第36話 まるで殿下のことを
そして迎えた学園祭当日――
なぜか私は緑色の衣装を被り、舞台の背景として木立の役をしている。
こんなはずじゃなかったのに……。
VIP席では変装した殿下が満足気に鑑賞している。隣には、オーギュスト様とフォスティーヌ様が――。
学園祭に辺境伯領の特産物をたくさん寄付してくれたオーギュスト様にも、「学園祭の劇で異国の王女役を演じることになったので、都合がつけば観に来てほしい」と手紙を出していたのだ。
せっかく来てくれたのに……なんたる屈辱――絶対に許さないんだから!
上演後、舞台裏で片づけをしていた私のもとへ殿下とオーギュスト様がやってきた。
「なかなか良い演技だったじゃないか」
「……本来は、もっと!ずっと!華のある役だったんですけどねっ!」
「仕方ないだろう? 不貞を許すわけにはいかない」
「『不貞』って、ただの演技ですよ?」
「唇を他の男に許すんだ。たとえ振りでも、ダメだろ普通」
「何それ。嫉妬?」
「は?」
「嫉妬してるようにしか聞こえないんですけど?」
「……経験がないから、よく分からない」
「ふぅ――、これだから色男は!」
「ははは。相変わらず仲が良いね。でもエレナ、王女役なんてつまらないだろう?」
「ひどい、オーギュスト様まで!私があの役を射止めるのにどれだけ努力したと――」
「私生活でも同じようなものなんだから」
「わたしの生活の、どこをどう切り取れば、『王女』みたいなんですか?」
「今はそうだけど、卒業したら宮殿に住むことになるんだし、いずれは王妃になるんだから」
「まさか! 私が卒業したら殿下とは離――うぐっ。ちょっと殿下、何するんですか!?」
「――アルフォンス。お前、まさかまだエレナに――」
「叔父上。こんなところにいて大丈夫なのですか? フォスティーヌ夫人が先ほどからお待ちですよ?」
「あ、すまない。この後、辺境伯領のスタンドに顔を出す約束をしていたんだった」
オーギュスト様がフォスティーヌ様に優しく微笑みながら「ごめん」とでも言うように手を上げ、夫人の腰を抱きながら出ていく様を見送った。
はぁ――ぁ。
ああいうの、憧れちゃうなぁ。なのに――私たちときたら。色気の欠片もない。
「エレナはこれから何か予定あるか?」
「いいえ? 特には」
「だったら、学園祭を一緒に見て回らないか?」
「え――? 視察だったら、ガブリエル会長に案内してもらったらどうです?」
「視察じゃない。いや、それもあるが。俺は騎士学校に通っていたから、こういうのは見たことがないんだ」
「それって、私とデートしたいってことですか?」
「なっ!」
「違いましたか? じゃあ、ガブリエル会長を呼んできます」
「いや、……別に、そう取ってもらっても構わない」
「ふーん。じゃあ、殿下に何か買ってもらおうかな」
「ああ。遠慮するな」
皇太子なのに、貴族学園じゃなくて「騎士学校」を卒業したというのが意外だったけれど、帝国ではそういうものなのかなと思って、特段、理由を聞いたりはしなかった。
「アングレア王国フェアをやっているんだろう?」
「はい。交換留学制度の導入を記念して、学園祭に王国料理や雑貨のスタンドを出すことにしたんです」
「なるほどな」
「帝都のレストラン、覚えてますか? あそこのオーナーに協力をお願いしたら、色んなお店に声をかけてくれたんです」
「みんなー!! お客さんを連れてきたよー」
「わー、いらっしゃいませー!!」
「おっ。お嬢ちゃん!来てくれたんだね」
「当たり前じゃないですか! で、オーナー、売り上げはどうですか?」
「おかげさまで好調だよ! 留学生の皆が手伝ってくれて、助かってる」
「私の叔父様、お金持ちだから、もっと貢献しちゃいますね!」
「おっ、あの時の叔父様だね。てっきり恋人かと思ったよ」
「――恋人ではない。夫だ」
「えっ!? 嘘!? エレナ様ってご結婚されていたんですか!?」
「ちょっと!みんな驚いてるじゃないですか。わたし、学園では独身で通してるんですからね? それに、あのお店では殿下は叔父という設定なんです!」
「……ややこしいな。もういいじゃないか、夫婦ということで」
「よくない!」
「照れてるのか?」
「照れてなーい!」
「ふっ。嘘だな」
――どうして殿下がこうも急に私の嘘を見破れるようになったのか不思議でならなかったが、ずいぶん後になってから、ランスロットが殿下へ「ヘレナが嘘をつくときは
「あっ、これとかシャルル様が喜びそうです! これは、今女性に人気のハーブ入りのクリームなんですよ? 良かったら使用人のみんなへの贈り物に如何ですか?」
「エレナもこういうの、好きなのか?」
「はい」
「そうか」
「それで、あっちの出し物が――」
「……すまない、そろそろ時間だ」
「あっ、そうでしたよね。すみません、私ったらつい――」
「いや。愉しかった。……それから、これはエレナに」
そう言って、王国産のハーブ入りのボディクリームと椿のヘアオイルを手渡してくれた。
「え? これって――」
「王国フェア、大盛況だったな。ご褒美だと思って受け取ってくれ」
「ありがとうございます。大切に、使わせていただきますね」
「――じゃあ、またな」
そう言うと、前髪をポンポンと撫でてくれた。
大きな手。
いつも悪態ばかりついているから気づかなかったけれど、殿下も、オーギュスト様と同じくらい、大人の男の人の手をしてるんだ。
意外な発見に驚いていると、不意打ちのようにチュッと音を立てて唇に口付けをされた。文句を発する前に、殿下はくるりと私に背中を向けると、片手を上げて帰って行った。
変装してるとはいえ、こんな場所でするなんて――
心臓がうるさいくらいに鼓動を立てている。
「わたし、なんだか変だ。まるで殿下のこと――」
幼い頃から、「公爵令嬢」や「王太子の婚約者」という役割を演じてきたせいか、どうも私は自分の気持ちに疎いところがある。
けれど、残された時間はあまりない。
早々に自分の気持ちをはっきりさせないと――前に進めない。
いつもよりも少しだけ楽し気に見える殿下の背中を見送りながら、そんなことを思った。
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