシートの上に座り、穏やかな表情で会話をしていた。


「これはこうして……ほら、出来た!」

「わー、エレナ様、すごい!魔法みたい」


 しばらくすると、侍女が昼食の用意ができたと伝えに来てくれたので、昨夜用意したお弁当のバスケットを持って昼食の席に着いた。


 けれど、すでにテーブルの上には豪華な昼食が用意されていた。


「お口に合えば良いのですが」

「え? これ、クリステル様の手作りですか? すごいです」

「召し上がっていただけますか?」

「もちろんです。いただきます。……とっても美味しいです」

「たくさんありますから、遠慮なく召し上がってくださいね」


 何となく、自分が作って来たお弁当を出すタイミングを逸してしまった。

 すでに食べきれないほどのランチが並べられていて、とてもじゃないが、自分が作ってきた分まで食べてもらうのは無理そうだった。


 せっかくだからとレオポルドのところへバスケットを持っていくと、護衛のみんなが集まって来た。


「妃様の料理、大好きだったから、食べられなくなって悲しんでたんですよ」

「ふふふ。私じゃなくて、ご飯が食べられなくなったのが悲しかったのね?」

「いえ、決してそういうわけでは!」

「あはは、良いのよ! 今日はたくさん食べてね」

「ありがとうございます!!」


「……おい」

 背中越しに不機嫌さを隠そうともしない声が聞こえ、ビクリとなる。


「殿下?」

「俺にはくれないのか?」

「え?」

「作ってきてくれたんだろう? エレナのご飯が恋しいのは、俺もなんだがな」

「ふふっ。殿下も恋しいのはご飯ですか?」

「っ、そういうわけじゃ――」

「はいはい。良いですよ。どうぞ」

「……ん、美味い」

「それは良かったです」


 それからは、芝生の上にシーツを広げて読書をしたり、お菓子をつまんだりしながら過ごした。

 殿下とクリステル様とシャルル様が座っているシーツから少し離れた場所で、私は一人、草原の上に座ってスケッチをすることにした。


 3人が団欒している姿をデッサンしていく。


 こうしてみると、絵に描いたような幸せな親子だ。

 私は傍観者。妻の座は、いずれ他の誰かに明け渡すことになる。

 だとしたら、馴染み過ぎないようにしなければ。


 第三者のように観察して、将来自分もこういう素敵な家庭を作るんだという憧れにまで昇華させる。

 そうすれば、見苦しい嫉妬で心が塗りつぶされることもなく、綺麗なまま帝国を去ることができるだろう。


 デッサン画に影が差して、思わず顔を上げたら、殿下が心配顔で私を覗き込んでいた。

「……こっちに来ないのか?」

「家族で団欒する姿が、幸せそうで。ほら! 上手に描けているでしょう?」

「エレナだって、家族だろう?」

「……」


 殿下はドカッと隣に腰を下ろすと、小さく溜息をついた。


「今日は、エレナだけを誘ったんだ。すまなかった」

「ふふっ。賑やかで愉しかったですよ?」


 これ以上、この人の心労を増やしたくなくて、穏やかに微笑んだ。


 王国と帝国との和平は、確実に強固なものになってきている。

 けれどまだ、私が殿下と親しくなるのを阻みたい人物が宮殿の中にいるらしい。

 分かっていたことだが、それだけ殿下の支持基盤が盤石でないということなのだろう。


 卒業まであと3か月もない。

 残りの期間――せめて、殿下の妻である限りは、彼のことを支えたいと思う。

 私に出来ることは何だろう……シャルル様の屈託のない笑顔を見つめながら、そんなことを考えていた。

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