第30話 誤解と氷解ー2

 その日の夕食は、使用人のみんなも一緒に大テーブルを囲んで、私の一時帰国とヴィクトリア様の懐妊――といっても本人は不在だけど――を祝う宴を開いた。

 夜も更け、デザートを食べ終わると、場所を変えてランスロットと食後酒を楽しむことにした。


「はぁ――。美味しい。ね、ランスロット知ってる? 帝国ではね、18までお酒はダメなの」

「へー。お堅いんだな。じゃあ、こっちに帰ってる間に味わっておけよ」


 ランスロットが親切心でじゃんじゃんお酒を注いでくれるものだから、ついつい調子に乗ってしまって、気がつけばオーギュスト様への恋心まで打ち明けていた。


「辺境伯って、皇弟殿下だろう?」

「ランスロット、オーギュスト様のこと、知ってるの?」

「あぁ。結婚式に皇帝陛下の代理として参加してくださったからな」

「そうなんだ」


「でも、愛人はダメだろ!」

「はぁ? 何言ってるのよ。私が目指してるのは正妻の座よ!?」

「いや、でも皇弟殿下ってたしか――」

「ん? 何?」

「いや……ナンデモナイ」

「嘘おっしゃい! ランスロットが嘘つくとき、小鼻が動くの、知ってるんだから!」

「あ――、ヘレナ、それ! ヴィクトリアに言っただろう!?」

「いいから、知ってることを言いなさいよー!」


 ランスロットの胸倉をつかんで身体をグラグラと揺らしていると――部屋が凍り付くような冷ややかな声が響いた。


「――何をやっている」

「えっ、アルフォンス殿下!? なんで? どうして王国ここに?」

「――ランスロット殿下。エレナの手を放していただけますか? 今すぐに!」

「え? あ、はい」


 それから30分ほどは、殿下の誤解を解くために、それこそお通夜のような時間が流れた。


「――とういわけで、不貞だなんて全くの誤解ですから!」

「分かった。――エレナ、酒を飲んでいるのか?」

「え? はい。そうですけど」

「『未成年だから飲めませんの』などとしおらしく言っていたのは誰だ?」

「ここは王国で! 私は王国人ですから! 帝国法もっ、殿下の得意なもっ、適用されないんですーっ!」

「なっ!?」


「……アルフォンス殿下。ヘレナは聡明ゆえに高慢な女に思われがちですが、幼い頃に助けてくれた青年が迎えに来てくれるのを本気で信じて待っているような、純粋な女なんですよ」

「ちょっと、ランスロット!?」

「ほら。こんなことで顔を真っ赤にして恥ずかしがるような初心うぶな女なんです。……ん? どうして殿下まで真っ赤なんです?」

「いや。……彼女がピュアで可愛いらしい女性であることは知っている」

「へ? あ、そうなの?」


「……ランスロット。貴方、突然何を言い出すのよ?殿下に私の黒歴史を暴露するつもり?」

「え? いや、少しでも殿下にヘレナの良さを分かってもらおうとだな――」

「彼女の良さなら、十分理解しております。ご心配には及びません」

「そのポーカーフェイス。――いまいち信用できないんだよな」


「料理上手で気配り上手。朗らかで他人の失敗に寛容な一方、自分を律することは忘れない。困難な状況も自力で乗り越えていく逞しさと聡明さ。外面の美しさは言うに及ばない。口付け一つで頬を赤らめる純粋さを持ち合わせた――」

「ちょっと殿下!? 最後のは要らないでしょ?」

「――分かってるじゃないか」

「え?」


「心配して損した。ヘレナ、あの中年オヤジオーギュストよりは、アルフォンス殿下の方がよほど良い男だぞ?」

「ほぉう。貴殿もそう思われますか?」

「あぁ。大人の色気だか余裕だか知らんが、俺たちだってあと数年したら自然とそういうのが滲み出てくるようになるんだ。それをヘレナのやつ、全く分かっちゃいない」

「……気が合いますね。全くもって同感です」

「だよな? そういえば、年代物のブランデーを持ってきてたんだ。殿下、一緒にどうです?」

「いいですね。エレナは先に休んでいてくれ」

「ええっ!?」

「そうだな。男同士、積もる話があるからな」

「え――っ!?」


 結局、急に意気投合し始めた2人に追い出されるような形でその場を後にした。



 翌朝。

 王都へ帰るランスロットを殿下と一緒に見送った。


「ヘレナ、元気でな」

「ランスロットも。ヴィクトリア様に宜しくお伝えしてね」

「ああ。それから……愛もあるんじゃないか? 分かりづらいだけで。ま、頑張れ!」

「何よ、それ。……わけわかんない」


 ランスロットを見送ると、今度は帝国へと帰る馬車に2人で乗り込んだ。復路は、殿下が学園都市まで送ってくれることになったのだ。


「エレナ。昨夜の話だが、本当か? 昔助けてくれた青年を待ってるというのは――」

「――昔の話です。もう、忘れました」

「……そうか」

「はい」


「――ランスロット殿下だが、何というか、前評判とは違って不思議な魅力のある人物だな。帝国語も完璧だった」


 そうなのだ。ランスロットは一見、温和で頼りない印象を人に与えるが、実は勉強熱心で、悔しいくらいに要領が良かったりする。


「ふふっ。ランスロットはああ見えて、外国語が堪能なんですよ? 4か国くらいは流暢に話せるんじゃないかな」

「そうなのか? ……意外だな」

「ふふっ。ですよね?」


 学園都市に着くと、殿下にお礼を伝えて鞄の中から栗色のウィッグを取り出した。


「お忙しい中、祖母の1回忌に顔を出してくださいまして、ありがとうございました」


 それから、サイドの髪の毛を耳にかけ、上からウィッグを着けた。

 途端に、殿下の顔に影が差す。


「あ、切った髪の毛はかつらにしてあるので、ご心配なく!公式行事の際にはそれを被りますから」

「すまなかった」

「え?」

「女性にとって髪は、身体の一部なんだろう?」


 そっか、「初夜の儀」で共寝していた頃、言ってくれたんだっけ。「美しい髪だな」って。思い返せば、殿下から褒められたのって、髪の毛くらいだったような……。


「大袈裟ですよ!それに、乾かすのが楽で助かってます」

「……今さらだが」


 殿下は、苦しそうな表情を浮かべたまま、美しいラッピングがされた見覚えのある小箱を差し出した。


「これ……」

「17歳の誕生祝いだ。自分で選んだから――エレナは気に入らなかったのかもしれないが、持っていてくれないか?」

「え? ……殿下が選んでくれたんですか?」

「エレナが言ったんだろう? プレゼントは相手のことを想い浮かべながら、自分で選ぶものだって」

「そっか。そうだったんだ。――開けても良いですか?」

「あぁ」


 それは、美しい瑠璃るり色の髪留めだった。金の薄片が散りばめられていて、まるで夜空に輝く星のようだった。


「わぁー。綺麗なバレッタ!!ありがとうございます」

その髪ショートボブじゃ、不要だったな」

「髪はまた伸びますから」


 このバレッタを使うくらい髪が伸びた頃には、もう――。

 勿体ないけれど、このバレッタを使う日は来ないだろうなと思ったことは、心の内にしまっておいた。


 それからはまた日常へ戻っていき、殿下のことを考えることも少なくなっていった。


 無事に3年次への進級が認められてほっと一息ついた頃。

 ふと、別れしなに殿下から「手紙を書いてくれ」と言われたことを想い出し、久方ぶりに筆をとった。

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