第24話 貴族学園への編入
1月に貴族学園の試験を受け、無事に冬学期から高等部の2年次へ編入できることになった。
選んだ学校は、帝都から馬車で1時間程の距離にある学園都市の中にある。森の離宮から通うのは不可能だったため、寮生活を始めることにした。
本当は、帝都から離れた地方の分校に通うつもりだったのだけど、セヴラン先生から『灯台下暗し、と言いますから』とアドバイスされたのだ。
皇太子妃といっても、国民どころか高位貴族にさえまだお披露目されていない。
それほど警戒する必要もないだろうが、身分を隠すために王国からの留学生ということにした。
腰まで伸びた髪の毛を耳の下で短く切り、それでカツラを作って公式行事の時には被れるようにして、普段は目立たないよう帝国でよく見かける栗色のウィッグを付けることにした。
新年の訪れとともに24時間体制の警護は解かれたが、学園自体が閉じられた空間であることや、高位貴族の生徒たちが数多く在籍している学校ということもあり、セキュリティー面では森の離宮以上に安心して過ごすことができるようになった。
もともと宮殿にいた頃から護衛として仕えてくれていたレオポルドとは、個人的に雇用契約を結び、学園にも一緒について来てくれることになった。偶然、レオポルドの妹が同じ学園の淑女コースに通学していて、兄妹で一緒に住むのに都合が良かったという背景もある。
レオポルドの妹はアメリといって、貴族令嬢なのに気取ったところのない彼女とはすぐに意気投合した。
寮の部屋には簡単な調理ができる設備が付いていた。
一番寮費の高い部屋だが、宮殿や離宮で女官たちに囲まれて暮らす生活に比べると、万分の一の予算で済む。ちなみに侍女用の続き部屋には、レオポルドがアメリと一緒に住んでくれることになった。
浴室は部屋にも付いているが、共同の大浴場が広くて気持ちいいので、そちらを利用することの方が多い。
学園生活は快適そのもので、あっという間に友人が出来た。
お祖母様の教えのおかげで、授業についていける程度の語学力は維持できていたが、やはり敬語遣いは難しくて、今でも定期的にセヴラン先生にお世話になっている。
部活動には演劇部を選んだ。帝国の古語や敬語の練習にもなるし、この国の文化も学べるからだ。メイクやダンスも習って、次にオーギュスト様に会えるときまでに女性らしさに磨きをかけたいと思ったことも理由の一つだ。
というのも、数週間前のレオポルドとの会話に端を発する。
「学園に通い始めて2週間経ちましたが、エレナ様のお眼鏡にかなうような男性はいましたか?」
「うーん。今のところ、オーギュスト様以上の方には出会ってないわね」
「辺境伯は別格ですよ。もっと現実的にいきませんか? 来週、騎士コースで他校の生徒と合同練習を行うのですが――」
「ちょっと待って! どうして私がオーギュスト様に振られるのが前提になってるのよ?」
「それは――」
「何? 何か知ってるんでしょう、レオポルド? 私に隠し事はなしよ。ね?」
「実は――」
「……うそ。年末、お屋敷に滞在したとき、そんな女性、いなかったわよ?」
「なんでも、ご令嬢の留学先に同行されているんだそうで」
「そんな……。オーギュスト様に意中の人がいたなんて」
「前妻を亡くされてからの辺境伯やご令嬢を側でお支えし続けたのが、その方らしいです」
「……いくつなのかしら、その彼女」
「聞いたところでは30代前半です」
「……年齢的には私の方が勝ってるわよね?」
「んー、色気や包容力という意味では、単に若いから有利とは限らないんじゃないでしょうか?」
「レオポルド、ハッキリ言うわね!?」
「こういうのは、客観的な意見が大事ですから」
「そうね。……ま、オーギュスト様に意中の人がいても構やしないわよ。私だって一応、人妻なわけだし。勝負はこれからだわ!」
「エレナ様……」
こうして、まだ見ぬライバルへの競争心を灯しながら演劇部の仲間からメイクなどを習っているうちに、自然と垢抜けていった。
そして――春風に心が華やぐ季節、17歳の誕生日を迎えた。
都会的に洗練された自分の姿を鏡に映しながら、初めて殿下と外出した日のことを想い出した。
『着飾ったら、化けそうだ』
今の私なら、アルフォンス殿下に私を手放したことを後悔させることができるかな……。
そんなことを考えていたら、ふと脳裏にクリステル様の姿が浮かんだ。
伏せられた長い
いくらお洒落をして垢抜けた雰囲気になっても、彼女のような色気は出てこない。
それに――顔を左右に動かし、耳の下で短く切り揃えた髪の毛を振ってみる。
これじゃあね。
後悔させるどころか、クリステル様に勝てるところがどこにも見つからない。
――あれ、どうして私、殿下のことなんて考えているんだろう……。
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