第26話 殿下の来訪

 1月に編入学した私だったが、いち早く学園生活に馴染めるようにと、教師が一人の生徒を紹介してくれた。


 それが、現生徒会長のガブリエルだ。


 侯爵家の次男で文官を目指している彼は、熱心に生徒の声を集め、学園生活や教育のクオリティ維持・向上のため、積極的に教師や学園長に対する提言・要望活動を展開している。


 そんな彼は、王国からきた留学生――と皆が信じている――の私に興味津々で、何かにつけて私の意見を求め、提言書にまとめて学園側へ要望として上げている。


 ここ最近の一番の成果は、王国のサーフォーク公爵領にある学校と帝国の貴族学園との間で、交換留学制度を導入したことだ。


 私たちの婚姻を機に政治面で和平が保たれたとしても、国民感情はそう簡単に変わるものではない。まずは未来の有権者である若者たちの文化交流から始めて、草の根的に相互理解が進んでいけば、いつか本当の意味での平和が訪れるのではないかと期待してのことだった。


 ここで立ちはだかった最大のネックは、やはり資金の調達だった。


 そこで、殿下とランスロットから毎月支払われている給金と慰謝料を元手に「フォンスロット奨学基金」なるものを創立し、王国及び帝国の学生で留学意欲が高い生徒に対し、返済義務のない給付型の奨学金を提供することにした。

 ガブリエルや学園長には、両国の和平に尽力している2人の偉人が匿名で資金をバックアップしてくれることになったと告げている。


 まあ、実のところは「匿名」じゃなくて「2人の偉人には内緒で」と言った方が正しいし、「匿名」ではなく2人の名前――アルとランを掛け合わせた名前を基金の名称に使っているわけだけれど。


 あながち嘘とも言えないだろう。だって、講和条約を結んで両国の和平に向けて日々尽力しているのは、紛れもなくアルフォンス殿下とランスロットなのだから。


 とまあ、そんな縁から私も時おり生徒会の仕事を手伝っている。学園には裕福な平民や成績優良な平民も通っているが、主な生徒は貴族の子息子女だ。


 年末年始に会ったとき以来、殿下とは一切連絡を取っていない。

 皇族にまつわる噂話は日々耳にするものの、信憑性は確かではない。

 しかし、生徒会メンバーが仕入れる情報となれば、精度がぐっと高くなる。

 とはいえ、生徒会の正式なメンバーとなってしまうと、素性を知られる危険性が高くなってしまう。


 そういうわけで、「お手伝い」という気楽なポジションで生徒会室へ自由に出入りできる今の立場を、私は案外、気に入っている。


――その日は、生徒会室で事務作業のお手伝いをしていた。そこへ生徒会長のガブリエルが慌てた様子でやって来た。


「大変だ! これから皇太子殿下が学園の視察にいらっしゃるらしい」

「え!? 普段は1カ月前には通知が来ますよね?」

「それが、抜き打ちで普段の様子を見に来たいそうだ」


 急な皇族の来校に、生徒会の皆がそわそわし始める。


「とりあえず応接室にご案内するから、エレナ、お茶出しを頼めるかな?」

「分かりました」


 私はお茶くみの係を二つ返事で引き受けた。

 殿下の好みなら、ばっちり把握している。用意だけしたら、鉢合わせしないように外出しよう。



「――急に訪ねてきて、すまなかった」

「とんでもございません」

「このお茶は……」

「王国の燻製茶だそうです」

「学園には王国の留学生もいるのか?」

「はい。生徒会の活動も手伝ってくれています。今は彼女だけですが、9月の新学期からは、10名の交換留学生を受け入れる予定です」

「それは興味深いな。この茶を淹れてくれたのもその留学生か?」

「はい」

「ぜひ、直接話を聞いてみたいものだ」

「申し訳ございません。本日は、午後から市場調査に出かけておりまして――」


「市場調査?」

「はい。彼女の提案で、秋の学園祭にバザーをすることになりまして。裕福な家庭の子女に不用品や領地の特産物などを寄付してもらい、それに生徒会で市場価格の1/10くらいの値を付けて販売しようかと」

「なるほど。領地のPRにもなるし、平民の学生にとっては格安で物が購入できるというわけか」

「はい。とはいえ、私たちも市井の暮らしには疎いものですから。今日は値付けの参考にするために、色々なお店を見て回ってくるそうです」

「それも彼女の案か?」

「はい。他にも、留学中の単位交換など、彼女の提案がいくつも採用されているんです。おかげで、最近は王国以外からも留学の問い合わせが急増していると聞いています」


「なるほど。ますます、会ってみたくなるな」

「……よろしければ、ご案内しましょうか?」

「そうだな。ちょうど市井の様子も視察したいと思っていたところだ。案内してくれると助かる」


 ガブリエル会長と殿下がそんな話をしているとは露知らず、私はのんきに市場調査という名のウィンドウショッピングを楽しんでいた。


「エレナ! ここのお店の髪飾り、可愛いわね」

「ほんとだ。このバレッタとか、デルフィーヌの髪に似合いそう」

「どれ? ほんと! 素敵ね。今度、二コラに買ってもらおうかな」

「相変わらず、婚約者の二コラ様とは仲良しなのね」

「まあね。それより、エレナの方はどうなの? 片思い中の男性、振り向いてくれそう?」

「どうかなぁ~」


 言わずもがな、学園での私は独身で通している。まあ、実態もそんな感じだから嘘をついているという罪悪感は全くない。


「おーい、今日は市場調査に来たんだろう? 何だか普通の買い物になってないか?」

「ごめんなさい」


 普段、同級生とこうして市場に来ることなどないから、思わずはしゃいでしまったのを、生徒会で書記をしているディミトリとトマに諫められてしまった。


「まあでも、一通り調査できたかな」


 ディミトリも、トマも、裕福な商家の跡取り息子らしく、とにかく物知りなのだ。

 本当は市場調査などしなくても、市井で何をどのくらいの値段で売っているかなんて把握しているだろうに、「女の子2人じゃ危ないから」と言ってついてきてくれたのだ。


 まあ実際には、護衛のレオポルドが付かず離れずの距離で付いてきてくれているわけだけれど。


「ねえ、今日の市場調査はこのくらいにして、お茶でもしていかない?」

「うーん、魅力的な提案なんだけど、ごめんエレナ。俺、これから用事あるんだ」

「僕もなんだ」

「私も。夕方から二コラと約束があるの。ごめんね……」

「あっ、そっか。ううん、気にしないで!」


 みんな充実した学生生活を送ってるのね。毎日が学校と寮の往復だけの私とは大違い。3人を見送り、1人そのまま大通りをぶらぶらすることにした。

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