第27話 私も同じなんですよ

 何とはなしに同年代の令嬢たちが多く出入りしているお店が目につき、つられるように入ってみると、ジュエリーショップだった。

「皇室御用達」という謳い文句が掲げられたそのお店には、かつて実母が身に着けていたような豪華なビジューが所せましと飾られていた。


 買い物に来ていた母娘が、眩しいくらい宝石が散りばめられたネックレスを、ああでもないこうでもないと言いながら眺めているのを横目に見ながら、早々に店を出た。


 何となく、居心地が悪かった。


「皇室御用達かぁ。そういえば、4月の誕生日に殿下が贈ってきたの、結局何だったんだろう」


 メッセージカードの筆跡がどこからどう見てもイヴェット様のものだったから、箱も開けずに送り返したのだ。

 ――だって。ほんの少し、傷ついてしまったから。帝国で迎える初めてのお誕生日に殿下から届いた品が、他の女性が選んだものだということに。


 振り返ってみれば、殿下から贈られたものなんて、一つもない。

 結婚指輪は、サイズの合わないぶかぶかのリングだったし。

 初めて一緒に外出した先で買ってもらった指輪は、私がおねだりしたものだった。

 それに年末のバーベキューの時だって、私にだけお料理を取り分けてくれなかった。


 ――もしかしてと期待したお誕生日に、イヴェット様が選んでイヴェット様が代筆したメッセージカードが届いたとき。

 私は、殿下の心をほんの少しでもいいから自分にも向けてほしいと思う願いを、完全に手放した。


「つくづく、私も可愛げがないわよね。こんなだから、お母さん、私を置いて出て行っちゃったのかな……」


 それから、いくつか露店を見て回ったが、歩き疲れたので屋台で飲み物を買って休むことにした。噴水がある広場で腰を下ろし、行きかう人を眺めながら果実水を飲んでいると、不意に声をかけられた。


「あっ、いました! エレナ! エレナ―!」

「……ガブリエル会長? どうしてここへ――」

 いるのかと聞こうとしたところで、隣に立つ長身の男性が目に入った。


「……貴女が王国からの留学生か?」

「っで、で、殿下~!?」

「ん? 平民に扮してきたのだが、よく私だと分かったな?」

「それはっ……皇太子殿下は王国でも有名なお方ですから」

「ほぉう。どういうふうに有名なのか、興味があるな」


「冷酷……いえ、冷徹?なお方だとかなんとか……」

「ふっ。そうか」

「殿下。彼女が王国からの留学生の―」

「っ留学生の! エレ……エロイーズと申します」


 ガブリエル様に被るようにして恐縮したていを装い、俯いたまま、偽名を使って自己紹介をした。


「エロイーズ嬢。顔を上げてほしい。今日の茶は、貴女が淹れてくれたのか?」

「はい」


 渋々顔を上げるが、目は合わせられない。

 栗色のウィッグを付けているものの、姿形までは変えられない。

 演劇部で培ったメイクテクニックと、見慣れぬ制服姿ということで、別人だとごまかせるのを祈るしかない……。


「温度といい、茶請けの菓子といい、まるで私の嗜好を知っているかのようで驚いた」

「恐縮です」

「今、帝国議会で留学生の受入について議論をしているんだ。散歩でもしながら、話を聞かせてもらえないか?」

「で、でしたら、他国の留学生たちも呼んでまいります」

「急に呼んでは彼らを恐縮させてしまうだろう? それに、時間も限られている」

「うっ……」

「それじゃあ、行こうか? エロイーズ嬢」


 殿下は、「ここからは彼女に案内をしてもらうから大丈夫だ」とガブリエル会長に告げると、私の肩を抱いて歩き始めた。


「あ、あの、殿下?」

「シ――ッ! 今日はお忍びで来ているんだ。アルフォンスと呼んでくれ」

「……アルフォンス様」

「ふっ。エレナが名で呼んでくれたのは初めてだな」

「えっ! 私だって分かっていらっしゃったのですか?」

「私の好みをあそこまで的確に把握しているのは、エレナ以外にいないからな」


 いや、いるでしょ!? 毎日殿下の執務室でお茶を淹れてくれている人たちが! 


「息災のようだな、エレナ。いや、エロイーズだったか?」

「うっ……アルフォンス様もお元気そうで何よりでございます」

「帝国語が随分うまくなったな。敬語も使いこなせている」

「学園生活のおかげですわ」

「……そうか」


「それで、今日はまたどうしてこちらへ?」

「なんだ? 夫が妻の顔を見に来たらいけないのか?」

「宮殿を去る時、公式行事以外でアルフォンス様にお会いすることはないと伺っていたものですから。辺境伯領でお会いしましたのは、偶然でしたし」

「――そうだったか?」

「はい」


「17歳の誕生日を祝えなかっただろう?」

「え?」

「居場所を探すのに手間取ってしまったが、祝いに来たんだ」

「……」

「どうした?」

「お心遣い、ありがとうございます。ですが、このようなこと、名だけの妻にして頂く必要はございません。私に会いに来てくださる時間があるのでしたら、殿下の大切な方のために、その貴重な時間を使って差し上げてください」

「固いことを言うな」


「結婚指輪はお返ししましたし、離縁状もお渡ししました。私のことはもう、存在しない者として扱ってくださって結構です」

「叔父くらいに思ってくれたらいいと言っただろう? せめて、私の妻でいる間くらいは祝わせてくれ」

「……私には叔父と呼べる方がいなかったものですから、どういう距離感で接したらよいのか分かりません」


「年相応に、ただ、甘えてくれたらいい」

「甘える?」

「敬語も叔父には不要だ」

「そういうものなのでしょうか……」

「そういうものだ」


「ですが、アルフォンス様はオーギュスト様に対して敬語をお使いになられているではありませんか」

「彼は、叔父である前に、上官でもあったからな。少し特殊なんだ」

「そうだったのですか?」

「あぁ。――なあ、頼むから以前のように、普通に接してくれないか?肩が凝って仕方ない」

「それは、命令でしょうか?」

「違う。お願いだ」


 頼むから――叱られた子犬みたいな顔をして頼んでくるものだから、ついつい心を許してしまいそうになる。


 あの願いは、完全に手放したはずなのに。


「――では遠慮なく。アルフォンス様、わたし、歩き疲れたのでもう寮へ戻ります」

「なっ!おい、待て!」

「何でしょう?」

「……家まで送っていく」

「いいですよ、そんなの。お忙しいんでしょう?」

「送らせてくれ」


 それから殿下に促されるまま馬車に乗り、学園の正門まで送り届けてもらった。


「ついでだから、寮まで送っていこう」

「すぐ近くだから大丈夫ですよ」

「そういう訳にはいかない。妻がどんな所に住んでいるのか把握しておくのは、夫の務めだからな」

「夫の務め、ねぇ。本当は私のことが心配でたまらないんじゃないですか?」

「いいから、案内してくれ」

「はいはい」

「……」


「あれ?『はい、は1回!』ってやつ、どうしたんです?」

「言ってほしいのか?」

「うーん、変な話だけど、上手に敬語が話せるようになった途端、殿下に注意されていた頃を懐かしく思うようになっちゃって」

「ふっ。そうか」


「私も同じなんですよ」

「何が?」

「『本音で話せる相手がいなくなったことには、案外、こたえている』ってやつ」

「――そうか」


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