第31話 告白

 あれから私と殿下は、定期的に文のやり取りをしている。意外なことに、殿下は毎回、律儀に返事を書いてきてくれる。最近出したのはこんな手紙だ


『秋の学園祭で、アングレア王国フェアを開催することになりました。領地の特産物を紹介するコーナーも作るので、夏休みには辺境伯領へ行ってくる予定です』


 そう。9月から交換留学制度を利用して10名の王国人が学園にやってくる。学園の生徒たちに、もっと王国のことを知ってもらおうと、学園祭で行うバザーと並行して、「アングレア王国フェア」なるものを行うことにしたのだ。


 留学生の受入準備や生徒会のお手伝いをしている私は、夏休みも変わらず寮に住んでいる。少し落ち着いた8月半ばになって、ようやく1週間ほど休みが取れることになった。

 そこで、学園祭用に寄付してもらう特産物を受け取るために辺境伯領へ行くことにした。


 まぁ、それは建前で、本音はオーギュスト様に会いたかっただけなのだけれど。

 とはいえ、一人で訪ねるのも心許なかったので、セヴラン先生も誘うことにした。

 お屋敷に着くと、オーギュスト様自らが出迎えてくれた。


「よく来たね、エレナ。セヴラン先生もお変わりないようで、何よりです」


 挨拶を交わして顔を上げると、オーギュスト様の後ろで控え目に立っている、物腰の柔らかそうな女性がいることに気づいた。


「あぁ、エレナは初対面だったね。辺境伯領の執務を手伝ってくれている、フォスティーヌ夫人だ」

「フォスティーヌ夫人……は、初めまして。エレナと申します」

「お初にお目にかかります、皇太子妃様。ご無沙汰しております、セヴラン先生」

「これはフォスティーヌ夫人。ご無沙汰しております。西国の暮らしはいかがでしたか?」

「とても興味深くて、カミーユ様とともに良い経験をさせていただきました」


 にこやかに応対しているその夫人をジッと見つめていたら、気付いてしまった。

 以前レオポルドが言っていた、オーギュスト様の意中の人というのは、この女性なのではないかということに。

 オーギュスト様がフォスティーヌ夫人に対して注ぐ眼差しが、愛しい女性を見つめる男のものであるということにも。


「さぁ、2人とも中へお入りください。暑かったでしょう?」

「お邪魔致します」

「どうしたんだい、エレナ? 他人行儀じゃないか。前回と同じ部屋をエレナのために用意してあるからね。ゆっくりしていきなさい」

「――ありがとうございます。お世話になります」


 年末に滞在したときと同じ部屋に荷物を下ろし、着替えを済ませた頃、オーギュスト様の一人娘であるカミーユ様が学友の別荘から帰ってきたとの知らせを受けた。


「お父様っ! ただいま戻りました」


 カミーユ様がオーギュスト様の胸に飛び込み、ギュッと抱きつくさまを、羨ましいなと思いながら眺めていた。


 その日の夕食は、カミーユ様と私やセヴラン先生のために、贅を尽くした夕食を用意してくれていた。


「わあ、私の好物ばかりだわ!」


 カミーユ様が感嘆の声を上げると、オーギュスト様が「今夜の献立はフォスティーヌ夫人が考えてくれたんだ」と告げた。


「さすが夫人! 私の一番の理解者ね!」

「エレナが食べてみたいと言っていた魚介類もたくさんあるからね。遠慮なく食べてくれ」

「嬉しいです! いただきます」

 無邪気に喜ぶ振りをして、食欲もないのに胃の中へむりやり詰め込んだ。


 ――私のことまで考慮して、献立を考えてくれたんだ。


 夫人の温かな心遣いや、人を優しく包み込む独特の存在感に、若さでは勝てない器の差のようなものを感じて、少しだけ落ち込んだ。


 くわえて、この落ち着いた控え目な佇まい――オーギュスト様のタイプって、私とは真逆な女性だったんだ。


 翌日は、森に入るのは久しぶりだというカミーユ様を誘ってベリーの実を採り、ブラックベリーパイを焼いた。セヴラン先生もフォスティーヌ夫人も出かけていて、オーギュスト様とカミーユ様と3人で先に焼きたてのパイをいただくことにした。


「わぁ。美味しそう! お料理が得意だなんて、エレナ様のこと、尊敬いたします」

「尊敬だなんて、そんな……」

「いただきます」

「……うん、美味い」

「お口に合ったようで良かったです」


 そのあと、3人でお茶をしながら西国の留学生活について話を聞いていたのだけれど、カミーユ様の幼馴染が突然屋敷を訪ねてきて、談話室にオーギュスト様と2人、残された。


 私は、体中から勇気を振り絞って、オーギュスト様に向き合った。


「オーギュスト様。再婚の件、考えてくださいましたか?」

「エレナ……」

「私は、オーギュスト様が望んでくださるなら、こちらでお世話になりたいです。その、ちゃんとした妻として――」

「エレナ。すまない。私は、君の気持に応えることはできない」


「……フォスティーヌ夫人ですか?」

「知っていたのかい?」

「雰囲気、でしょうか。2人の醸し出すオーラが、とても暖かくて、慈愛に満ちていたから」

「平静を装っていたつもりなんだが」

「ずっとオーギュスト様を見てきた私だから分かったのかもしれません。想い合う2人の間には、自然と幸福感が溢れ出てしまうものなんですね」

「……エレナ、前にも言ったけれど、君は今のままで十分、素敵なレディだよ」

「自分でも、そうなれるよう努力しました。でも……誰も、私を必要とはしてくれないみたい」


 ヘヘッと笑うと、涙がスーッと出てきた。


 こんなの、自分らしくない。

 オーギュスト様を困らせたくはないから、グッと涙をこらえて、冗談ぽくつぶやいた。


「……ベリーだったのか、ダメだったのかなぁ」

「ん?」

「『ベリーパイを焼いてくれるような奥さんがいたら、最高だろうな』って前におっしゃったでしょう?だから、もっと上手に焼けるように練習したのに――」

「エレナ」

「きちんと断ってくださって、ありがとうございます。私、このままだと『素敵なレディ』とはかけ離れた姿を晒してしまいそうだから、失礼しますね」


 精一杯のカーテシーをして、談話室を後にした。


「キャッ!!」

 下を向いて走っていたせいで、出会い頭に誰かとぶつかってしまった。


「っ、すまない。大丈夫か?」

「殿下!?……どうしてここへ?」

「ん? ちょっとな……っ、どうした!?」


「……何でもない」

「エレナの嘘は、分かるんだ。何があった?」

「……」


 殿下は何かを察したように私の部屋へ行くと、手早く荷物をまとめてくれた。

 私の代わりにオーギュスト様に滞在のお礼を伝えると、2人で屋敷を後にした。

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