第22話 再訪
「……ようこそいらっしゃいました」
「まるで
「まぁ!そう見えますか!? お世辞でも嬉しいですわ。おほほほほ」
「なっ!?」
「さあ、どうぞ。ちょうど茸のクリームパイを作っていたところなんです」
「良い匂い。僕もお手伝いしてもいいですか?」
「もちろん。じゃあ、あちらで手を洗いましょうか」
「おい、シャルル!?」
「――心配なら、殿下もご一緒しますか?」
「そうさせてもらう」
やっぱり。相変わらず信用はされてないってわけね。でも何しに来たんだろ?
「クリステル様は一緒じゃないんですか?」
「昨日は長旅だったからな。今日はゆっくり過ごすよう伝えてきた」
「オルレアからの道、舗装されてないですものね。あそこだけでも街道を整備したら、流通がずいぶん改善されて、商業も観光も発展すると思うんだけどなぁ」
「……そういうものか?」
「え? 私より殿下の方が、そういうことにはお詳しいでしょう?」
「……」
途端に殿下の口数が少なくなったので、お休みの日にまで仕事の話はしたくないのかなと思ってパイ作りに専念することにした。
「そうそう! シャルル様、お上手ですよ。次はここの端とここをくっつけて。それでこうやって。……はい、出来上がり~! あとはオーブンに入れて焼くのを待ちましょ?」
「思ったより簡単だった!」
「そうでしょう? お料理は簡単で美味しいのが一番ですからねー」
「次は何をする?」
「おいシャルル。言葉遣いが乱れているぞ」
「いつもはちゃんとしているのでしょう? だったら、お休みの日くらい良いじゃありませんか。さぁシャルル様、次はテーブルのセッティングをお願いしますね」
「何をすればいいの?」
「私がお手本を見せますから、真似をしてカラトリーを並べてください」
「うん!」
「そう。上手ですよー。いつもは使用人がやってくれるのでしょうが、皆の仕事を知ることも大切なことですからね」
「はーい」
「シャルル、『はい』は伸ばさない」
「はいはい、殿下は口じゃなくて手も動かしてくださいね?」
「エレナも。『はい』は一回だ」
「はい!」
「……何だ、これ?」
「オーブン用のミトンです。パイが焼けたから、取り出してこの板の上に載せてくれますか?」
「……俺が?」
「そうですよ? ここでは、「働かざる者、食うべからず」です」
「いただきまーす。……わぁ、エレナ様、すごく美味しいです」
「自分で作ると美味しいでしょう? 熱いからフーフーしながら食べてね」
「母上にも食べさせてあげたかったです」
「じゃあ、余ったものを持って帰れるように包みましょうか?」
「うん! あっ、でも……」
「今夜はレストランで夕食をとる予定なんだ。ありがたいが、遠慮しておく」
「そうですか」
シャルル様、普段は宮殿の敷地から外へは出られないだろうから、レストランで食事をするのも大冒険なのでしょうね。
「ねぇ、エレナ様も一緒にこない?」
「え? 私!?」
「父上、いいですよね?」
「あ? あぁ……」
「うふふ。嬉しいけど、実は私も今夜はオーギュスト様と約束があるの。だから、また今度ね」
「っ叔父上とか?」
どうして驚くのよ? そっちだってクリステル様とシャルル様の3人だけで食事に行くんでしょう?
しかもレストランまで予約して。
「はい。ベリーパイの御礼に、今夜はオーギュスト様が夕食を振舞ってくれるんだそうです。私、こんなこと初めてだから、すっごく楽しみです」
「殿下にそんなことをしてもらったことは、ないけどね」という意味を込めて、嫌味たっぷりに言ってやった。
あの動じない殿下の頬がピクッと引きつったのを見て、胸がすく思いだったのに――
その夜、なぜか殿下がクリステル様とシャルル様を連れて再びお屋敷までやってきた。
「……ナニカ ゴヨウデショウカ?」
「エレナ。女主人の演技、メッキが剥がれてきているぞ?」
「殿下こそ、今夜はレストランを予約してたんじゃないんですか?」
「叔父上の手料理には私も目がないんだ。久しぶりにお相伴にあずかろうと思ってな」
「……ソウデスカ」
鷹揚なオーギュスト様は、「大勢で食べる方が賑やかで良いじゃないか」と言って、突然の人数変更を気にする様子もなく対応していた。
「柔軟なのね。これが、大人の男性の余裕ってやつなのかな」
なんて思って、胸をキュンキュンさせていた私を、殿下が呆れたように見つめていた。
オーギュスト様は、中庭の隅にあるバーベキューハウスで、辺境伯領で獲れたお肉や野菜を使った豪快なお料理を振舞ってくれた。
ヒョイ、ヒョイッ。
先ほどから殿下は、焼けたお肉や野菜を次々とクリステル様とシャルル様のお皿へ入れていく。
なんて甲斐甲斐しいのかしら。まるで親鳥ね。
「ほら、食べなさい」
「ありがとうございます、父上」
「ありがとう、アルフォンス」
――私のお皿には取ってくれないんだ。別にいいけど。自分で取れるし。
「エレナ、さっきから焼いてばかりだけど、ちゃんと食べてるかい? ほら!」
そう言って、オーギュスト様が私の口に小さく切ったお肉を入れてくれた。
「美味しい~!」
実際は、嬉しすぎて口の端からキューっと変なホルモンだか何だかが出てきて、正直、味なんてよく分からなかった。
好きな人に、「あーん」で食べさせてもらえるなんて。幸せすぎるっ。
――柄にもなくはしゃぎ過ぎたのが良くなかったのかもしれない。
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